年ノ狭間デ

_ヨナ(夜凪)

年ノ狭間デ


 12月31日、大晦日。

とある田舎の神社の隅の一軒家。その窓枠には、寒さに震える青年の姿があった。


 年越しのこの季節は、言わずもがな日没でなくともシャレにならないほどの寒さである。………それにも関わらず窓を全開にしているのは、別に俺の気が狂っているからではない。


だいたい、毎年この時期はアパートのこたつの中でぬくぬくしている筈なんだ。

………そのはずなのだが、訳あって今年はこの馬鹿みたいに寒い田舎の実家の方まで足を運ぶことになっていた。

 申し訳程度の暖房ストーブの目の前に足を伸ばし、窓枠でスマホを弄っていると早速、俺を冷やかしに奥の戸から人がやって来た。


「青年、久しぶり」

「サチ姉、ご無沙汰です」


 サチ姉はストーブの横で暖を取るようにしゃがみ込むと、意地悪そうな笑みをこちらに向けてきた。

「ふふっ、大変ね(笑)」

 俺の母さんの妹である叔母のサチ姉。しかし、歳が近く幼いころからの仲だったため、実際は『甥と叔母』より『姉弟』と言うほうが個人的にしっくり来たりする。

「同情するなら変わってくださいよ。どうしてもって言うから来たのに、なんでこんな苦行しなきゃいけないんですか……」

「それは……あれよ、今までロクに帰ってこなかったツケ」

「あんたがそれを言うか………」

 聞けばサチ姉も中々こっちに帰ってこないらしい。仕事が忙しいそうで、俺が最後にこっちに帰省した時もなんだかんだ理由を付けて結局帰ってこなかったのを、俺もよく覚えていた。

「ははっ、キミも言うようになったもんだ。まあ、元旦のみそぎだとでも思って諦めることだね、青年」

「そりゃ前からですよ。ってサチ姉、逃げるな!」

 扉が閉じる間際に見えたのは、子供のような笑み。サチ姉と言ったら思い浮かべるような、無邪気な笑みだった。

 彼女を追いかけようと立ち上がるが、同時に外から吹き込んできた北風に、俺は上着の襟を掴んでしゃがみ込んでしまった。


「うぅう、寒っ。………ほんと、大晦日ぐらいゆっくり休ませてくれよ………」



*****



 うちの実家の神社は毎年年越しに、祭りのような行事を行う。そこそこ規模のあるそれはこの地元じゃ割と有名で、俺も昔はよく母さんに連れられて、神社の手伝いをしていたのを覚えている。


 時刻は午後四時。日没まであと少しという時間帯。

 神社本殿には、せっせと準備をするボランティアの方々が見えていた。

俺も何か手伝おうと腰を上げたが、外で道具整理の指揮をしていた叔父に止められる。理由を聞いてもなんだが歯切れが悪いので、部外者の手伝いは確かに邪魔だよなぁと一人で納得して、今は畳の上でお茶をすすっていた。


 何もすることがないのは面倒くさがりな俺にとってはいい事ではあるのだが、………体を動かさなきゃ流石に冷える。それに、やはり周りが慌ただしく動いている中で、呑気に茶をすすっているというのも気が引ける。


「ちょっと、外出ようかな………」


 ポツリと俺はそう呟くと、下駄箱で靴を回収し家の裏口からそっと外へ抜け出す。

 ガヤガヤとしていた表口とは打って変わって、ここには数人の大人たちと、後は風とせせらぎしか聞こえない、随分と静かな場所になっている。

「確か、こっちの林に抜け道が………」


「………わっ!!」


「ひっ!??」

 背後からの突然の声に俺は飛び上がる。咄嗟に後ろを振り向くと、そこにはニヤニヤと笑うサチ姉の姿があった。

「何すんですか!」

「悪い悪い。いやぁ無防備な後ろ姿が見えたもんだからつい」

「っ! ………はぁ。」

 言い返そうとするが、それが蛇足であることを思い出し口を噤んだ。彼女の適当な行動に怒らなくなったのもここ数年の話じゃない。

「って、そうじゃなくてね。………えぇっと。あ、これこれ!」

 俺の反応を見て楽しそうにしていた彼女だったが、ふと何かを思い出したようにポケットの中に手を突っ込む。


 ………少しすると、お目当ての物を見つけたのか何かを取り出し、唐突にそれを俺に投げつけた。

「うわ……っとっと。これは………?」


 “チャリンチャリン”


「最近じゃ熊なんてほとんど見かけないらしいけど………」

 咄嗟にキャッチしたその手を開くと、メッキもほとんど残っていないような、使い古された小さな鈴が音を鳴らした。

「無いよりマシでしょ?」

「あぁ………うん、ありがとう」

 呆けたように、風に消えるような返事。

………たまに見せるサチ姉の絶妙な気遣いである。素が頭良いのに、何故それをいつもやらないのか………。

「じゃ、サチ姉これでも多忙なのでね。遅くならない内に帰りなよ~?」

「わかってますよ」

 ………『こんなところで油を売ってていいのか』とは、あえて言うまい。


 バッグの横に鈴を結び付けると、俺は木々に沿って森の深い方へ歩を進めた。



*****



 日没も過ぎた、時刻は午後五時頃だろうか。森の中には、小学五~六年ほどの幼い女の子と、その子を背中に獣道を突き進む俺の姿があった。

 辺りには街灯どころか人工物すら見当たらず。見渡す限りの森と山だけが、ただただ果てしなく広がっていた。

「えぇと、………あれぇ、こっちに道があったはずなんだけど………」

「お兄さん、もしかして………」

「う゛っ………」

 まさに図星だった。それでよろめいたのを少女も見逃さなかったようで『あそこの切り株で休みましょう』と提案されてしまう。

 情けないが確かに疲れていたので、俺はその言葉に甘えどっしりと腰を下ろした。

「ふぅ。………ごめんな、ホントはすぐ舗装道に抜けられるはずだったんだけど」

「私は大丈夫です。お兄さんは大丈夫ですか?」

「………本当に小学生だよね…?」

 大人びた少女の言葉に、一層自分が情けなくなってきた。


 真っ白なため息で気温が下がっているのを感じる。言うまでもなくこの時期の日没は死ぬほど寒い。

 身体を動かしたおかげで俺はまだそこまで寒さを感じてはいないが、………と不意に少女の格好に目が行く。

暗くて良くは見えないが、寒そうな服装であることはよくわかった。俺は着ていた防寒着とマフラーを、こちらも白い息を吐く少女に着せてやる。

「いいんですか………?」

「こんだけ運動すれば俺には十分だから、遠慮はいらないよ」

「………ありがとう、ございます……」

 マフラーも防寒着も体格の差でぶかぶかだが、温かそうなので心配ないだろう。



 しばらく休むと、だんだん肌が外気に震え始める。運動して上がっていた体温が冬の寒さに奪われるのを、文字通り身に染みて感じていた。

 そんな様子を見ていたのか否か、少女は静かに立ち上がる。


「お兄さん、来てください」


「来るって………あれ、ちょっと!?」

 気づけばその切り株に少女の姿は無く、奥の木々の隙間を縫うように歩く後ろ姿だけが見えていた。

突然のことに驚いて呆けている間にも、少女の姿はどんどん小さくなっていく。俺は急いで彼女の背中を追った。


「おーい、いきなりどうしたんだよ!」


 道なき道を走りながらそう叫ぶ。先を走る少女の耳には届いているようだった。が、彼女は俺が付いてきていることを確認するだけで、返事をすることはなかった。

 少女は道なき道をぴょんぴょんと身軽に走る。俺は追いつくのにも必死で、何を考える隙も無く、ただただ全力で走る。


 普通なら、夜の森の奥へ奥へ………なんて自殺行為に他ならないだろう。後から思えば何故そんなことをしたのか、俺自身にも理屈なんて分からなかった。

ただ一つ、


『————ここで彼女を追わなければ後悔する』


その想いが胸をざわつかせていたのは、後も鮮明に覚えていた。



*****



 ズンズンと斜面を登っていく少女。俺は額に汗を滲ませながら、後先も忘れ、必死に幼い少女の姿を追いかける。

 どのくらい時間が経ったのかは数えていないし覚えていない。ポケットで揺れるスマホも、俺が林に入って少しした頃には既に電源がつかなくなっていた。

 充電はちゃんとあったはずだったんだが………。


 ———もう何度目かのスマホ確認をしようとした丁度その時、遠くを走っていたはずの少女の物音が止まった。

 見た感じ、少女の直線距離で五十メートルほどだろうか。高さ数十メートルの荒々しい岩肌が露出しており、見た感じクライミング以外でこの上に登るルートもないようだ。


「…………さん。……の上で………」


 垂直に近い断崖。その上からは、少女の澄んだ小さな声が聞こえる。

 本来なら『降りてきなさい』とか『こんなところに何があるんだ』とか、言うべきことはいくらでもあるのだろうが、………恥ずかしながら俺は、柄にもなくその不思議な空気に呑まれていたようだ。俺は躊躇うこともなく、岩の突起に手を掛けていた。

「っく、はぁ…はぁ……」

「もう少しです! 頑張ってお兄さん!」

 少女の励ましが上から聞こえ、それに応えるように俺は力強く這い上がる。

 木の高さを越えると、激しい北風が俺を襲う。地風にさらされた手は、既にその感覚を失っていた。

「はぁ…はぁ……。………もう、…ちょっと……!」

 星空を遮る絶壁。それに手がかかるまで、………あと数メートル。


「お兄さん、手を………!」


 真上から、小さな白い手が差し出される。一歩、一歩。足を掛けて足場を安定させ、俺は左手を振り上げた。

———パシッ!

 手が何かに触れた。おそらく彼女の手なのだろうが、かじかんでいてよく分からない。

「んんんーっ、よいしょ!」

「ありが、とう………!」

 上から頑張ってる声が聞こえる。俺もできるだけ負担を掛けないように立ち回ろうとするが、情けないことにあまり変わりないようだ。


 肘をつけると、最後の力を振り絞って下半身を引き上げる。

 這い上がって身体を上げると、山の頂上にはとんでもない暴風と、真っ暗でも分かるほどの壮大な絶景が目の前に広がっていた。

「っ!!?」

 俺は疲労も忘れ、感嘆に息を漏らす。

 子供のように目を輝かせて空を眺める、そんな俺を満面の笑みで見つめるのは、山の頂上にどっしりと腰を据える大岩で俺を見下ろす、可憐な彼女だった。


「ふふっ、お疲れ様です」


 朗らかな笑みを浮かべ、大岩に座って足を左右に揺らす少女。

………その姿はまるで妖精のように神聖で、それでいて怪しく妖艶な、不思議な雰囲気が窺えた。

さっきまでとはまるで違う彼女のオーラ。俺は戸惑いを言葉にしようと口を開く。

————しかし、口から出かかった俺の言葉を遮るように、少女は再び声を重ねてきた。


「今は、私のことより………」


 とんとん、と手で隣に座るように誘う。俺はそれに従って、大岩の上に上がる。


「お兄さんは、『初日の出』は、見たことありますか?」


「………ん? まあ、多分………」

 記憶はない。………見たこともあるような気はするが、見たことがない気もする。

「初日の出は、新しい年の神様の誕生なんです」


———何故そんなことを、今? ………とは聞かなかった。この雰囲気と、そして今座ってるこの岩の形に覚えがあったからだ。


黙って少女の方を向くと、彼女は人差し指を遠くの山脈に、もう片方の人差し指を口元に当てて言った。



「今年の初日の出あの子は、少しお寝坊さんですね」



————暗闇の二人を一瞬で照らす、地平線の大きな太陽。



「『っ!!??』」

 その大きさは間近に見る打ち上げ花火のようで、あまりに現実味の欠けた光景だった。

 燦々と差し昇る太陽を、脳処理放棄した俺は唖然として眺めるしかなかった。



「……………。」

 地平線の半分ぐらいにまで太陽が昇ると、今まで優しい眼差しで日の出を見つめていた少女が、ひょいと大岩から飛び降りた。

 ………一瞬微かに、彼女の身体が透けて見えたような気がする。

「日の出は別に頼まれてなかったんですけど………この服のお礼です」

 ぽつりとそう呟くと、手を後ろに回して柔く微笑む。



————その仕草を見て、俺の中で何かが解けた。



「ふふっ。生まれてからこの世を去るまで、傍であの子をずっと見守っていたんですよ」


 ニコリと笑ってそう言うと、少女の身体は重力を無視してフワリと浮き上がった。超常的な現象だが、こんなに驚いた手前心を乱すこともない。

 俺の座る高さまで浮かび上がると、そのままこちらに近づく。目の前までやってくると、透けたその手を前に出して言葉を紡ぐ。

「誰よりも一緒にいて、誰よりも大好きで………」

 俺がこの森に入る前にサチ姉からもらった小さな鈴が、仄かに光を放って音を鳴らした。


「だから、今でもあの子の中心にいるお兄さんには、少し嫉妬しちゃいます。………でも」


………結われた紐が解けると、フワフワと少女の手に乗る。



「誰でもない、————あなたのお母さんのお願いですから」



***


「——………つまり君は、………『神様』?」


「そんな感じですね。付け足すと、ここも地球ではないです」

 あっけなく答える。

神職の家系だからという訳でもないとは思うが、目の前の人間が人間ではないという事実は、何故かすんなりと理解できた。

 というか、あんな終末のような日の出を見せられて今更現実味を求めるのも無理な話ではある。………まあ、改めて言われると変な感じはするけど。


「それにしても、本当にお母さんそっくりですね」

「そうか?」

 少女は俺の顔まじまじと見つめる。

幼い頃の母さんの姿を借た神様が、父さん似の俺にそんなことを言うとは、どんな皮肉なのだろうか……。

「顔はあの男みたいで憎たらしいですけど、中身はお母さんにとても似てますよ」

 前半で眉を寄せているところを見ると、父さんが嫌いなことがよく分かって笑った。

仕草とか反応とか………と、嬉しそうに母さんの話をする彼女を見ていると仲がよかったことがよく分かって、こっちまで嬉しくなってくる。



「——………今日は楽しかったです。こんなにお話したのも、あの子以外ではいつぶりでしょうか………」

 しばらく話をした後、ふと少女は儚げにそんなセリフを口にした。

 気づけば、最初は見間違いかとも思えた身体の朧気おぼろげも徐々に分かりやすくなり、重なる遠方の山の輪郭さえ鮮明に見れるほどになっていた。


————言われなくても『終わり』が近づいていることは、嫌でも分かった。


「……………。」

「………安心してください、お別れじゃありません」


 そんな分かり易く悲しい顔をしてたのだろうか………。


「それもそうですが………、なにせ『神様』ですから」

「………もしかして、筒抜け?」

「そういう訳でもないのですけど………日本語でも表現が難しいんですよね」

 こう、濃い感じがここら辺に………、と身振り手振りで教えられるが、やはりよく分からない。結局理解するのは諦めた。


「とにかく、私達はお兄さんのことを見守っています。………直接こうやって関わるのは難しいですけど」


少女は両手で俺の右手を包む。身体の透明度が濃淡に明滅するのが、終わりを知らせているようで心苦しい。

「ご家族の皆さんには、『ありがとう』とだけ伝えておいて。と、あの子は言ってました」

「わかった。適当に理由つけて伝えとくよ」

「………それに関しては、大丈夫だと思いますよ?」

「ん? どういう………」

 蛍のように、日の照った大地から光が飛び立つ。そんな幻想的な景色を端に、少女もまた足元から光の欠片になって崩れていく。


「………それでは、また会いましょう」


 高いソプラノの声を残響のように耳に残すと同時に、俺以外の世界のすべては白く眩き、そして泡のようにあっけなく散った。


***


 目の前で全てが弾けるのと同時に、自分の身体が急激に重くなるのが分かった。

 頬には土がこびりつく感触。どうやら俺は、仰向けで地面に寝っ転がっているらしい。


「…………ぁ、…く………ん……」


 地面に着いていない左耳から、くぐもって誰かの声が聞こえた。何を言っているのかも誰の声なのかも、フィルターでもかかっているかのように聞き取りづらい。

 とりあえず起き上がろうと、手を地面に立てようとするが、



———身体が動かない。………というか、身体の感覚がない。



地面に接してるはずの背中や脚にも、何も感じない。

「……ぉ……、や………ぁ…?………!?」

 足音と驚きの声、それと同時に頭に影ができた。

 視界も同じくはっきりしていない状態なのでよく分からないが、かろうじて人であることだけは分かった。


「『ぁ………、だ…れ………。』」


 ………声に息が入らない。掠れた声だけが乾いた空気に漏れて消えた。

「………く…ん! ……ぃ……や………?!」

「『……さ…ち……ねぇ……?』」

 上半身を支えられ、ゆっくりと身体を起こされる。サチ姉であろう女性は背中に腕を回すと、一気に浮遊感が身体を包む。

 ………次に感じたのは、懐かしい温かみ。

————それが、その日の俺の最後の記憶になった。



*****



 気づけば、俺は畳の上にいた。左手には大人数用の石油ストーブが一つあり、部屋の中はほどほどに暖かい。


 俺が起きると、真っ先にサチ姉がそれに気づいて、抱いて泣きついた。

 どうやら俺は岩場で転落し、森の中で気を失っていたらしい。暗くなっても戻ってくる気配のない俺に心配した大人達が、総出で捜索するまでの大事になったのだとか。

 中々冷静さを欠かないサチ姉も珍しく取り乱していたらしく、冷たくなった俺を抱いて家に帰って来た時は、親でも見たことのないような悲観的な表情だったようだ。


 丸一日もすると、身体も調子が戻りつつあった。懸念していた後遺症もない。

 改めてあの日の話を聞こうと部屋の扉に手をかけると、それを見越したようなタイミングでサチ姉が扉を引いた。

「サチ姉!?」

「聞きたいことは沢山あるけど、まあ座りなさい」

 湯気の立ったポットとマグカップ二つをお盆に乗せて、片手で扉を閉めた。

 俺を布団に押し戻すと、ノンタイムでマグカップに熱々の珈琲を注ぎ、差し出す。


「………さて、話してもらおうかな。青年」


 何を聞いているのか、あえてそれを聞く必要もないだろう。サチ姉の目も鋭く光って、とてもではないが茶化せる雰囲気でもなく、俺は重い口を開いた。


 ***


「——………と、ここまでが俺の覚えてる全部………。」

包み隠さず、あの日のことをすべて口にした。サチ姉は柄にもない悲しそうな顔で俺のことを見つめた。

はやり神様だのなんだのと、自分で言ってて胡散臭い話であることはわかっている。

「………サチ姉……? 信じられなけ………いっ?!」

「……………。」

 何も言わなくなったかと思えば、いきなり俺を胸元に抱き寄せた。


「………姉さんが……護ってくれたんだ」


「さ、さちねぇ。くるしい………」

———ポツリと呟き、サチ姉は一層強く俺を抱擁する。


「………キミが倒れてた傍に、キミが着てた服とマフラーが畳まれて置いてあったわ」


 俺を熱く抱擁、もとい締め上げながらサチ姉は静かに語る。

「そのマフラーの中に、私が渡した鈴が粉々になって畳み込まれてた。それも、外側からの圧力でひしゃげてるんじゃなくて、内側から力が加わったみたいな、おかしな壊れ方で」

「……………?」


「あの鈴はね、姉さん………キミのお母さんが神楽に使ってたものなのよ」


 サチ姉は俺を開放するとポケットに手を入れる。

これ見て。とそう言って手を開くと、そこにはあの時俺にくれたような鈴が二つ、それが潰れひしゃげた鈴が一つあった。

「倉庫を整理してた時に、落ちて壊れてるのを見つけてね。………形見じゃないけど、キミにもって思って」

「……………。」

「………供物か、もしくは身代わりになったんだと思うわ」

 俺は、その鈴から視線を外し、俯く。

「『あなたのお母さんのお願い』って神様は言ってたのよね。………姉さんのことだから、きっとその願いは…………」


————気付けば、俺の頬には大粒の涙がぼろぼろと零れていた。


「………いぁ、これ……ちが」

「いいのよ、家の人はみんな出払ってるし、好きなだけ………ん。」

 再び、やさしく抱き寄せられる。胸を貸すその姿が母さんと重なって、瞳の奥の波が一層強く押し寄せる。


「………キミは強いよ。だから、もう我慢しなくていい。………きっと、姉さんもキミに、そう伝えたかったんだと思う」


「………ぅん……」

 俺はサチ姉にしがみついて、離せなかった。






**********



「サチ姉ー!こっちこっち!」

「はいはい、分かってる!」

「ふふっ、今年はまた随分と賑やかになりましたね」


 大岩、………もとい山頂の大きな祠。その上には酒やお菓子を持つ三人が並んで座っていた。

「………やっぱり、迷惑だったか?」

「いえいえ、新鮮で楽しいですよ。……まあ、この世界に連れてくるのは大変でしたけれど………。」

「「……………供物、増やしときます」」

「よろしい」

 顎を上げてわざとらしく偉そうにする少女が可笑しくて、三人で笑う。

 ひとしきり笑うと、自然と三人の目線は空席に移った。



「『………おーい!』」



「はぁ………やっと来たか……。」

「死んでもあのマイペースは治らないわね………」

「ほんとですよ。まったくあの子は………」




 地平線の空は赤く輝き始め、初日の出へのカウントダウンを刻む。


————今年もまた、出で立つ神々に幸のあらんことを


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