池袋俯瞰
東池袋中央公園に足を踏み入れる。
野良猫たちは何も知らず、何も変わらないという風に陽向に寝っ転がっていた。
人に懐いていて大層かわいい茶色の縞模様を持つ猫を探すが、見あたらない。
「茶助、いないな」
「そうだね。わたしも最近全然来ないから分かんないや」
「そうか」
この池袋に関わる私たちの話は、当然ではあるが大学生活の間のものなのでなんとなく気まずくなってしまう。テキストチャットならアニメだとかゲームの話をしていたが――いざ対面するとどうにも、話が出来なくなる。
クリスマスにまで講義があるなんて!とぶつくさ言いながら出席し、そのあとここに来てクリスマスツリーを眺めに来たこと、フリルがたっぷりの洋服をショーウィンドウ越しに眺めていたら店員に話しかけられ二人で逃げたこと。
今まで封じ込めていた思い出が溢れ出してくる。珊瑚は隣にいるし、走馬灯にはまだ早い。
「中には入れるんだっけ」
「入れることは入れるみたい。だけど帰ってこれるかは……半々かな……」
「SNSで重症の人が外に出てきたって見たけど」
「らしいね。わたしも噂程度だけど聞いた」
魔獣イケフクロウの存在と、展望台に陣取っているという憶測は、その人によって確実なものとなった。
いやまあここから見ても明らかに最上階というか展望台周りのオーラみたいなのがおかしいのだが。あの空間凄まじく魔素が濃い。お年寄りや子供なら即時に重症待ったなしだろう。
まあ、魔獣、人間食べるって言うし。帰らなかった人は食べられてしまったんだろう。
「行こうか」
「思い切りがいいなあ…。何があるか未知なのに」
「私も自分の行動力に驚いている」
この街から珊瑚と一緒に出たいからこんな無謀な試みにチャレンジしてしまうのだろうか。
自動ドアの前に立つと滑らかに開いた。中は暗く、電気が通っているかは定かではないのだが…。
珊瑚が手を握ってくる。私は、すこしだけ躊躇った後に指に力を込めた。
魔法で光源を作ることは出来るが、魔力が惜しいのでスマホのライトに頼る。案内図を見て、展望台エレベーターへと向かった。
もしエレベーターが動いていないのならそれはつまり250メートル余りを自力で登っていかなくてはいけないわけだ。そんな恐ろしい考えがよぎったが、いざエレベーターボタンを押そうとするとポンと小さな音を立ててドアが開き、私たちを招き入れた。
――イケフクロウ直々にご招待というわけか。
無言で私と珊瑚は顔を見合わせ、頷くと中へ入る。するすると締まり、ほどなくして上昇し始めた。
「到着して一発目に攻撃されたらいやだから、ちょっと詠唱していい?」
「いいよ」
珊瑚はタブレットを取り出し、複雑な魔法陣をペンで描き、長い詠唱を始めた。
じわりと彼女の周りの空気が熱を持ち始める。
私もメモ帳を出しいくつか魔法陣を紙に書き、攻撃の用意をしておく。最悪の場合展望台が壊れてしまいそうだが――それはイケフクロウのせいにしておけばいいか。
もうそろそろか、という時だった。
『ダレ?』
本来なら案内が流れるだろうスピーカーから、幼い少女の声がした。
一瞬珊瑚の詠唱が止まる。私は彼女へ視線を送り励ます。
『
――この声の主は…単純に考えればイケフクロウのものか?
『見エナイ、見エナイ、見エナイ、イナイ、イナイ、イナイ』
どうやら見えたり聞こえたりはしていないようだが、気配としては感じているようだ。ばっちり認識されているということになる…。
完全に無の存在として対峙出来たなら楽だったが、そんなうまい話はないという事か。
『オカシイナ、オカシイナ、ドウシテ、ドウシテ』
スピーカーにノイズが混じり、音がひび割れてくる。
もう言葉としては聞き取れない。
「…珊瑚」
詠唱を続けながら彼女は私を横目で見る。恐怖か疲労か、汗をかいている。
「この戦いが終わったら、一緒に住まない?」
一呼吸分詠唱が途絶えた。熱が消えかけ、慌てて珊瑚は続ける。
私も続ける。確実に危ないフラグが立つセリフだと自覚しているが、少しでも死ぬ可能性があるなら今言いたかった。
「母さんは当分日本帰らないだろうし、バイト先もなんか潰れそうだから、いつでも好きなところに行ける。考えておいて」
珊瑚に返事の代わりにわき腹を強く殴られたと同時にエレベーターが開く。――魔素で構成された棒が、私たちにめがけて飛んできた。珊瑚の張った防御壁にあたり、ばらばらに砕けて消える。
眉を寄せて珊瑚は呻く。
「……重い攻撃だった」
「幼稚園の喧嘩レベルじゃないってことか。幻影魔法――『
私は目を閉じ、そして珊瑚の目を覆う。瞼越しでも分かる強烈な光が部屋中を照らした。
役に立つのか分からないがこれでひるんだのなら相手は視覚があるということだし、何事もなかったのなら視覚に頼らずこちらに知覚していると分かる。
目を開けてみる。誰もいない。
さすがにエレベーターの中で戦うのは嫌なので展望台内に出る。
展望ガラスの外は池袋とその周りの街が夕日により橙に染まっていくさまを映していた。イケフクロウ――フクロウがモチーフのはずだから、夜になるともっと強くなっていくのだろうか。
「隠れてこちらの様子でも伺っているのか…?」
「隙を狙っているのかも。よくあるじゃん、物陰からいきなりぐわっと出てくるやつ、ホラーゲームみたいに」
「ああ…」
特に軍隊に所属経験もない私たちは、恐る恐る館内を歩いていく。
出来ることなら遮蔽物の多いところで隠れながら戦いものだが、それはここを陣取っているあちら次第だろう。
外側を辿るように歩いていくとカフェへたどり着く。魔素が今まで以上に強くなり息苦しくなる。私と珊瑚のブレスレットからひび割れるような嫌な音が鳴った。
――レジカウンターに、猛禽類の翼と足を持った幼い女の子が座っている。床まで届きそうなほどの髪はゆらゆらと空中で揺れている。
私たちが来たことに最初から気付いていたのか、それとも意識の外だったのか、少女は頭をあげて珊瑚を見、そしてきょろきょろと目を動かす。…私が見えていないようだ。
「イナイ。ドウシテ。カクレテル。ドウシテ。ドウシテ?」
少女は、首を捻った。
――フクロウのように、ぐりんと180度回る。おぞましい光景だ。
「
「……攻撃魔法――『
私はメモ帳から紙を千切り、床へ叩きつける。そこを起点に大きなひび割れが真っ直ぐ少女の元へと延びていった。
少女の座っているレジカウンターごと切断された――が。
「…再生した」
血を吹き出すこともなく、割れた面がくっつき合い、少女は変わらずそこにいた。
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