第2話 地下街

 ツチコの話によれば、地下街のちょうど東と西に分岐する通りを通ったところに溜まり場になっているとのことでそこへ行くことになった。

 待ち合わせ場所にもなっているのか、本当に不特定多数の人々が熱心にスマホに目を落としていた。

 二人はさっそく呪文を試してみようということになったが、どちらが実行するかということで話し合った。

 結果、じゃんけんで柚木がやることになった。

「罰ゲームじゃんこれ。罰を受けるようなゲームもやってないのに」

 げんなりである。この公衆のど真ん中で大声を張り上げるのだ。注目は必死、蔑み冷淡な目テロ、下手したら警察だって呼ばれてしまうかもしれない。自分だって恥辱で穴があったら入りたくなるだろう。やる前からすでに恥辱を感じている。圧倒的に未来が違っているだろう。

 念のため用意しておいた呪文を書いたメモ用紙を取り出す。大きく息を吸い込んで周りにいる人々を見る。やりたくなかった。しかし都市伝説の真相を確かめてみたい好奇心もあった。幽霊は電波に集まる。

 柚木は恥を承知で叫んだ。

「ルレラパルレラパパパレルラー!!」

 不思議なことが起こった。目の前がぐにゃりと渦巻星雲のように曲がった。それもひどく鈍重に。その次に景色が水中でゴーグルもつけずに見ているように人々の姿がぼやけた。全員が柚木を見ている。その形も作りかけの粘土の像を叩いたようにぐにゃりと凹んだりねじれたりひしゃげて歪んだりしている。スプーンに映ったような世界だった。なるほどこの人々の姿がある意味で幽霊に見えなくもない。人々の声も水中にいるみたいにくぐもって聞こえた。大声や嘲りの声冷ややかな声ざわつき、いろんな声も重なっているがキーンという耳鳴りの音がむしろ不快だった。

 ツチコの姿もあった。彼女はスマホをいじっている。柚木が公衆の面前で大声で叫ぶ行為をやる前の平和な姿だった。柚木もメモ用紙を見ながらぶつぶつ喋っている。姿見の前に立ったり鏡を見たりするのとは違う体から抜けた霊魂が自分を俯瞰しているような自分がいた。

 これといって目をひくところのない平凡な子だった。背も高くないし足も長くないしヘアスタイルだって地味だ。なによりメイクをしていないのがひどく幼く見えた。

 ところが、は人々の軽蔑した目が痛く心臓をきゅっとしぼませた。恥である。まるで衆人の前で大声で叫んだら周りはどんな反応をするか実験するバカなユーチューブ動画みたいじゃないか。穴があったら入りたかった。

 柚木はツチコを置いてこの場から逃げた。羞恥心に耐えられなかった。同時に柚木は置いていった。

 人の少ない場所を探すと逃げ込んだ。ここで見る景色はぐにゃぐにゃしていないごく当たり前の風景だった。急いでツチコに電話した。

「あ、ツチコ?」

『アン? 大丈夫? さすがにアレはやりすぎたわねー叫んだと思ったらいきなり逃げてさすがにわたしも他人のふりしてスマホを見てたわー今そっち行くね。どこ?』

 柚木はツチコと合流するとカフェで休憩しようということになった。バカなことをやって一気にストレスがたまって疲弊していたからである。

 その時、偶然人気スウィーツ店の前を通りがかったら店舗の前にとすれ違った。

 柚木は目を疑った。走って彼女たちの前に回り込んで顔を確かめたほどだ。

 

 驚いた。

 どういうことなんだ。

 柚木はそのことをツチコに話した。

「あ、それってさードッペルゲンガーってやつじゃない?」

「うーん違うと思う。まったく違うとは断定できないしドッペルゲンガーかもしれないけどと思う」

「じゃあなに?」

「…前に本で読んだことあるの。この宇宙ってさ、多元宇宙マルチバースっていう考え方があって、その考え方によるとわたしたちがこうしている間にも次々と新しい世界、宇宙っていうの? そういうのができているらしくて、つまりってわけ。だから、ってこと」

「それってパラレルワールドってこと?」

「そうだと思う。SFっぽい疑似科学と考えられがちだけど、本気で考えている物理学者もいるらしいよ。難しいことはよくわかんないけど量子論っていう分野ではありえなくもない考えなんだって」

 ということはつまり今の柚木の視点から宇宙を見たら

 そして今この瞬間にも未来の可能性は私や人々の間で無数に広がっているのだろう。

 流れてゆく人波を眺めながら柚木は恐怖を覚えた。

 都市伝説とはいえ正体のわからないものに安易に手を出すべきではない。



                                 (了)

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電波の集まるところに霊あり 早起ハヤネ @hayaoki-hayane

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