第1.5話 Girls Side [日常]
時計の針が十一時に差し掛かった頃、リビングで見ていたバラエティー番組がエンディングを迎えた処で私は席から立ち上がって向かいの席でパソコンを開いて仕事をしているお母さんに「お休み」と声を掛けてからリビングを出て自室に向かった。
階段を上がってすぐにあるお母さんの部屋から一つ空き部屋を挟んで左奥にある自室に歩みを進め、一度扉を開ける前に後方を確認し、お母さんがいない事を確認してから鍵で扉を開けてすぐさま室内から扉の鍵を閉めた。
「ふぅ~」とため息を一つついてから室内の明かりを点ける。
「こんなの誰にも見せられないよね―――」
我ながらひいてしまいそうな程に異常で愛おしく思う光景だった。
壁に貼られたポスターに机の横にあるショーケースに飾られた数々の写真。そのどれもがただ一人の男性を映したものである。
「ふふ―――」
スマートフォンのロックを解除してホームに出てくる写真もまた同じ人の写真である。
偶に見せる笑顔が好きで、帰り際に見せる悲しそうな姿が愛おしくて、いつも傍で私のことを第一に考えてくれる彼が私はとても好きだ。
そう、私は昔から千草 弥生の事が堪らなく好きなのである。
いつから彼に対して好きという感情が芽生えたのかは私にも分からない。
何となく彼と過ごしてて何となく彼が好きだな~と思って何となく彼を独り占めしたいなぁなんて思いが知らないうちに心に芽生えていた。
無数の壁に貼られた彼の写真は今考えてみたら全て盗撮に近いものばかりだった。
私の家に遊びに来た時にこっそりと撮ったものや学校に行くときに彼が来る姿をバレないようにスマホに目を向けてる様に見せてポケットにしまう一瞬の間にシャッターを押して撮ったものの数々。
「そうだ!今日の写真も印刷しないと!」
私は心躍らせながら机にのっているパソコンの電源を点けてUSBポートにスマートフォンの電源ケーブルを接続した後にパソコンのロックを解除して少し待ってからスマートフォンを開いて画像のデータをパソコンに転送してからプリンターでカラー印刷を行った。
「うん!いい出来!」
今日の特別品だ!何と言っても彼の寝坊によるぴょこんとはねていた寝ぐせのついた貴重なものだからだ。これは大事にしないと、万が一無くしでもしたら死んでしまいそうだもの。
今日の写真を全て印刷し終えて幸福感に浸っている中でふとお昼の事を思い出した。
あの時彼は私の事を大事に思って自分の定食を分けてくれたんだ。その上間接キスまでしてしまったのだ。
「あぁ~~なんであの時動画撮ってなかったのよ私の馬鹿~~」
ショート寸前の脳ではあの時動画を撮るという行動は考えつかなかった。いや、考えついても彼に気持ち悪がられていただろうからあれが最適答だったのだろうけどとても悔しい、この悔しさを誰かに分かってほしい!
ピロリん!とケーブルに接続したままのスマートフォンから小気味いい音が鳴り響いた。
「ひなちゃん!」
私の唯一の女性の友達、雛形さん。お隣の席だったのを機に何となく話をしていると会話が弾んで今となってはとても仲のいい友達だと私は思っている。
ひなちゃん【今日は熱々だったね(~ω~)】
「もう茶化さないでよ―――ってこれは!」
言葉と共に添えられていた写真は私が撮り損ねた彼が私におかずを分けている時の写真だった。
紗奈【もう、そんなんじゃないって(*ノωノ)】
「すぐさま保存しなければ!」
それっぽい言葉を返信してからすぐさま画像を保存してそのまま流れでパソコンに転送し、カラー印刷を行った。ここまでの初動の速さは我ながら無駄がない完璧なものだった。
「やった!」
お母さんに気付かれない様に軽く飛び跳ねてベッドにゴロゴロとした後に慎重にカラー印刷した彼の写真を鑑賞ファイルの中へ入れてもう一つ印刷し、もう一つの方は横の壁に貼り付けた。
「何という破壊力―――」
見ているだけでやる気がみなぎる、まるでアンコパンマンの新しい顔状態だ。アンコパンチ今ならいけるかもしれない―――
「待て待て私は何を考えてるんだ。冷静になれ、明日もまた会うんだ。こんな顔彼に見せられないよ」
机に置かれていた手鏡を手に取り自身に向けるそこにはいつもの自分が綺麗さっぱり消え去っており、変質者かと思うほどの気持ち悪いたるんたるんの顔だった。
「そうだ勉強しないと」
学生の本文は勉強だ。もしもこれで課題を忘れたら彼に顔向けできない、急いでやらないと。
勉強していていつも思うのだけれど何故私は特進科に在籍しているのだろうか?中学の時に彼がこの学校に一緒に行くと言ってもらえて凄く嬉しかったのは今でも覚えてる、でも別に彼が特進科を望んでる訳ではなかったのだし普通科でも良かったんじゃないかな?その方が彼と今以上に過ごせていたし。
・・・・・・
あ!分かった!私あの時とても嬉しくて彼に恥をかかせない為に猛勉強して一位を取ることを目指していたの。いつも傍にいてくれたから私なりにここまで成長したんだよって伝えたかったんだ。だけどちゃんと伝わってるかな?もしかしたら一周回って彼に恥をかかせてしまってるんじゃないかな、それだったら嫌だな―――
そんな事を勉強中延々と考え続けながらいると時計の針は十二時を過ぎてしまっていた。
「急いで寝ないと、彼に目のクマを見られたら恥ずか死んじゃう」
ベッドに横たわり壁に貼られた彼の写真を目にしながら眠気を待っているといつの間にか眠ってしまっていた。
❃
午前六時、体内時計で何となく同じ時間に起きられる身体の私は眠気に襲われながらも自室を出て一階に降り朝風呂に入った。
彼に変な臭いと言われるのを避ける為と清潔でいないとという自分なりの考え方だ。
風呂場に入りまず髪を洗ってから徐々に洗っていった。お風呂を出る頃には眠気はすっかりなくなっており、とても清々しい気持ちになっていた。
「あっ、服忘れちゃった」
お風呂場に服を持ってくるのを忘れていたことに気が付いたがどうせこの時間に起きているのは私だけだし大丈夫だろうと思いながらタオルを洗濯機の中に放り込んで全裸で二階に上がって自室に入るとすぐさま下着と制服を着て自室を出てから扉に鍵を閉めて一階に戻った。
「今日はパンかな」
そこまでお腹は空いていなかったのでトースターでパンを一枚入れて出来上がるのを待っていた。
テレビを点けて朝のニュースに耳を傾けながら冷蔵庫からマーガリンと牛乳を取り出してテーブルに置くとトースターから丁度こんがりといい感じに焼けたパンが出来ていた。
焼きたてのパンにマーガリンをひと塗して齧りついた。味に関しては何とはない普通のパンの味だった。
食事を終えて一連の身支度を整えて時間を待った。
テレビの左上に映し出されている時計が七時半になったのを確認すると私はテレビを消して席を立ち鞄を持って外へ出ていった。
彼との待ち合わせの時間は七時五十分、ここらか自転車を奔らせれば十分前にはつく計算だ。
私はいつもの様に自転車を奔らせて待ち合わせの場所に先に到着して心の準備をし、彼が来るのを待っていた。
大丈夫、大丈夫、大丈夫と三回自分に言い聞かせて脈打つ鼓動を冷静に保ちスマートフォンに視線を向ける、カメラのアプリを開いたまま何をする訳でもなく何となくいじっている雰囲気を出していると
「よ!待った?」
彼の声が聞こえてきた。いつも聞きなれている彼の暖かく優しい声。
「少し」
彼の前ではどうしても素直になれない、だけど今はそれでいい。
私はスマートフォンをブレザーのポケットに入れるギリギリの処で一枚写真をサイレントモードで撮ってから電源を落として自転車にまたがって彼の先を奔る。
彼の素朴な話題に合図血をうって会話をしているといつの間にか学校についてしまっている。
いつもと同じ日常、だけどそれが私にとっては宝の様に大事なものであった。これからも彼と一緒にこんな何気ない日常を延々と繰り返しながら大人になっていくと考えると何だかワクワクしてくるものだった。
「じゃあ僕こっちだから」
「うん」
だけどこの時だけはちょっぴり寂しい、彼がこのまま私の前からいなくなってしまうんじゃないか、なんて思ってしまう。だけどそれもまたお昼になれば忘れている、そんな日常と彼を私は堪らなく愛している。
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