リンファ――狩猟民の英雄的長期投資

 エンリケが、ネフィ以外にも遠距離の攻撃参加ができる人間をパーティに加えたいと弓使いを探していたとき、草原にキャンプを張っていたキャラバンから、リンファをヘッドハンティングしました。


「あっちの空で鷹が旋回しているだろう。あいつを仕留められるか?」


 金貨を三枚出したエンリケにそう言われて、おもむろに矢を弓につがえたリンファは、鷹が草原のウサギに襲い掛かる瞬間に矢を放って、鷹とウサギを同時に仕留めたといいます。


 リンファは、林の中の戦闘ではパーティから少し離れたところからモンスターに向かって矢を放ったり、山賊に囲まれると真っ先にボスを探して狙い撃ったり、少し特殊な戦闘の参加の仕方をしていました。


 また、算盤を持ち歩いて、金目の計算に弱いパーティの会計を一手に引き受けていました。そういう意味では、パーティの中で一番代え難い存在だと言えたでしょう。しかし、リンファ自身がパーティの中で中心的な役割になることはほとんどありませんでした。どちらかというと小姑めいた言動で、煙たがられていた印象があります。


 何事にも素っ気なく、パーティとの会話も必要最低限の彼女でしたが、無駄遣いを見つけるとパーティを苛烈に責めました。フリオが余分に確保していた薬草を腐らせてしまったり、ネフィが街の雑貨店でコレクション目的で人形や小物を余計に買ったり、ジョゼが腹を空かせないはずの召喚獣に戦闘中でもないのにオヤツを与えたりするのを見つけると、目ざとく注意していました。


 とくに、ユーキリスがこっそり蛍光草の粉末を買うときは猛烈に怒りました。もともとエンリケが潔癖的に蛍光草を嫌っていましたので、リンファはエンリケに告げ口するような、またはパーティ内のルールをユーキリスが破ったとでも言う素振りで、ユーキリスを責めました。


 帳簿の金額が合わなかったときに真っ先に疑われるのもユーキリスでした。街に着く前になると、なぜかよくパーティの帳簿の辻褄が合わなくなったそうです。するとリンファは宿屋のユーキリスの部屋に乗り込んでいき、ユーキリスの鼻先に人差し指を近づけて、責めました。


「よく数えなおしたら金貨が五枚、無くなってたよ! 貴方が勝手に手を出したんでしょう!」


「知らねえよ! デックが盗んだんだろ!」


「デックがカネ盗んだって何か買ったらすぐ分かるでしょ? 貴方が蛍光草を買ったら体の中に消えてなくなるでしょ? だからお金が消えた時に、真っ先に疑われるのはユーキリス、貴方なの、分かる? 来月のお小遣いから差っ引いておくから覚悟しなさい!」


 リンファはそこまで言うと、踵を返してユーキリスの部屋から出ていきます。そしてユーキリスの行き場のない怒りは、部屋に荷物を運んでいた、逃げ場のない私に暴力の形で降りてくるのでした。


 リンファが加わってから自由に使える個人のお金がほとんど無くなったパーティは皆、リンファにばれないようにヘソクリを貯めることに必死だったと記憶しています。ネフィがぬいぐるみの形をした財布に金貨を忍ばせていたのを私ははっきりと憶えています。


 そんなリンファでも、パーティの男性陣とも時々夜を共にしていたこともあったようですが、事を終えて、草むらからキャンプに戻ってきたり、自分の部屋に戻る際は、必ず金貨か紙幣を手にしていました。決して愛情や欲情で体を開くことはないのだろうなということを、その手に握られたものが物語っていました。


 それだけ金勘定が好きなリンファが、なぜ商家で働かずに、キャラバンを離れて、冒険者パーティに加わったのか疑問に思いました。私は、リンファと焚き火の番をしていたある夜に、恐る恐る訊いたことがありました。すると、彼女が珍しく笑顔を見せて、言いました。


「私はお金持ちになりたいんじゃないの。大きなお金を取り扱いたいの。そこがちょっと違うの。分かる?」


「それならなおさら」


 私が言おうとするのを制して、リンファは深くうなずきました。

 

「彼らは天下を獲る人々だから、付いていけば自然、お金もはいってくる。パーティの誰かがいつか、国や集団の長になったときに私は、財務を担当する。それがこのパーティにいる目的。あいつら、きっとすごい人たちになるよ」


 そう言い終わると、リンファはザックに入れていた帳簿を開いて、筆を走らせはじめました。そのころの私は、彼女の説明はあまり説得力のある理由だと思いませんでした。しかし皆さんもご存知の通り、リンファはエンリケ昇竜王の財務卿にまで上り詰めるわけですから、彼女の先見の明は確かなものだったわけです。


 ですが、リンファはエンリケたちに寄生して甘い汁を吸おうという魂胆だけの女性ではなかったと私は思います。少なくとも、エンリケたちと同様かそれ以上の聡明な頭脳の持ち主であったことは確かでした。


 それはエンリケ一行が、諸侯からの正式な依頼を受けて初めて討伐隊を結成し大規模な戦闘の指揮を執ることになったときでした。諸侯の城の一室でパーティ全員が会議をしていた時、珍しくリンファが手を挙げて自分から作戦を提案したのです。


「千人の剣士を雇うより、百人の魔導師を雇うべきでしょうね」


 そのときは、エンリケとユーキリスが雇う剣士の人数をどれくらいにするかで言い争っていたのですが、そのリンファの意見を聞いて、ユーキリスは吹き出しました。


「あんなヒョロガリ共を二千五百の軍勢に突っ込ませる? アホか? だれが魔導師どもを護衛するんだ? 皆がみんな俺のように剣を振るえるわけじゃないんだぜ? むしろフリオみたいなのばっかりだぞ? なあ!」


 ユーキリスがフリオに振り向いて同意を求めると、もちろんフリオは満面の作り笑いでうなずきます。その隣にいたネフィが視界に入って、ユーキリスはバツの悪そうな顔をしました。


「いや、ごめんネフィ、お前のことじゃないんだ」


「うん、知ってる」


 そんなやり取りを尻目にリンファは、腕を組んで椅子の背もたれに反り返るエンリケに語り掛けます。


「突っ込ませない。むしろ百人の魔導師に『風の壁』を遠隔で作ってもらって、私たちのパーティを護衛してもらう。たとえば、この丘に魔導師たちの拠点を作るとか」


 そう言ってリンファは、会議の卓上に置かれた地図の丘を指さしました。ジョゼの水龍がその指先をチロチロ舐めても、リンファは気にする様子もありませんでした。


「私、ネフィから聞いたことがあるんだけど、敵の攻撃を防ぐ巨大で透明な壁を作る『風の壁』という魔法があるのでしょう?」


 リンファが確認すると、ネフィが黙って頷きました。リンファは水龍の舌を指ではじいて、テーブルから離れ、部屋の窓から外を眺めました。


「『風の壁』を張れる魔導師を大量に集めて、戦場から遠い位置でも魔法の効果を保てるようにする。それで私たちの防御を強固なものにして、私たちが軍勢に突っ込む。どうかな」


「二千五百の軍勢に七人で突っ込むってか? 勘弁してくれ、お前の自殺趣味に付き合わされるのは御免だぜ?」


 私を人数に含めず、ユーキリスはリンファを指さして呆れて見せましたが、リンファ自身は真っすぐユーキリスを見つめ返しました。


「貴方やエンリケ、エレラの剣技や、ネフィとジョゼの魔法があれば、一日で決められる。千人の剣士で十日二十日と戦うよりもずっと経済的で、決定的打撃を与えることができるし、なにより」


 リンファはユーキリスからエンリケに視線を移しました。


「私たちで確実に大将首を狩れる」


 エレラが身を乗り出しました。そして、黙って話を聞いていたエンリケが、椅子から立ち上がりました。


「わかった。そうしよう」


 そうして実行に移された作戦は、本当に一日で決着がついてしまい、大将首は見事に、エンリケから諸侯に捧げられました。


 パーティが授かった褒美はリンファによって、半分がパーティ全体のための貯金となり、もう半分は各人に七等分されました。七等分なのは、グロッソが相手方の斬り込み隊長だったことと、奴隷の私に配分される褒美など当然のように無かったからでした。

 

 私はまた、リンファにこんなことも訊いたことがあります。


「私の存在は無駄とは思わないのですか?」


 そうすると、リンファは真面目な顔でこう答えました。


「このパーティが最高のパフォーマンスを発揮するには、生きて犠牲になる人間が必要。それがあなた。わかる?」

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