絶対閉鎖魔法都市、池袋。

青柴織部

池袋潜入

 退学届けと学生証を、事務カウンターに出した。

 事務員のお姉さんは私の学生番号と印鑑を確認したあと、「お預かりします」とだけ言う。

 それで終わりだった。

 もはや部外者となった私は大学を足早に出て池袋駅へ向かう。二度とここへは来ないだろうと思いながら。


「ごめん、珊瑚サンゴ


 ひとり呟く。あの子ともう演習で組むことがないのだと思うと、ポカリと胸に穴が空いたようだった。

 それが、一年前の話。


 ○


《池袋、魔法障壁出現から二週間 いまだ解決ならず》

 私はスマホニュースの見出しの記事を開き、スクロールして内容を斜め読みしていく。目新しい収穫は無く、ため息をついた。

《池袋の巨大魔獣 正体と目的は》

 これも同じ。推論と推測が堂々巡りだ。


 山手線の目白駅で降りた私は池袋方面に向かって歩き出す。…池袋には直接行けないからだ。さらに、その次の駅へはバスか歩きでなければいけない。

 理由は単純だ。ビルの影から見える、巨大な半透明のドーム。それが池袋を囲っていた。アレのせいでこのあたりの交通機関は麻痺に近い。

 そして私はその方向へ向かっている。


 ――二週間前。

 東京都豊島区池袋に、広範囲かつ最上級魔術で練られた『魔法障壁』が現れた。

 電気も、水も、変わらず通るのが奇妙だ。それどころか食料物資も問題なくあちらに押し込むことができる。

 だが、池袋に居る『生き物』は障壁に阻まれ出ることが出来なくなり、逆に外部から入ろうとする者は――大多数が拒まれ、一部が受け入れられた。

 その一部も結局は外に出ることが不可能となり、現在は障壁に接触できないように警備が強化されているとテレビで見た。

 ……まあ、何かと抜け穴はあるもので。

 上がり屋敷公園はぎりぎり障壁区域ではなく、また警備も薄いと掲示板で見た。あまり期待はしていなかったが、覗いてみると確かに警備が薄い。マスコミも野次馬ももう少し拓けた場所に行くからだろうか。まあいい。

 私は覚悟を決めると近くの公衆トイレに入る。メモ帳と、魔法インクを入れた万年筆を取り出して、魔法陣を描いた。


「幻影魔法――【かすみ】」


 つぶやくとパァっと魔法陣が光る。指先がじわじわと消えていくのは何度やっても慣れないものだ。

 数分たたないうちに私の身体は完全に景色に溶け込む。万能でもなく時間もそこまでないので慌ててトイレから飛び出す。

 よそを向いている警備員の隙を狙って、私は魔法障壁に――飛び込んだ。

 とぷりと水の中を進むような感覚のあとにすぐ重力に支配されて転びそうになる。踏ん張りバランスを取ると、私は幻影魔法が解けるまで走り続けた。

 立ち止まり息を整える。


「これは……」


 足元から感じるミミズの這うような気持ちの悪い気配に私は思わず顔をしかめた。…規格外の魔素によって土壌が汚染されてきている証拠だ。

 このままでは魔術回路肥大症か、逆に魔術回路枯渇症になってしまう。重症化すれば予後は悪く死亡も珍しくない。

 私は嫌な考えを振り払い、スマートフォンを取り出して珊瑚に電話をかけた。大学時代の唯一の友人だ。

 テキストチャットはここ最近毎日送り合っていたが、通話は本当に久しぶりなので緊張する。

 彼女はすぐに出た。


『もしもし? シオン?』

「珊瑚。今どこ?」


 彼女は電話口で戸惑うような息を漏らした。


『どこって…変わらず池袋だけど。池袋の、東后トーゴー大学』


 大学名を聞いて退学届けを出したシーンを思い出し吐きそうになる。が、なんとかこらえた。


「じゃあ池袋駅の東口改札で落ち合おう」

『落ち合おう!? まさか、まさかシオン……』

「池袋、潜入しました〜」

『バッ、バカーーーーーーーーーァ!!』


 珊瑚の絶叫が耳を貫いた。

 私は予想していたので電話を耳からちょっと離していた。


「じゃ、頼むね」


 怒鳴り狂われているので一方的に電話を切り、駅へと急ぐ。

 道行く人は皆暗い表情だった。当然だろう、インフラに影響はないとはいえ、この街から出られないのだから。

 住人ならともかく通勤通学してきた人たちにはたまったものではない。街は彼らの住処としてホテルや学校を開放しているそうだ。

 時間をかけて地下の改札口についた。魔法障壁が解け電車が通る日を夢見ているのか、それとも寝泊まりする場として固まったのか、何人かが壁沿いに固まっていた。ぎろりと見られ肩身を狭くする。

 ふと思い、東口のとあるオブジェを見に行く。


「……」


 ここに、"イケフクロウ"というオブジェがあったはずだ。しかし今は土台しかない。


 ……この本体は――現在超高層ビルを巣とし、池袋を魔都と変えている。


 笑い話なら良かったが、大真面目にそんなことが起きているのだ。

 一説によれば魔素を年月をかけて蓄積し――なんらかの反応を起こして魔獣となったのではないかと言われている。そんなバカなと言いたくなるが、バカみたいなことが起きるのが魔法だ。あり得なくはない。

 土台をじっと眺めていると、後ろから声をかけられた。


「…シオン、本当にいるなんて」


 久しぶりに見る珊瑚は一年前より髪が伸びていた。憔悴した様子はあるが、今すぐ死にそうな感じではなく安心する。


「来ちゃった」

「来ちゃったではなくてね?」


 怒られた。

 ごまかすように魔素を気休め程度に吸い込む除魔グッズを渡した。大抵はブレスレットや指輪の形をしており、私があげたのはブレスレット型だ。


「母さんの手作りだから市販のより強いよ」

「……仲直りできたの?」

「ん、まあ……。それより地上に出よう」


 ごまかすように手を振る。珊瑚は渋々といったように頷き、二人で階段を昇った。

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