病室での一幕を

戸来 空朝

第1話 病室での一幕を

 保育園から、今に至るまで、ずっと隣にいる存在。

 家も隣だし、クラスは必ず同じになる、腐れ縁とも呼べる、幼馴染の小春こはるが過労で倒れて3日が経った。

 海辺に臨むこの病院は夏でもそこそこ涼しい。

 

「しかも、過労で免疫力が低下して夏風邪をひいて、喉がやられて声が出ないとか無理しすぎだっての」


 流石にもう熱は下がったらしいけど。

 一応、クラスで配られたプリントを渡す為に、こうして毎日病院に見舞いに来てるわけだけども、何で俺と小春が付き合ってるなんて話になってるんだよ……。

 彼氏なのにお見舞いに行かないとかサイテー、という声を浴びせられた時には幼馴染って存在を恨んだぞ。

 

「……っと、ここだ。おーい、小春ー? 入るぞー?」


 もし着替えたり、汗を拭いたりしてて、服脱いでる状態を見たら多分一生恨まれる。

 そんなことになったら小春の親父さんが黙ってない、なんなら俺が黙らされる。

 30秒ぐらい経ったし、そろそろ入ってもいいだろ。


「小春ー? プリント持ってきてやったぞ」


 中に入ると西日がちょうど窓から差し込んでいて、眩しさに少し目を細めた。

 その暖かな陽だまりの中で俺を見ながら微笑んでいるのが、幼馴染の小春。

 

『……っ!!』


「あー、いいよ。無理して声出さなくて」


 わたわたとしたと思ったら今度は首を何度も縦に振りだして、栗色のショートボブの髪が動きに合わせてふわふわと揺れる。

 ん? あぁ、筆談用の道具出そうとしてるのか。


『プリント、ありがとね!』


「まぁ、ついでだついで。母さんに見舞いの品持ってけって家を追い出されたから仕方なくだ」


 いや、そんなにくすくすと笑われても反応に困るんだけどな……。

 って、笑い過ぎてむせやがった!!


「病人なんだから安静にしろよな」


 背中をさすってやると少しは落ち着いたみたいだ。

 全く、いくつになってもそそっかしいのは変わりねえなぁ。


『学校の方はどう?』


 ルーズリーフに丸っこい文字が追加された。


「いや、お前は俺の母さんか。そんな質問親ぐらいだろ、するの」


 おい、なんでそこで頬を膨らませる。

 

『私の方が誕生日先でしょ! だから、明希あきの面倒を見てっておばさんに頼まれてるんだから!』


 えっへん、とそんなにあるようには見えない胸を張られてもなぁ。

 来年高校生だってのに、育つ部分は全く育ってねえじゃんか。


「はいはい、偉い偉い」


 言いながら、頭を撫でてやると、力が抜けたようにほにゃりと笑顔になった、と思ったら頭をブンブン振って手を払いのけられた。

 

『もうっ! バカにしてるでしょ!?』


「おっ、よく分かったな。偉い偉い」


 再び頭を撫でると、またほにゃりと笑顔になった。

 やっぱ扱いやすいっていうかちょろい。


「というかお前さ、あんまり頑張り過ぎるなよ。おばさんだって心配してたし、クラスの奴らも心配してたぞ」


『私が頑張るのが好きだからいいの! 心配かけるのはごめんだけど、中学生最後の夏だもん、悔いが無いように思いっきりやりたいの!! ……ダメ? 明希は反対?』


 っ!! ……急にしおらしくなるなよ。ったく。


「ダメとは言ってねえよ。でも、やり過ぎだろ。部活に勉強に生徒会の仕事に、お前将来は立派な社畜になれるよ。でも、今そんな働かなくたって将来嫌ってほど働くようになるんだからさ」


『明希ってたまにお父さんみたいなこと言うよね? 本の読みすぎなんじゃない?』


「うるせっ」


 小春はまたくすくすと肩を震わせて笑う。

 しおらしくなったり、笑ったり、声が出ない癖に表情豊かだから本当に喋ってる気分になるんだよな。


「来年、高校生か。小春はどこ受けるんだっけ?」


 小春が少し、悩んだような素振りを見せて、間が空いてからルーズリーフにさらさらとペンを走らせ始めた。


『――明希と同じところ』


 今度は俺が黙る番だった。

 高校なんてどこでも行けるところがあるのに、なんで俺と同じところなんだよ。

 何を言っていいのか分からなかったから、そのまま黙っていると、更に文字が書き加えられる。


『明希は、私と同じじゃ……いや?』


「嫌って言うか……お前と俺、学校で付き合ってるって話になってるの知ってるか?」


 小春の手からペンが落ち、床に落ちてカランカラン、と音を立てる。

 そのせいか、沈黙が余計に際立ってしまった。

 どうしたらいいんだろうな、この空気。


「ほら、ペン」


 とりあえず落ちたペンを屈んで拾って小春に手渡すと、何故か顔を真っ赤にして目を潤ませた小春と視線がぶつかってしまった。

 

「あっ、おい!」


 なんだよ、ペンを受け取ったかと思ったら急に布団にくるまりやがって……。

 ――小春の手、小さくてなんか温かかったな。

 ……いやいや、小春の手なんかそれこそ数えきれないくらい握ってきてるんだし、今更こんなことで狼狽えてどうすんだよ。


「小春ー、出てこないなら俺はもう帰るからな」


 ん? 布団がなんかもぞもぞと動いて、うおっ!? 急にルーズリーフを持った手が出てきた!?


『かえっちゃ、やだ』


「はぁ。暗いところで書いたせいで字がぐちゃぐちゃじゃねえか。ほら、待っててやるから出て来いよ」


 また、布団からルーズリーフが出てきた?


『それも、やだ』


「どうしろって言うんだよ」


 面倒くさい、何がしたいのかがさっぱり分からない。

 

『なにかおはなしして』


「何かってなんだよ、ハードル高えよ」


 あぁ、くそっ。太陽が眩しい、もうすぐ日が沈むって言うのになんでこんな暑いんだよ! これだから夏は……言うほど嫌いじゃないんだけどな。

 七夕とか小春の誕生日だし、花火大会とか行くの結構楽しいし、というか夏生まれなのになんで小春って名前なんだよ。

 あれか? 小さな春を運んできてくれた存在だからとか? 俺はなんで小春の名前の由来を考えてんだよ、アホか。


『はやく、おはなし!』


「分かったって、じゃあなんか話題くれよ。適当に広げるから」


 しばらく、小春の動きがピタリと止まり、小さくもぞりと動いてまた新しいルーズリーフが差し出された。


『――あきは、わたしとつきあってるってみんなからいわれてどうおもってる?』


「どう思うも何も、というかひらがなだけだとやっぱり読み辛いわ! とっとと出て来い!!」


 布団を無理矢理にでも剥がしてやろうか……!

 はぁ……やっぱいいわ。で、付き合ってるって言われたことをどう思ってるか、だったよな。

 

「――別にどうも思ってねえよ。周りがどう思ってようが、俺たちは俺たちだろ。今更人にどうこう言われたところで変わるもんじゃねえだろ。そんなもんで変わって、いや、変えてたまるか」


 小春が俺をどう思ってるのかは知らないが、この幼馴染っていう距離感が昔からずっと俺たちの定位置だ。

 それはきっと、これからも変わるもんじゃないだろ。


「小春、やっぱり俺、そろそろ帰るわ。学校早く来いよ」


 布団の中の小春がビクッと跳ねて慌ててるのが分かったが、俺はどうしても止まる気にはならなかった。

 だけど、後ろを振り向いた瞬間に布団が勢いよく跳ね除けられる音がして、背中に軽い衝撃が走った。


「小春っ!? お前、何して……ん?」


 小春が俺の背中に抱き着いたまま、手だけ前に回してルーズリーフを渡してきた。

 まだ何か言うことがあるのかよ。


『――このままでいいから聞いて! というか背中貸して!』


「はぁ? おい、なんなんだよ」


『いいから!』


「はぁ、背中貸すんだからちゃんと返せよ?」


 背後から紙が擦れる音と、ペンを走らせる音がする。

 このまま振りほどいたら病気で弱ってるこいつがよろけて足でも挫くかもしれないし、仕方ねえな。


『私は明希と恋人だって言われても嫌じゃないよ』


 差し出されたルーズリーフを読んだ瞬間、頭の中が真っ白になった気がした。

 どくん、どくんと心臓が脈を打ち、身体が熱を帯びていく。

 いや、熱いのは俺の身体だけじゃなくて、しがみついて背中に頭を押し付けてる小春の体温もだ。


「なんでだよ」


 思わず、ぶっきらぼうな口調になってしまった。

 だけど、この先を聞いてしまったら、俺たちは元の関係には戻れない、そんな気がするんだ。

 でも、聞かないわけにはいかなかった。


『――だって、嫌じゃないから』


「だから、それをどうしてかって聞いてるんだよっ!!」


 聞きたくないのに、聞かないわけにはいかない。

 まるでクイズの問いかけのようだけど、熱を持った口はまるで勝手に意思を持って話しているみたいだ。


『私ね、明希のこと――』


 ルーズリーフにはそこまでしか書かれていない。

 うわっ!? 背中に小春の指が!?


「くすぐったいだろっ!!」

 

 小さく細い小春の指が俺の背中を這い回る。

 背中を勝手にホワイトボードみたいな扱いされて、文句の1つでも言いたくなるだろ! 

 ――待て、この指の動き、何か、文字を書いてる、のか?

 ……え? まさか、嘘だろ?


 集中して、繰り返し書かれている文字を理解した途端、顔に熱が集まって、赤くなっていくのが分かってしまった。

 俺は咄嗟に病室から弾けるように飛び出し、小春から逃げるように、勢いのまま病院内を駆け抜けて、生暖かい潮風が吹く外へと飛び出した。

 

 途中で医者や患者に何か注意されて文句を言われた気がするけど、全く覚えていない。

 頭の中は小春が背中に描いた文字のことでいっぱいだった。

 衝動を抑えるように、とにかく走っているとやがて足に限界が来て、立ち止まって、膝に手を着いて荒い呼吸を整える。


 それでも、頭の中から、小春が描いた文字が消えることはなかった。

 

































































 ――震える指先から伝えられた、たった2文字の『スキ』って言葉が、俺はどうしても忘れられそうになかった。

 

 呼吸を整え終わっても、まだ心臓がうるさいのは、きっと、また別の理由だろうから。


***


 ここからはあとがきです。

 この作品は文章の練習として書いて、消すのももったいないからという理由で投稿しました。

 なので、1話完結となります。


 読んでいただきありがとうございます。

 また、なにかの形でこういった短編小説を書くかもしれないので、その時にまたお会いしましょう。

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病室での一幕を 戸来 空朝 @ptt9029

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