第■話■■■■■

「いらっしゃいませ千草様、今日はどういったご用件で?」

 

 影は律儀にお辞儀をした後に僕に向かってそう問うた。


「いや、これといって様なんて無いのだけど―――」


 眠ったら何故かこの如月図書館に来ているのだ。来たくてきている訳ではないし、かといって眠っているわけだからここから離れることもできない。


「そうですか、ならいつもの様に本をお持ちしましょうか?」


「あ、あぁ頼むよ」


 高校二年生になってからずっとこの様なやり取りが続いている、最初の方は戸惑ってここが何処なのかや影が隠している事を暴いてやると躍起になっていたものだがその度にこのセカイと離されて元の現実に戻ってしまうので五回目くらいから問いただすのは止めにした。

 せっかくだからこんな貴重な体験をすぐに終わらせてしまうのは勿体ないと思い影の促されるままの現状になったと言う訳だ。


「ではお持ちしますので少々お待ちください」


 影はそう言って本棚の森に姿を消した。影はいつも色々な本を持って来てくれた。恋愛ものや戦闘ものとジャンルはバラバラでいてどこか繋がっている、そんな不思議な本たちを僕に進めてきた。


「これなんかはどうでしょうか?」


 本棚の森から帰って来た影は一冊の本を片手に携え、僕の待つ場所へ行くと携えていた本を机に置き、すっと机の上を滑らせながら僕の方を向けて本を差し出してきた。


「ピエロと狂人?」


 題名にそう記されており著名は書かれていなかった。


「主人公のピエロが狂人に恋をする話です」


「は、はあ―――」


 想像の付かない題材の本に少し戸惑ったが僕は影から差し出された本を開き、読み始めた。

 内容はとあるサーカス団に所属していたピエロの女性がある日の夜に頭のネジが数本とんだ殺人鬼が路地裏で人を殺しているのを見てしまい次の標的にされてしまった。

 それを機に殺人鬼から逃げ惑う彼女であったがいつしか彼との間に恋の様な感情が芽生えてしまう。そして彼女は殺されても良いと思ってしまうまでに恋の病魔に侵されてしまい最終的には彼に自ら命を差し出して殺されてしまうといった内容だった。


「なんかおかしな話の本だね、別に凄く良い作品て訳でもなかったけどそこそこに楽しめたよ」


「さようですか」


 僕が本を影に返すと大事そうに抱えて戻しにいった。

 こんな感じに僕は夢の中で影と二人で過ごしてきていた。

 

「それではそろそろ時間ですので」


 帰ってきて早々に影がそういった。


「もうそんな時間なのか―――」


「またのご利用お待ちしております」


 そう影の言葉を聞いた瞬間、視界はぐにゃりと歪んでいきまるで酔った時の感覚にも似た光景を映しながら徐々に光を失い暗い闇へと僕を突き落としていった。

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