第1話 日常
ジリジリジリと目覚ましの不快な高音で僕は目を覚ました。
「あの影は一体何なんだ……」
起きたばかりで頭が冴えない中、鳴り響く目覚ましに手を伸ばして上にある少し膨れたボタンを押して目覚ましを切り、持ち上げて時間に目を向ける。
「げ、寝過ごした!」
今は夢の事なんて考えてる暇はないと急いで制服に着替え自室を後にし、一階の洗面所で顔を冷水で洗って歯を磨きながらリビングに向かい、母が先に見ていたニュースに目をやり、天気予報を見て今日は1日晴れだと確認してから洗面所に戻り歯磨きを終えるとすぐさま鞄を持って家を出た。
「急がないと紗奈に怒られる!」
そう口にしながら家の駐車場に置いてある鍵が刺さったままのママチャリの籠に鞄を入れ、前輪に付いていたチェーンを外してすぐさま自転車にまたがり勢い良く奔らせ始めた。
「ごめん待った?」
自転車を奔らせる事五分、大通りの交差点で自転車から降りてスマートフォンを片手に視線を落としていた黒茶色の髪の紗奈の肩をポンと叩いて聞いた。
「二十分の遅刻」
スマホをブレザーのポケットに仕舞ってこちらに視線を向けた紗奈は僕の腕にポンと軽く拳を当てながらそう口にしながら止めていた自転車に乗った。
「ごめんごめん、寝過ごしちゃって―――紗奈は先に行ってても良かったのに」
半笑いで紗奈に弁明をしながら自転車を彼女の後ろについていく形で走行した。
「別に良いよ、先に行ってもやる事無いし」
彼女、三嶋 紗奈は幼稚園の頃からの幼馴染でいつも僕と仲良くしてくれる人の一人、他者から見ると少し冷めた子だと感じるかもしれないけど、そんな事は無くて、察しがいいのかいつも僕の事を気を遣ってくれる優しい子だ。
「千草は放課後予定あるの?」
「今日はバイトかな、九時ぐらいには終わるけど何かあるの?」
追い風で紗奈の声が若干聞こえにくいが僕は紗奈の問いに答えると
「別に、今日はうちに寄るのかなって思って―――」
「バイトで遅いからね、考えておくよ―――」
「そっか」
紗奈の家には昔からちょくちょく行っていた。少し遠いけど自分の家で一人寂しく過ごすのが嫌だった僕としてはそんな距離は苦ではなかったし、今では昔ほど寂しいとは感じなくなったけど行ける時は行きたいと思ってる感じではある。
その後は他愛無い事を話しながら走り続け、いつの間にか高校の正門まで来てしまっていた。
僕と紗奈は自転車を駐輪スペースに止めると
「それじゃあ僕はこっちだから、お昼にまた―――」
「うん、また」
と左側に建つ第一棟に、紗奈は正面の第二棟へ向かった。
県立東雲高校はいわゆるマンモス校で第一棟には普通科生徒が在籍し、第二棟には特進クラス等の優秀な生徒が在籍している。
つまり彼女はその優秀な生徒の部類と言う訳だ。それに比べて僕は受験戦争でギリギリ勝ち残った部類の普通科生徒でしかない。
「今日も千草と紗奈さんはお熱いね~~おはよう」
クラスに着き、自分の机に鞄をを置いて椅子に座るとどこからともなく和也がやって来て前の空いている席に座って茶化してきた。
「そんなんじゃないよ、そもそも付き合ってないし」
「そろそろ付き合っちゃえよこの甘々カップルめ」
「そっちはどうなんだよ、雛形さんとは上手くいってるのか?」
彼、南雲 和也とは小学校からの仲で僕の唯一と言っても過言ではない男友達でそんな和也は特進クラスに在籍する雛形 彩芽さんの事が好きであるらしい、雛形さんは紗奈と仲が良いらしく、お昼を食べる時に食堂で一緒になって食べたりしている。
「聞いてくれよ千草~それが、何か雛形さんに避けられている様な気がするんだよ~今日も駐輪場であった時、僕が挨拶したらあらほらさっさ~って逃げていくんだよ~」
「どこの〇ッターマンだよ……それ言うなすたこらさっさだろ。けどもしかしたら相手も気があるんじゃないか?ほらアニメとかでよくあるじゃん」
僕がそう言うと和也は目を煌めかせて
「そうだよな!きっとそうだ!まだふられた訳でもないんだし、もしかしたら照れてるだけかもしれないしな!」
なんて単純思考なんだこの男は……
「そんじゃあ今日の昼の食堂で早速話しかけてみるとするよ!」
いつも僕と紗奈は昼を食堂でとっているのだがその席に和也と雛形さんも加わる為、四人でよく食べていた。雛形さんと会えるとしたらこのタイミングか放課後しかないので確率が最も高い為、昼を選んだのだろう。
「まあ頑張れよ」
鞄から今日使う教材を取り出しながら言うと
「お前も頑張るんだよ!早く告らないと紗奈さんとられちまうぞ!」
僕の頭をぐしゃぐしゃと荒く触りながら和也が言う。
「やめろって!だからそんな告るとかって無いから!それに紗奈とは昔からだからそう言う感情は一切無いの!」
和也の手を振り払って髪を整え乍ら僕がそう言うと
「本当?」
「本当」
「これっぽちも?」
「断じてない!」
「ふ~~ん、ま、いいや、じゃあな」
何度も確認をした後に彼は興味を無くしたかのように座っていた席から立ち、自分の席に向かった。
「何なんだよいったい……」
僕が紗奈を好きだって?そんなのあり得ない、あったとしても僕じゃ紗奈に釣り合わないに決まってる。
❃
「千草~早く学食行こうぜ、席確保しないと」
授業を終えて昼休みになると和也が近づいて声を掛けてきた。
次の授業の準備をした僕らは学食へ向かった。
この高校は特殊で第一と第二の間に管理棟を挟んでおり、授業で使う実験室や職員室などは管理棟に在り、普通科と特進科の者がすれ違うなんて事は一階にある学食を利用する以外まずなく、まるで管理棟は科を挟む一枚の壁だ。教師としては優秀な生徒の成績を落とす要因を排除したいのだろう。
「よ!」
「うん」
食堂に着き、券売機の前に立ち、何を食べるか悩んでいると横の券売機で紗奈がお金を入れ、サンドウィッチと書かれたボタンを押していた。
「また同じのか、変わらないな紗奈は」
「まあね」
食券を取り出して紗奈は先にカウンターに行ってしまった。
「お~い千草、早く決めてくれ、混み始めたぞ」
後ろに並んでいる和也がちょんちょんと肩を突いてきたので我に返ってまだ決めていなかったのを思い出し券売機にお金を入れてミックスフライ定食のボタンを押し、食券を取り出して横にはけた。
そして和也も食券を買って一緒にカウンターに向かった。
「千草は何にした~」
「ミックスフライ定食、和也は?」
「とろろ定食」
「何だよそれ……」
カウンターで券を渡し、横に流れるようにして、おぼんと箸、サラダ、味噌汁を自分で取って行き、最後にご飯とミックスフライ定食を調理師のおばさんがのっけていった。
「ありがとうございます」
僕は調理師のおばさんに一言お礼を言ってからカウンターを離れて紗奈が座っている場所を探していると奥のテーブルで雛形さんと座っているのを見てから和也を待って移動した。
「こんにちは雛形さん」
挨拶をした後に紗奈の向かいの席におぼんを置いて座った。
「こんにちは千草さん、南雲さん」
ショートカットの髪型にゆったりとした雰囲気の雛形さんは挨拶をした後にぺこりと頭を下げた。
高校に入ってからずっとこんな感じに四人で食事を摂るようになったのだけどどうしてこうなったかの経緯はいまだ不明なままだ。まあ、皆でご飯を食べるのは楽しいから気にはしていないのだけれど。
「雛形さん、もし良かったらお、俺と―――」
「え?」
馬鹿野郎!急に何を!
早速話しかけるとは言っていたもののそれはあまりにも早すぎるだろ!
急に大声で和也が声を掛けたのでキョトンとした顔をして何事かと思った様子の雛形さんに対して和也は続けて言った。
「いや、俺達と、もし良かったらAINEのグループ作りませんか!?」
「意気地なし」
「何を?!」
こいつ途中で言う事かえやがったな、何だよAINEのグループ作りませんかって、僕も巻き込んでるし、そもそも高二になっても未だに雛形さんとAINEすら交換した事ねえじゃんかお前。
「良いですよ、それじゃあAINEに追加しますのでQRコード読み取ってくださいませんか?」
「「え?」」
割とあっさりと彼女の口からそう言われて僕らは一旦は驚いたが差し出されたスマホの画面に映し出されたQRコードを大人しく読み込んで友達登録をした。
「あ、ありしゃす!」
今にも泣きそうな顔で和也は彼女にお礼を言うとすぐさまグループを作って僕と紗奈と雛形さんを招待した。
雛形【よろしくお願いします。】
和也【よろしくっす】
千草【よろしく】
紗奈【(/・ω・)/】
各々AINEのグループでの最初の挨拶を終えると雛形さんがパチンと手を叩いて
「それじゃあご飯も冷めてしまいますし食べましょうか」
と言った後に皆一応にスマホをしまって昼食を取りはじめた。
「なあ和也、そのとろろ定食最近いつもそれ食ってるけど上手いのか?」
ご飯の入ったどんぶりを囲んで四つ小皿にそれぞれネバついたとろろが入っており、和也は小皿の中のとろろをご飯にかけていき最後に机にのっているめんつゆを少し垂らして口の中にかき込む様に食べていた。
「これが旨いんだな!俺も最初は興味本位で頼んだんだけどさ、全国津々浦々から取り寄せてきたとろろをすりおろして作ってるらしくてさ、それぞれの良さを感じさせる為に小皿に分けていてお好みでどんぶりにのっけて食べる様になっていてそれぞれのとろろ独自の味わいが堪能出来てまた何とも言えない美味しさがあるんだよ!それに―――」
何だろうかこの熱弁は……
とろろ並みにネバつきのある和也の説明を聞いた本人である僕だが途中で聞くのをやめて自分の定食を食べることにした。
目の前でサンドウィッチを少しずつかじって食べる紗奈の姿に僕はいつもながら栄養が足りているのか心配だった。サンドウィッチはそれぞれチーズレタス等の野菜中心のモノしかなく、人間の活力となる肉が全然入っていなかった。
「紗奈、口開けて――」
「?あ――?!」
僕の言葉に紗奈は応えて口を開けた瞬間に僕は一口サイズに切ったメンチカツを紗奈の口の中に入れた。
「何すんのさ」
赤く膨れた顔をしながらも冷静を装っていた紗奈は僕に向かってそう言ってきた。
「お前それだけで足りないだろ?まだ午後の授業も残っているんだしもう少し食べた方が良いと思うよ、何なら僕の少し分けるよ」
押しつけがましかっただろうか?僕にとっては気にする事でも彼女にとってはこの位の量で足りてしまうのだろうか?
「―――ありがとう」
か細い声でこちらを向いてハッキリとは言っていなかったが確かにそう聞こえた。
「どういたしまして」
今度から小分けの取り皿と箸を追加で持って来ることにしようと思いながら僕もご飯を食べた。
「―――あ!!」
「何?」
「いや、何でもない―――」
「おいおいおいおい!お熱いね~熱すぎて溶けてしまいそうだよ!」
「何だよ和也」
僕がご飯を食べていたところに紗奈の驚きの声と和也の茶化しが入り、少し食べずらい―――
「お前、気が付いてないのか―――」
「え?」
何を気が付いてないかって?そこまで変わった事は無いと思うのだけど―――
「さらっと間接キッスしとるんちゃうぞリア充めが!」
あ、確かに―――言われて気が付いた。
「そうだったな―――」
「何だ千草、彼女の居ない俺への嫌がらせか?!」
「いや、俺もいないから」
がみがみと和也と口論になっていると
「すみません和也さん千草さん。時間が~~」
ポケットからスマホを取り出して時間を見ると昼休みが終わるまで残り五分を切っており、周りからの話し声もやけに少なくなっている事に今更気が付いた。
「やっべ早く食わねえと!」
ご飯を勢い良くかけ込んだ後
「それじゃあこれで!放課後はバイトだから紗奈は先帰ってて!」
と言い残して僕と和也、雛形さんと紗奈はそれぞれ急いで教室に向かった。
❃
「それじゃあ明日な!」
放課後になり僕は和也と正門で別れてバイト先へ向かった。
スーパーでの荷だしを一年の時から続けている。大体ここで稼いだお金は食費と生活品の購入で消費していて貯金は月一万ずつ貯めている現状だ。
「こんにちは~」
カードをきって店長に挨拶をした後、僕は裏に積まれている商品の入ったボックスを台車にのっけてボックスの中にある商品の置かれている陳列棚に行き出していく作業を四時間延々と続けていく。何の変わり映えのしない作業だが荷だしをするだけでお金がもらえるのだから文句は無い。
❃
「お疲れ様でした」
バイトが終わり時間は午後九時を回っている、いつもならこのまま帰って寝るのだけど今日は予定変更でいこう。
一軒家の前でインターホンを押して少し待っているとガチャリと前方に見えていた扉が開いた。
「よ!」
「来たんだ」
「朝にあんな事言われたらね」
「入って」
出てきたのは紗奈だった。この一軒家は紗奈の家で昔からよく来ていた。
「お邪魔します」
紗奈の家に上がってリビングへ行くとキッチンの方からひょっこりと顔を出してこちらを見て満面の笑みで近寄ってきた。
「あらあらあら~千草君じゃない!久しぶりね!今日はどうしたの?」
紗奈の母親、三嶋 奈央さん。女手一つで紗奈を育てた凄い人だ。相も変わらず優しく接してくれる奈央さんにはとても感謝している。
「今日は何となく」
「そうなの~、なら今からご飯にするから一緒に食べましょ!」
断る理由もないので「はい」と答えると奈央さんはキッチンへ戻り食事の準備をはじめた。
「奈央さん変わらないな」
「うん」
隣に居た紗奈に何となくそう言うと軽くそう言ってから僕は奈央さんの手伝いをしに行った。
「あの子学校でちゃんとやれてる?」
「どうでしょうね、けど友達はいるので大丈夫だとは思いますよ」
「そう、なら良かった。千草君もいつもありがとうね、私仕事でよく紗奈を一人ぼっちにさせてたからいつも心配だったのよ、でも千草君が家に来て紗奈と遊んでくれて助かったわ。本当にありがとうね」
「何ですか改まったりして」
用意をしている中で奈央さんはちょっぴりしんみりとする様な事を言ってきた。
夕食の準備が終わったので各々席に着き、一緒に食べ始めた。
「美味しいです」
奈央さんが作る料理はどれも手が込んでいてとても美味しいものばかりだった。
食事が終わり、色々と喋って時間が十時半に差し掛かったところで
「今日は楽しかったです。時間も遅いのでそろそろ帰りますね」
と言って立ち上がった。
「あら~もうそんな時間?紗奈、玄関前まで送って行ってあげなさい」
こくりと頷いて紗奈は帰る僕の後を付いて来て玄関前で止まり、自転車をひいて出ていく僕の姿をただ見ていた。
「それじゃあまた明日な、今度こそ遅れないからな!」
「うん」
僕の言葉に頷くと玄関から手を振って見送ってくれた。
大分充実した一日を過ごせたのではないかと思うほどに楽しい一日だった。
自転車を奔らせ風に撃たれながら夜の町を見るのはなかなか良いものだった。交通量は少ないのでまるで自分以外の全ての時間が止まっている様に思えるひと時だった。
❃
自宅の扉を開けて靴を脱ぐ。玄関に入っただけでも匂ってくる煙草の匂いに先程までの楽しい気分は一瞬で消え去っていた。
「―――」
リビングによる事無く二階の自分の部屋へすぐに向かい、電気を点け、部屋の鍵をかけて制服のままベッドに横たわった。楽しいのはほんのひと時であり、時間なんか止まるわけがない、何を浮かれていたのだろうと思いながら僕はベッドから起き上がり寝間着に着替えてベッドに再度横たわり今度は何も考えない様にして眠気に逆らうことなく就寝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます