ソニア王女──花も付けずに死ぬには惜しく
焼け野原で私が呆然としていると、遠くから二頭のドラゴンが飛んでくるのが分かりました。片方は王国の竜騎兵の乗ったドラゴンでした。乗り手なしで連れられて飛んできたもう片方のドラゴンは、見覚えのあるエンリケの鞍を付けていました。
二頭のドラゴンが私の目の前に着陸して、竜騎兵が降りてきました。
「敵襲か!」
「はいっ」
「閣下はどこへ!」
「敵襲を受けて、跡形もなく木っ端みじんに……!」
私の言葉に、竜騎兵は沈痛な面持ちになって、印を切りました。私はそれまでの殺意への後ろめたさも相まって、頭を擦り付けて土下座をしていました。
「何も抵抗できませんで、申し訳ありません!」
「軍属が生意気言うな! むしろこっちが苦労を掛けている! すまんな! 南メンデシア侯爵から伝言だ!」
竜騎兵から渡された手紙を開くと、そこには走り書きで一行、エンリケの直筆が走り書きしてありました。
≪ピントン侯爵夫人からワイバーンを頂いた。そっちはお前にやる。≫
竜騎兵は、すでに巨大な燃え殻と化したドラゴンの死体を見て、顔をしかめました。
「交換の一頭を連れ戻してきたら竜騎兵団で飼ってもよいと言われていたが、こいつか!」
「はい、すっかり燃えてしまって」
竜騎兵はドラゴンの死骸の前で手を合わせて印を切ると、私の肩を叩きました。
「死んでいったドラゴンはもちろんいいドラゴンだが、連れてきたドラゴンも、やはりいいドラゴンだな! 嫉妬されないように気をつけろよ! 俺はこの状況を東に伝令してまわる! お前さんはドラゴンの背中のそいつを食わせて西に伝えて回れ!」
「承知しました!」
私が答えると、竜騎兵は自分のドラゴンに乗って東の空へ去っていきました。残されたドラゴンの背中に乗せられた荷物を解くと、中にはぎっしりと木の実のプディングが入っていました。ジョゼのポリシーはすでに竜騎兵団にも浸透していたようでした。
私は言われた通り西に向かってドラゴンを飛ばして各部隊に騎士団長のキャンプの壊滅とアランキスの死を伝令して回りました。その情報はすぐに王都にも伝わり、事態は再び「新しい騎士団長の選出」に戻ってしまいました。
それから数日後、新たな騎士団長に選ばれたのは、エレラでした。
さらに驚くべきことに、ソニアをエレラのいる前線に向かわせて、騎士団長の就任式を執り行うと共に、騎士団の労をねぎらうというのでした。
率直に言って、前線からすれば迷惑な話だったでしょう。ソニアの安全を担保するために周囲を警戒しながら、前線での戦闘準備を怠りなく進めることは、荷が重かったと思われます。
それにしても、なぜエレラが新たな騎士団長に選ばれたのか――その疑問に対してその当時いちばん納得できる答えとして思い浮かんだのは「フレドニアの差し金」ということでした。政治に興味のない国王に代わって権力の中枢にいるのは、ギョエテとフレドニアのどちらかであることは間違いありませんでした。
ギョエテが自分に都合の良いアランキスを選んだものの失敗に終わり、次の騎士団長を誰にするかとなれば、ギョエテの娘が薦めた人間を充てても不自然ではありませんでした。きっとギョエテも、「女」の侯爵であるエレラなら、自分の管理下におけるだろうと、侮りがあったのかもしれません。
さらに言えば、フレドニアには何より先にソニアを死なせたがっているという意思が感じられました。それがネフィへの信仰心によって駆り立てられているということに私は言いようのない恐怖を覚えました。だからこそ、前線に娘を向かわせる理由をひねり出したことは不思議ではありませんでした。
エレラの就任式の日、私はエレラの側仕えとして式に出席していました。兵士たちがキャンプに申し訳程度の式場――近くの村の娘に集めてもらった花を花瓶に差してエレラを中心とする円周に置いたもの――を整えている間、エレラは式場の真ん中でそわそわとしていました。
「なあ、どうすればいい?」
エレラは甲冑姿のままでした。前線では正装の用意などできなかったでしょうから仕方のなかったことです。エレラに訊かれて、私は努めて笑顔で答えました。
「どうするもなにも、お覚悟をお決めになればいいではないですか。以前からこのお役目を務めたがっていたではないですか」
「そうじゃない。その、なんだ」
エレラは紅潮しながら、おずおずと言葉を絞り出しました。
「今にも、殿下に、心打ち明けてしまいそうになるこの気持ちを、どうすればいい? 就任を命ぜられる際にかしずくだろう? その勢いでこう、求婚してしまいそうで」
「……求婚してしまいそうな気持が場違いだという悟性が働くのでしたら、大丈夫でしょう」
そうこうしているうちに、ソニアが馬車に乗ってやってきました。馬車が停まると、ドアの前に馭者が躍り出て、キャンプの地面のぬかるみの上に丸められていたカーペットを開いて、式場のエレラの手前まで、ソニアの靴や服が汚れないように道筋を作っていきました。
兵士たちもエレラも、そしてもちろん私も、一斉にひざまずきました。ほどなく馬車のドアが開き、ソニアが降りてきました。私が極西砦で会った時よりも幾分背が高くなったソニアは、より大人っぽい足取りになって、カーペットの上を歩いて、エレラの前まで歩いていきました。
隣でエレラが緊張しているのがよく分かりました。呼吸が荒くなって甲冑の胸板が上下していました。
エレラの目の前に歩み寄ったソニアは、側仕えの馭者から儀礼用のサーベルを受け取りました。
「北メンデシア侯爵エレラ。そなたに騎士団長の任を命ずる」
そう言って、ソニアはサーベルを鞘から抜きはらって、ひざまずいたエレラの肩に、そっとサーベルを乗せました。これによって、エレラは正式に騎士団長になったのでした。周囲を取り囲む兵士たちはようやく立ち上がって、厳かな拍手を送りましたが、昂るような歓声は上がりませんでした。女性が騎士団長になることに、戸惑いがあったのだと思われます。
そのときでした。遠くから地響きのような大きな音して、式場にいた兵士たちは拍手をやめて、聞こえてきた方向に振り向き、剣の柄に手をかけました。しかし兵士たちの行動は、見当違いなものになってしまいました。
山の尾根の向こうから、巨大な岩が飛んできたのです。さらにその岩は、式場の目の前にあった兵士たちのテントの上で、爆発したのでした。
兵士たちは吹き飛ばされ、テントは燃え盛り、辺りは騒然となりました。そうしている間にも、二の岩、三の岩が、キャンプの上空で爆発していました。
エレラは身を挺してソニアの上に覆いかぶさり、爆風によって飛び交う砂礫からソニアをかばっていました。
「殿下、お怪我は?!」
「無事よ、大丈夫」
「私は、あなたを!」
私は身を低く伏せながらも、それ以上言ってはいけない、と思っていました。
「私はあなたを、一生お守りします!」
ついにエレラは言ってしまいました。その言葉に、ソニアはエレラの首に抱き着いて、囁きました。
「お願いいたします」
エレラは顔を耳元まで真っ赤に染めると、ソニアを抱きかかえて、大きな声で部隊に向かって叫びました。
「敵襲! 全員退避行動に移れ!」
その一声に、部隊は慌てて馬車を整え、ドラゴンを飛ばし、キャンプを遺棄して撤退したのでした。ソニアを運んできた馬車は爆風で壊れてしまっていたので、エレラはその女性としては大きな体で、ソニアを後ろから抱くようにしてワイバーンに乗せました。私もエンリケから譲り受けたおさがりのドラゴンの無事を確認して、その場を後にしました。
このようにして、エレラとソニアの仲は急展開したわけですが、私はその時のソニアの心中まで察することはできていませんでした。もちろん、ソニアにはソニアの思惑があったのですが、それを知ることは、もっと後のことになるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます