池袋散策

 大学生活の最後は陰鬱な気分でこの景色を見ていたなと思いだして少し暗澹あんたんとした気分になる。

 道行く人はまばらだ。魔素の影響もあるからだいたい建物に籠もっているのだろう。そんなときに珊瑚を外に引っ張り出して申し訳ない。

 そのことを言うと彼女は苦笑した。


「耐性あるし、わたしも外に出たいところだったからいいよ……。引きこもっていると空気というか、気分が淀むんだよね」


 聞けば、大学構内で寝泊まりしていると言う。

 確か10階ぐらいあったからかなりの人数を収容できるはずだ。


「私は良い気分転換となったわけか」

「いや、シオンはただのバカ。大バカ。底なしのアホ。アルバトロス」


 照れ隠しかな? へへっ。


「それで、どうするの? わざわざ障壁を破って池袋にきて…新しい住人にでもなりにきた?」

「まっさかぁ。出ようよ、池袋から」

「えっ、正気なの?」

「もちろん正気」


 それが一番の目的だ。

 珊瑚を連れて池袋を出る。他の人は……まあ、頑張れという感じで。

 中退して珊瑚を置いていったことへの償いの気持ちがある。私たちはうまく学科に馴染めず、はぐれた同士でくっついたようなものだ。あの後もしかしたら友好関係が築けていたとしても……やっぱりすまない気持ちはある。


「どうやって…?」

「魔獣イケフクロウ。そいつを倒せばいいんでしょ? サンシャインってどの道が近いっけ」


 珊瑚は固まった。


「え、いや、バカ!? 短絡的! 考えが浅はか!」


 そんなに褒めないでほしい。


「私は『破壊魔法』の中級ライセンスを持ってるし、珊瑚は『防御魔法』の準上級ライセンス持ちでしょう? いけなくはないよ」

「信じられない! わたしも頭数に含めてんの!?」

「だって私、防御魔法からっきしダメだから。複雑な図案が記憶できないんだよね」


 だから、学科試験もパスできなかった。

 解放魔術回路症の5つの特徴と説明を記述できなかったし、詠唱に障害が出る病気もろくに覚えられなかった。詠唱機能改善学科としてはあまりにも……やめるか、この回想。吐きそう。

 簡単な魔法陣とこちらの魔力を消費する攻撃魔法や身体強化魔法のほうが性に合っている。まあ脳筋バカなのだろう、要は。


「……無理だよ」


 珊瑚の声は暗い。


「なんで?」

「今まで何人もイケフクロウに挑んだけれど敵わなかった。武器も通用しない、簡易的とはいえ火薬も火炎瓶もだめだったって……」


 二週間の間、池袋の人々は悲嘆だけをしていたわけではないのだ。

 様々な手を使い出ようともがいていた。もがいでもがいて、無駄だと…悟ってしまった。結果的に障壁から出ようとする人たちは今やずいぶんと減ってしまったという。


 絶望がこの街に蔓延している。


「明後日には自衛隊の魔法特化班が来てくれるって聞いたけど――でもそれも、どうにかなるのか…」


 私は、彼女の手を取り、握りしめた。

温かいと記憶していた珊瑚の手は今はひどく冷たかった。


「――分かんないよ。どうにもならないかもしれないし、どうにかなるかもしれない」


 大学を退学して、どうなるか分からなかったけど割とどうにかはなっている。

 うまく行かなかったらそれまでだ。


「でもイケフクロウ、ぶん殴りたいでしょ?」

「……うん」

「じゃあいいじゃん。行こうよ」

「勝算は……あるの?」


 私は障壁のてっぺんを見た。障壁のせいで太陽光が屈折しているためにきらきらと光が注いでいるように見える。


「調べたんだ。魔獣は『認識できない』ものがある」

「あ…聞いたことある。『魔獣と深い縁があり、深い溝があり、深い確執がある』者は認識できないんだっけ」


 そう。

 障壁に入れた人たちは皆、『池袋に通勤通学していた、または住人だった』条件があるのだ。

 だから退学したとはいえ二年間は通っていた私もその枠組みに含まれている。だから難なく潜入できたわけで。


「私は賭けている――。池袋と深い縁があり、溝があり、確執を覚えている私は、池袋たるイケフクロウの認知に入らない」

「大半は逆恨みでは」

「やかましい」


 いや、その通りだけど。ぐうの音も出ないけど。


「でもやってみる価値はある。協力して」

「…分かった。何もしないよりはマシだもん」


 私たちはかつてのように横に並んで慣れた道を歩き出す。

 パルコも電気屋も閉まり、何をしているのか分からないビルも人気がなくひっそりしている。寂しいな、となんとなく思ってしまった。

 遅刻ぎりぎりのときには非常に腹正しい横断歩道を越え一気に狭くなる道を辿る。

 ……ん?

 まてよ、この道順……。

 別のことを考えていたこともあり、気づいたのが遅かった。左側に広い空間と建物が現れる。

 恐る恐る見上げると、『東后大学池袋キャンパス』と建物に看板がつけられていた。


「あばばばばオロロロロ」

「え!? シオン!? なんで吐いてるの!?」

「大学に来るとは思わないじゃんか!」

「ごっ、ごめん! だって大学はサンシャイン通りの一部だし、一番この道が広いから、つい……」


 魔素の影響もあり、私は盛大に吐いた。泣くかと思った。泣いたほうがマシだったな。

 紆余曲折あり、私たちはある意味ようやく――サンシャインの前に立ったのだった。

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