池袋脱出
さすがに攻撃魔法ひとつで倒れてくれるとは思わない。だがいともあっさりと回復されるのを見るのは恐怖以外の何物でもなかった。
イケフクロウには物理攻撃が効かないのだろうか。
「どうすれば倒せるの…!?」
「まだ分からない、けど手段はあるはず――」
動揺する私たちを(珊瑚しか見えていないだろうけど)観察していたイケフクロウは、ぐりゅぐりゅと首を動かし、目を閉じた。……なんの前触れだ?
「あっ」
珊瑚が小さく声を上げる。
「な、あれ? 目が勝手に…」
「珊瑚?」
ぎょろりと彼女が私を見る。その目は――鳥の目をしていた。
…視覚を乗っ取られた!? 魔獣ってそんなことまでできるのか!
イケフクロウが目を開いた。そして、私を真っ直ぐに見る。視線は合わないのでやはりあの身体からは視認できていないようだが……何処にいるかは、知った。知られてしまった。
「ミツケタ」
年相応の、楽しげで、ゾッとするような声だった。
彼女の羽根が開く。鳥足の爪が光った。
捕食される、と直感的に悟る。まずい、これはまずい!
「幻影魔法――『
メモ紙を放り投げ、発動を見届けないまま珊瑚の手を引いて走り出す。
どうにか倒す方法を探さなければ! あんなやつが外に飛び出したら日本はパニックに陥るだろう。
いやそもそも私達が食われる!
「シオン! エレベーター前は行かないほうがいい! 最初の攻撃は設置型の罠だった!」
うっかりエレベーター方面に向かっていた私は慌てて進路を変える。
後ろでイケフクロウが叫ぶ声が響いていた。わりと効いてる。
「今更逃げる気はないけど通れる場所が限られてしまうのは痛いな……。解除はできそう?」
「時間が掛かるし、解除のためにさらに罠が張られているかもっ」
きっちり池袋を囲うほどの魔力と知能があるから、それぐらいはしててもおかしくはないか。
私はブレスレットをちらりと見る。ビーズがひとつ、砕け散っていた。珊瑚のは半分以上砕けている。先程乗っ取られたから、防御魔法が発動したのだろう。
母親自体はクソカスワーカーホリックだが、こういうプレゼントは何かと役に立つ。…そういえば。
「……母親が」
「お母さんがどうしたの?」
「あの人、魔遺跡考古学者で、よく罠とかそういうのに遭遇するんだけどやっぱりさっきみたいに攻撃通用しないときがあるらしくて」
「うん」
「火のないところに……っていうじゃないか。『触れないものはない、必ず元はあるはず』だって。その『元』を探せば、あるいは」
「やっつけられる?」
やっつけなければならないのだ。
「もしかしたら―だけど」
「ねえシオン、『元』ってもしかしてさ」
「ああ―多分、同じこと考えてる」
私達は振り返って魔法を準備する。
「防御魔法―『
「攻撃魔法―『
イケフクロウが姿を見せた。
ぱっとその後ろに魔法陣が浮かぶ。同時に私の魔法陣が展開し、遅れて珊瑚の魔法陣も作動した。
幾多もの羽根が私達を襲う。嵐で薙ぎ払い、生き残った羽根は壁に突き刺さった。
いやぁ……池袋のアミューズメント施設に魔法使用許可ゾーンがあり、珊瑚と何度か遊びに行ったことがあるが、本当に行って良かった。助かっている。今。
「駅から消えたイケフクロウの石像―それが本体ではないかと。攻撃魔法―『
茨が床から生え、イケフクロウに棘を突き刺しながら絡みついた。いつまで持つか。
私の魔力もそろそろ枯渇しそうだ。生命力から引っ張ってくるのはあまりやりたくない。
「石像を倒せばオールクリアってこと?」
「で、あってほしい」
「ならシオン、さっきのカフェに行ってみよう」
「え?」
「なんでイケフクロウはあそこにいたのか? それは、本体があるからじゃない?」
ああ…なるほど。
本体のそばにいるのは、守る目的と実家のような安心感があるからなのかもしれない。
そうと決まれば――!
茨が引きちぎられていく。一度に乗せられる魔力すべてを注ぎ込んでいるのにこんな短時間で……。
私達はイケフクロウの横を全力で駆けてカフェに向かっていく。荒れた息で珊瑚は詠唱する。彼女も魔力が限界らしい。詠唱なら時間が掛かるかわりに幾分魔力を節約ができる。
「っ、どこに!」
カフェを見渡す。あんなデカイもの、隠せるわけないのだが…。
珊瑚が私を叩いて指さした先には机と椅子が雑多に積まれていた。その中央には――石像。巣のようにして守っていたのか。
「触ルナ、触ルナ、触ルナ!」
イケフクロウが追いついて来た。口を開ける。
珊瑚が詠唱を早口で終わらせた。私達の周りに防御壁が張られる。
「――――――――!!」
金切り声のような衝撃波が放たれる。防御壁のおかげで直接は免れたがビリビリと鼓膜が揺らされ、ぶつんと右耳で音が聞こえなくなる。
ガラスが割れ、風が舞い込んできた。
私は一つの方法を思いつき、深く考える間もなく実行することにした。ぐらぐらとする頭の中をどうにかなだめながら直接自分の手の甲に魔法陣を描く。筆圧で皮膚が破けた。
「強化魔法――『
一時的に筋肉を強化する魔法だ。私は椅子と机を退けて石像を持ち上げた。
それを持ち、窓まで走る。
「ヤメロ! ヤメロ! ヤメロ!」
さすがに魔獣も焦るんだな、となんとなく冷静な部分が面白がった。
私は窓からそれを放り投げようとして――イケフクロウが飛翔し、石像を掴もうとして外したのか私の腕に鉤爪を食い込ませた。血が飛び散る。押された勢いを殺しきれず、バランスを崩す。
うそ。
窓の縁から、落ちる。
私は石像を地上へと投げた。追いかけようとする魔獣が私の腕から足を離そうとするのでそうはさせるかと掴む。魔素の影響でブレスレットが破壊された。
これ以上は身体が崩れる。最終手段だ。
「『我が異端の魔神、ピトゥリアに祈る。我が異質の魔神、ルゼィッカトに祈る。無秩序のピトゥリア、混迷のルゼィッカト、御二柱に乞い祈らん! この罪深き獣の魂を持って、獣に罰を!』」
魔法協会では禁忌の魔神と言われていて契約自体違法な二柱だけど緊急事態だからね! 仕方ないね!
紫色の槍と矢が空中に現れる。一つは石像を、一つは少女の形をした魔獣を貫いた。
魔獣イケフクロウは――絶叫をした。そうして前置きもなく消え去る。残されたのは落下する私だけだ。
「ぎゃああああああ!!」
死ぬ! これ死ぬ!
「シオン!!」
珊瑚まで私を目掛けて落ちてきた。
○
珊瑚もとっさに魔神のひと柱、抱擁の神カランマェリアに願ったおかげで地面に激突して二人でトマトみたいな死体を晒す羽目にならなくて良かった。カランマェリアは貢物をする信仰者が大好きなので、日々の信仰は面倒だがこういう局面では非常に助かる。
「石像が砕けてる…。わたしたち、勝ったの?」
「そうみたいだな」
障壁も消え、自然な光が私達に注いでいる。
珊瑚が私に抱きついてきた。温かい温度に私は息ができなくなる。
「良かったぁ……! ありがとう、シオン…」
「…こちらこそ。巻き込まれてくれてありがとう」
左耳で珊瑚の啜り泣く声を聞きながら、私は安堵のため息をついた。
ああ…。珊瑚を救えたのだ。彼女と街を出ることが、できるんだ…。
良かった。本当に、良かった。
「ねえ、シオン」
「ん?」
「一緒に住むならさ、部屋決めなきゃね」
「……いいの?」
「うん。トイレとお風呂は別々の場所がいいな」
私はなんだか可笑しくなって、珊瑚の額に自分の額を当てて笑う。
今だけは、私達にはなんの不安もなかった。
……私の腕に、フクロウのような羽毛が生えていることを除けば、だが。
絶対閉鎖魔法都市、池袋。 青柴織部 @aoshiba01
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