八人の冒険者たちと一人の荷物持ち

荷物持ち──「デック」と呼ばれた私

 あまり自分のことを語るのはこの手記の趣旨と異なりますが、八英雄を語るにあたって自分の紹介をしないのは卑怯と言われそうなので、手短に。


 私が生まれた村のみんなは、私のことを「デック」と呼びました。なぜそうなったかはよく知りません。名付け親というのはいませんでした。そもそも村には雑婚の古い慣習があったので、村全体で村の子供たちを育てる一方で、誰が誰の親なのかは分かりませんでした。


 もともと奴隷の村でしたから、子どもたちは体がそこそこに大きくなると、その村を持ち物とする領主から、過酷な肉体労働を強いられました。教育も受けられず、武器も持つこともできず、持ち主とその階級の人々から差別を受けながら、なされるがままに生きることを強要されました。病気や怪我をしても医者を呼んでもらえません。


 ですから、突然村が襲撃されたときも何の抵抗もできず、私は村に一台だけあった一頭立ての馬車に乗って逃げ出しました。いまだになぜ襲撃されたのかも分かりません。ひょっとすると領主同士の抗争に巻き込まれたのかもしれませんし、単純に階級差別を発端とした虐殺だったのかもしれません。いま考えれば、馬車に一人でも他の村人を乗せて逃げればよかったと、後悔しています。


 馬車で逃げた先でも、私は奴隷でした。隣の領地に逃げ込んだまではよかったのですが、侵入者として領民たちに捕らえられ、馬車を奪われ、領主の前へ連れて来られました。私は処刑されると思いましたが、領主は処刑台が奴隷の血で汚れることを嫌って私を赦免しました。奴隷の立場だったことで、逆に命を長らえたのです。私は結局違う領主の村でまた奴隷として生きることになりました。


 その当時は各地で領主同士の抗争が起きていたので、奴隷たちの仕事は死体をあちらからこちらへと運ぶ作業が多くなっていました。一度に三体の死体を担いで、領民の馬車に載せ、死体は王国や諸侯が所有しているドラゴンの餌として売られました。死体になれば奴隷も騎士も一緒でした。 


 その後、戦費に困った領主が、奴隷を村ごと奴隷商人に売り、私たちは奴隷船に載せられて北方の港へ運ばれることになりました。その港で私は、エンリケたちに買われて、荷物持ちとしての人生を始めることとなりました。


 エンリケたちの荷物持ちの仕事は、ただ重いものを運ぶだけではありませんでした。呼ばれたときに、求められたものを、即座に用意する。それがエンリケたちのパーティで荷物持ちを務める際に求められた技術でした。荷物持ちはその道を極めると執事のようになっていきます。英雄たちの機嫌を損なわないように先回りして行動し、準備し、彼らの要求に応えるのです。


 それは日常でも戦闘中でも変わりません。たとえば、モンスターを操って悪事を働いていた魔導師を退治するためにダンジョンへと潜り込めば、ランプを片手に、大きなザックを背負って、パーティの面々に次々に求められたものを渡さなければなりません。


「デーック! 矢ァ持ってこい!」


 弓使いのリンファに矢筒を渡す際は必ず彼女の手前から回り込むように近づく必要がありました。背後から回って敵だと思われてナイフで斬り付けられないようにする一方で、彼女の射線上に入らないようにしなければなりませんでした。


「デック! この子にご褒美!」


 召喚士のジョゼは戦闘中でも召喚獣へのご褒美を与えようとします。空腹にならないはずの召喚獣でも、オヤツを与えられると機嫌を良くして言うことを聞いてくれるようになるそうです。私は革袋に詰められた木の実のプディングを手で取って恐る恐るベヒーモスに与えます。


「デック、デック、魔導書Ⅲをっ」


 戦闘中にネフィの小さな声を聞き取るのは大変ですが、ネフィ自身から私のほうに近づいてくれるのでまだ良いほうでした。気を付けなければならないことは、言われたとおりに魔導書をザックから取り出しても、また小声で魔法を詠唱するので、ネフィの気配が戦場のなかに消え、どこから魔法が発動するか分からなくなることでした。


「デーック! 炎のオーブ!」


 ユーキリスが魔法の剣にはめ込むオーブは割れやすいので、日頃は卵を扱うように運びますが、ユーキリスはそんなオーブを戦闘中に投げてよこせと言って聞かないので、私は自然、オーブを投げるコントロールが良くなっていきました。


「おい! 首持ってこい!」


 エレラが私の名前を呼ぶことはほとんどありませんでしたから、「おい」と呼ばれたら自分のことだと思って動き出さなければなりませんでした。私はエレラが刎ねた魔導士の生首からヘルムを剥ぎ取って、エレラに駆けよって渡します。


「問題ないか、デック」


 フリオは回復魔法を使える僧侶としてこのパーティに帯同していました。ですから、私も怪我をすればフリオの治療の恩恵を受けることができました。フリオ自身が奴隷の私を治療することをどう思っていたかは分かりません。彼は奴隷ではありませんでしたが、私を治療しないとユーキリスに蹴られる、弱い立場の人間でした。


「デック、ユーキリス殿を」


 ユーキリスが魔法の剣を起動させて、いつものように倒れているのを、真っ先に心配するのはグロッソでした。自分がいくら傷を負ったり、調子が悪くても、パーティの状態を気に掛けるのは、グロッソぐらいでした。ユーキリスが「魔法剣」を使うと、私は決まって彼を肩に担いで、眼が覚めるまで運ぶことになります。


「デック!」


 エンリケがズタ袋を投げてよこすのを、私は体全体で受け止めました。中に入っているのは魔導師がかき集めていた財宝でした。もちろん盗品でしたが、エンリケは持ち主に返すものと闇市で売るものとをその場で分けて、売る盗品だけを私に荷物として持たせました。


 エンリケたちに限らず、冒険者と聞くと響きは良いですが、彼らは盗賊やモンスターを退治する側ばかりだったわけではないのです。ときには盗賊のように振舞ったり、最悪、私の村を焼き払った人々と同じように、誰かの手先となって家々に火をつけて回ったりするのです。


 八英雄も、最初は、そんな冒険者だったのです。


 しかし、のちに八英雄と呼ばれるパーティですから、そのチームワークは他の冒険者の追随を許さないものでした。


 そのチームワークを崩さないために、そしてチームワークをより良くするために、「荷物持ち」の私は何をすべきかというのを、常に考え続けてきました。それが、奴隷市場に戻されないための、私の生きる術だったのです。


 それぞれ目的がバラバラで集まったパーティでしたが、利害がぴったりと合致していたため、その関係は長く続くことになります。「八英雄」と呼ばれるまでになるほどに。

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