スープ

一ノ路道草

第1話

 とある街外れの寂れたレストランには、とある噂があった。


 なんでもそこには、得体の知れぬ化け物が居るのだとか、或いはイルカの脳を食わせるだとか。


 そして果てには、そこで出されるおかわりが自由なスープを飲めば、なんでも願いが叶うのだとか。


 調べれば調べるほどに、まさに噂のおかわりは幾らでも出てくる有様である。


 私は内心下らないと感じつつも、結局は物書きの端くれとして、その噂とやらをこの目で確かめてやろうという好奇心に負けて、店内へと足を踏み入れたのだった。


 幾らかの料理と、噂のひとつである件のスープを注文すると、程なくしてスープが若い男のウェイターによって私のテーブルに届けられた。


 当然ながら、こんな簡素なコップ一杯のスープで、夢などが叶うはずもない。


 私は口元に浮かんだであろう小馬鹿にした笑みをコップで隠し、スープを啜る。


 なるほど。無料だというわりに、これは存外悪くなかった。


 他店ならば、安くない金を取っているかも知らぬほどに濃厚な風味が広がる、そんな満足感のある一杯だった。


 やがてレストランのオーナーであるらしき中年の男が、此方へとにこやかな笑顔で近寄ってくる。


「如何でしたでしょうか、当店一のシェフが腕によりをかけた自慢のスープです」


 思わぬほどの美味に多少気分が良くなっていた私は、彼に愛想よく答えてやることにした。


「ええ。これなら確かに、願いも叶ってしまうかも知れませんね」


 ふと、男の笑顔が更に深くなった。


「お客様の願いは、既に叶っております」


「それは、どういう……」


 突如、店内中から凄まじい拍手と爆笑が沸き起こる。


 ウェイターや客達が、笑顔で叫びだす。


「おめでとうございます! おめでとうございます!」


 困惑する私に中年の男が告げた。 


「お客様の恋人であるY様は当店のシェフ一同が誠心誠意を込めて殺し、当店一のシェフが、腕によりをかけて調理致しました」


「おめでとうございます! おめでとうございます!」


 私は、やめろと叫ぶ。


「おめでとうございます!」


 やめろ……やめろ……。


「おめでとうございます!」


「やめろ!」


 中年の男が高らかに笑顔で叫ぶ。


「お二人の肉体は今一体となり、お二人の願いは今、永遠に叶えられました!」

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スープ 一ノ路道草 @chihachihechinuchito

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