ユーキリス――治療が必要な魔法剣士
いまだに好事家の間で行われる、エンリケ昇竜王とユーキリスが親友だったかどうかという議論について、私は首をかしげることが多々あります。パーティの中で実力を競い合う良いライバルではありましたが、互いに腹を割って話すような信頼関係があったとは思えませんでした。
エンリケはユーキリスの蛍光草への依存をひどく嫌っていました。エンリケは嗜好品や薬物に対しては潔癖すぎるほどの思想の持ち主で、コーヒーを嫌い、自己治癒力を信じて薬草の治療をも拒否することさえありました。
ユーキリスはエンリケとは逆に、酒、煙草、そして蛍光草と、依存性の高いものを盛んに摂取していました。
蛍光草は葉を乾燥させた粉末を鼻から吸引すると、酒よりも強い多幸感を得ることができるといいます。私は実際に体験したことはありませんが、古郷の村では蛍光草中毒で廃人になったり、犯罪に巻き込まれた友人も少なくなかったので、その依存性は恐ろしいものだということは分かっていました。
パーティの皆が寝静まったあと、私と二人で焚き火の番をするとき、ユーキリスは必ずと言っていいほど蛍光草を吸引しました。そして、細かい三つ編みを何本も結わいて垂らした赤い髪をかき上げて、遠い目をして言うのでした。
「俺の事を本当に理解しているのは、パパと、ママと、蛍光草の妖精だけさ」
ユーキリスの蛍光草依存症が常軌を逸していると感じたのは、蛍光草の隠し畑を匂いで探り当てた時のことでした。
昼でも暗い鬱蒼とした森の中で馬車を走らせていると、突然、ユーキリスが幌の中から顔を出して、叫びました。
「この匂いは!」
そう言い残して、ユーキリスは幌から飛び出し、暗い森の中へ潜っていきます。私は思わず手綱を引いて馬車を停めました。
「どうしましょう?」
私が振り向いて訊くと、額を押さえていたエンリケが舌打ちしました。
「デック、呼び戻してこい」
そう言ってエンリケは、鞘に入ったナイフを置いてあったザックから取り出して、私に投げました。受け取った私は仕方なく、その錆びだらけの、心もとない事この上ないナイフだけを手に、ユーキリスの後を追いました。
方向感覚がつかめぬまま、しばらく歩いていましたが、じきに遠くのほうから、ユーキリスの声が聞こえました。私がそちらの方に駆けていくと、一気に視界が開けて、眼の前に、明るい黄緑色の花畑が現れました。ユーキリスはその中に入って、花をむしって、口の中に放り込んでいました。
「おい見ろデック! 蛍光草だ! 蛍光草の畑だ!」
瞬間、あっ、という声を漏らしてユーキリスが倒れました。私が駆け寄ると、ユーキリスの脇腹には矢が刺さっていました。すぐそばを二の矢、三の矢がかすって、蛍光草の花が散っていきます。私はユーキリスを抱え上げて、もと来た道を転げるように駆け下りていきました。
必死に走った結果、幸いにも馬車の目の前にたどり着くことができました。ユーキリスの傷口の治療をフリオに任せて、私はエンリケに、事の報告をしました。
「蛍光草の隠し畑を見つけてしまって。きっとその持ち主が放った矢かと」
馭者台で両脚を組み合わせて馬の尻に土足を乗せていたエンリケは、足を下ろして、人差し指を回転させ、私と入れ替わるように指示しました。
「馬車を出せ。全力だ」
私は馬車に飛び乗って手綱を振りました。全速力の馬車は車輪が外れんばかりの勢いで揺れ、フリオはエンリケの止血に戸惑っていました。
「どうしますか?」
私が訊いたのはユーキリスのことだったのですが、エンリケは彼の怪我の状態などどうでもよかったようでした。それよりも、旨い話をつかんだとでも思ったのかもしれません。
「蛍光草の持ち主を見つけて、懸賞首だったら壊滅させる。村人だったら口止め料をせびる。それだけのことだ」
ユーキリスはそんな風にして、蛍光草がらみのトラブルをたくさん抱えていました。
のちに、リンファが仲間に加わると、経理を一手に引き受けた彼女によって、ユーキリスは自由に使えるお金が大幅に減ってしまいました。
ある日、ユーキリスと私が酒場の酔っ払いとカードで遊んでいたとき、リンファがユーキリスの目の前に、鉄製の頑丈な携帯金庫をどすん、と置いて、手にしたズタ袋を目の前にかざし、声を荒げました。
「あなた、金庫から金貨くすねて、これ、蛍光草の種を買ったでしょう? どういうつもり?!」
「どういうつもりって、育てて」
ユーキリスの言葉に、リンファは大きなため息をつきました。
「旅の冒険者がどうやって植物を育てる? 冒険者引退するの? それなら構わないわ。でもね、私たちのパーティのお金で買った種なんだから、それを売って返してもらわないと困るわね。できるの? 捕まらずに隠し畑で野良仕事を、あんたに? どうせ自分で使うつもりで買ったんでしょう?」
「え……そりゃ、そうだけど、いや、お前こそ何でそれ持ってんの?」
なぜ怒られているのか分からないとでもいった表情で答えたユーキリスに、リンファは頭を抱えました。
「呆れた。話にならない。売ってくる」
リンファはそう言って足早に酒場を後にしました。その背中に向かって、ユーキリスは激高しました。
「ふざけんなよ! 寄こせよそれ!」
一度は酒場の外に出たユーキリスでしたが、リンファを見失ったのか、私たちが座っていた丸テーブルに戻ってくると、握りしめていた拳を私の頭に振り下ろしました。
「畜生! てめえが荷物ちゃんと管理してねえから悪いんだろ!」
そう叫んで、ユーキリスは私を蹴り、殴り、投げ飛ばしました。酒場の客たちは日ごろのことと慣れっこの用でしたが、ユーキリスが陶器の酒瓶を手にしたところで、さすがにまずいと思ったのか、彼を羽交い絞めにして仲裁しました。
ユーキリスの怒りはしばしば私に向かって暴力の形で吐き出されるので、私はそれに抵抗することなく、ただ受けとめて、ユーキリスの怒りが収まった後、フリオに治癒魔法を施してもらうのが常でした。
ユーキリスは剣に魔法をかけて相手に切りつけるという「魔法剣」の達人でした。物理的な攻撃と魔法を混合したその剣術は、甲冑の戦士や強固な結界を張った魔導師さえも打ち倒す、非常に強力なものでした。しかし、使い手のストレスは相当なものらしく、ユーキリスはいつも魔法剣を使った後は、憔悴したように地面に倒れ込むのでした。その気絶したユーキリスを馬車まで運ぶのも、私の仕事だったのです。
そのストレスのせいだ、とユーキリスの依存症や粗暴性を弁護することを私はしませんが、彼が悲しい生い立ちを背負っていることを垣間見せたことがあったことも、今となっては懐かしい思い出です。
その日も街道の途中でキャンプを張り、私とユーキリスの二人が焚き火の番をすることになりました。また蛍光草を吸引するのかなと思っていた私を裏切ったのは、ユーキリスの悲しい表情でした。
「ねえパパ、夜が怖いよ」
焚き火の前に座っていた私の隣に立ちはだかったユーキリスは涙目でした。彼が幻覚作用のせいで私に父親の面影を見ているのを、私はすぐに察知しました。
「お話して、パパ」
「……ある若い奴隷の話をしてもいいかな」
「聞きたい」
そう言ってユーキリスは私のそばで横になりました。
私はそれまでの半生を話そうとしましたが、一割も話が進まないうちにユーキリスは眠ってしまいました。きっと、話がどうこうより、「父親がそばにいてくれるという安心感」を得たかったのでしょう。
それからユーキリスが優しくなったりしたかといえばそんなことはなく、激高するたびに私に暴力をふるう態度は変わりませんでした。ただ、ユーキリスが寂しさを抱えて生きているということを知った私は、彼への恐怖が少しだけ同情へと変じるのを感じました。
エンリケ昇竜王が事実を捻じ曲げてユーキリスの功績を歴史上から抹消しようとし、「八英雄」から「七英雄」へとその呼称を変えようとしていることに、私は悲しみを覚えます。善良な仲間や友人ではなかったとしても、ユーキリスは確かにエンリケ一行の一員でした。だからこそ私はこの手記を書くにあたって自分を「九人目」としたのです。
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