午前7時18分、3両目

本田玲臨

午前7時18分、3両目


「行ってきます!」


 午前7時01分。

 まだまだ肌寒い季節。スカートから覗く太腿が寒い。

 別にこんな朝早くに駆けなくたって構わないけれど、もう一本電車が遅くたっていいんだけど、でも、それじゃあ駄目だから。

 持久走のように焦らず、しかし着実に足を動かして。十五分の道のりを駆ける。


 午前7時15分、3分前。

 電車が到着することを知らせるベルが、激しく鳴り出す。

 間に合ってほっと息を吐く。

 身なりを正して、ふぅふぅと周囲におかしく思われない程度に深呼吸。

 顔が熱い。走ったから?きっと、それだけじゃないこと、自分で分かってるけど。

 

 午前7時18分。黄色いボディの電車が到着。

 私は一番最後の3両目。つり革を持って、斜め前に座る彼に視線を向ける。

 同じ学校の一つ上の先輩。

 この時間、この車両、この座席、先輩はいつも座ってる。

 イヤホンを付けて、スマホの画面を見ている。どんな曲を聞いてるんだろう。ロック、ポップ、それともボーカロイド?

 でもきっと素敵な曲なんだろう。

 ガタガタ揺れる。ドキドキ心も揺れる。あぁ、いつか貴方の視線が私に向いたら。

 ガタガタ、ドキドキ。ふわふわ、変な気分。


 午前7時34分。電車を降りる時間。

 先輩が立つ。私も動く。

 その時、目の前のポケットからぽろりと。赤い定期入れが落ちた。


「あっ、あの、これ」

「ん?」


 拾って差し出すと、イヤホンを片付けている貴方の顔。

 ボンッと顔から火が出た気がした。


「お、落とし、てます」

「あ、マジ?……悪い、ありがとう!」


 ぱしりと定期入れは受け取られ、彼は降りていく。その背中を追って私も降りる。


 あぁ、浮き足立っちゃう。ふわふわしちゃう。地に足が付かない気分。

 あぁ、早起きしてよかった。身なりを少しでも整えててよかった。

 先輩を助けられて、そして声を掛けられて。


 あぁ、今日は、きっと素敵な日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

午前7時18分、3両目 本田玲臨 @Leiri0514

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説