スタート直後

「さあ、スタートまで残り3分となってまいりました。レースクイーンの…今回は初戦ということで、昨シーズン優勝を飾りましたKanade Factory Racing、KRCから出ていただいてますけれども、そのレースクイーンの方が今、グリット上で大きくパネルをかかげてくれていますね」


「ついにですよマイケルさん…」


「そうですね、今年はどんなドラマがまっているのか」


「お、みなさんのギアに電源が入ったみたいですよ?」


「とりあえず全員部無事起動はできたのかな…?」


『マイケルさん、マイケルさん、聞こえますか!?』


「おっと現場のイツキさんからですね。なんでしょうか。イツキさーん?」


『はい、えっとですね、チーム五十嵐エンジニアリングのレイナ選手、ギアの電源が入ってないようですね…チームメイトのノア選手が今見てますが…』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねえノア、電源入んないんだけど!!」


「ちょっと落ち着いてくださいレイナさん、昨日まで動いてたギアなんですから。なにか見落としていることはありませんか?」


「えっと、どうすればいいんだっけ・・・!?」


「ほんとに大丈夫ですか?よくあるのは、エマージェンシーのスイッチが入ってる、キルスイッチ切ったまま、モードがドライブに入ったままとかありますけど」


「モードはちゃんとニュートラル、キルスイッチは…うん、大丈夫。エマージェンシーは…ちょっと見てくれる?」


「あー、エマージェンシー入ったままですよ。さっき天城あまぎのエンジニアさんから受け取ったときにそのままだったんですね」


「あーそうか、いっつもパパはエマージェンシー切った状態でくれるから、全然気が付かなかった…あー焦った焦った…」


 エマージェンシースイッチを切っていつも通り主電源を入れると、ブルンッという振動とともにエンジンがかかった。各種パラメーターをチェック。問題なし。


「ほんとに焦った…」


「レイナさんもう大丈夫ですよね?はーよかった…」


「ほんとにだよ…」


スタート前から冷や汗でインナーがびっしょびしょになってしまった。早く走りだしたい…


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『あ、いまエンジンかかりましたね!今年から初めて参戦ということで、慣れてない部分はたくさんあるんでしょうけど、ぜひ緊張きんちょうせず頑張ってもらいたいですね。現場からは以上です』


「はい、ありがとうございましたイツキさん。まあね、毎年これやるチームはいるんですけど」


「これやらかしたら結構緊張しますからねえ」


「多分キルスイッチかエマージェンシースイッチでしょうね」


「なるほど。お、スタートまで30秒ですね。スタート周辺にはエンジン音が響き渡っています。今年は注目のチームも一段と多いので、お客さんも大勢いらっしゃる気がしますね」


「たしかにすごいですねえ」


「ですよねえ。あ、今シグナルがグリーンにかわりました、SPEEDSTARS 2078年の開幕戦、甲州街道レース、いよいよスタートです!!」


「あ、KRCが勢いよく集団から飛び出していきました!」


「このレースはとりあえず皇居を回ったあとに高速道路に乗るんですよね。まあ都市圏中央部の一本道を半日とはいえ閉鎖へいさしておくわけにはいかないですから、八王子まではこのまま高速でのレースになります。例年だと、この区間で後続を大きく引き離したチームがそのままぶっちぎりでゴールっていうパターンが多い気がしますが」


「実は結構全体を通して道がきれいですからねえ」


「お、celestyleも飛び出してきましたね。あとは高速道路の加速と巡航速度がどうか…」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ノア、ちょっと待って!!」


『だめですレイナさん、これ以上ペースを落とすと、後続集団こうぞくしゅうだんに巻き込まれますよ!』


「だからって、スタート直後から飛ばしすぎじゃない!?」


『SPEEDSTARの開幕戦はほぼ毎年、最初に抜け出したチームが勝ってるんです!高速にバイパスと整地された道が多い分、そこで差をつけられると挽回ばんかいするポイントがない!』


「わかってるよ、わかってるけど」


『レイナさん、皇居です。ここをまわるとすぐに高速です。大丈夫、アシストはしますから』


「ほんとにこのスピード狂は…」


 スタート直後、集団の右前方にいた私たちは、KRCやクロスラインBC、celestyleが飛び出し前方とのスペースが少しできた隙をついて中団ちゅうだんのばらけた部分にうまく滑り込むことができた。が、ノアはともかく、やはり自分はスピードを出しながら人をよけるということが初めての体験で、なかなか前にいけない。加速の息が切れた一台をキャパシタをつかってパスするのにも一苦労。そりゃ、周りの人たちもど素人ってわけじゃないから、みんなそこそこ速い。


「うわー、先頭はもう高速!?はっや…」


『レイナさん、大丈夫ですか?』


「いまどこにいんの!?」


「先頭集団追いかけてます。あと30秒で高速の入口です」


「ちょっとー!?」


『大丈夫、アシストはしますから』


「なんだよアシストって!」


『右後ろ、来てます。注意してください』


「は!?」


 ノアの忠告ちゅうこくの3秒後、カーブからの立ち上がりで後ろからきた選手が一気にオーバーテイクを仕掛けてきた。こちらがあっけにとられているうちにあっという間に5メートル程間が空いてしまった。なに今の…


『そのさきのカーブで二人がスライドでクラッシュしてます、アウトサイドから侵入しんにゅうしてください。アウト―アウト―インで』


「え!?」


 皇居から離れる最後のカーブで、早速一人がこけていた。そして、それであおりを食らったもう一人もスローダウン、イン側に3人が渋滞じゅうたいしていた。


『そのまま高速の入り口まで全開加速してください。今のカーブが起点となって後続集団が少し足止めされています。レイナさんの前にはアイスブレイクのサナエ選手しかいません』


「ノア、今どこにいるの?」


『クロスラインBCの後ろです』


 どことなく不審ふしんに思いながら、いわれた通りに加速、そのまま高速道路に乗った。たしかに、先頭集団はもうすでにはるか先、そして後続は今のところバックビューカメラには映っていない。狙いすましたかのように空いているタイミングで高速に乗れたようだ。しかし、うまくいきすぎな気もしなくもない。まさか…


「ねえノア、そういう情報はどうやって手に入れてるの?」


 明らかにおかしい。さっき聞いた通りだと、ノアは先頭集団にくらいついている状況で、私たち中団とはもうすでにかなりの差が開いているはず。まさかとは思うけど、機械人だから運営の情報をハックしたりして…それってアウトなんじゃ…


『何を疑っているのか知りませんが、機械人は本気を出せば普通の人間よりは器用にいろいろなことを同時にこなせるんですよ。レースの状況は中継映像を確認しています。各選手の位置も公式が公開しているポジションマップを見ています』


「え、走りながらどうやって…」


『レース中なので詳しい説明は省きますが、要するに、目では目の前の状況を確認していますが、頭の中ではそのほかにレース全体の状況や地形状況を随時ずいじ確認しては更新し続けるプログラムが走っていて、結果的にレースでは本来監督なんかがこなすような作戦の立案なんかを行っているというわけです』


「それってチートじゃ…」


『なんてこと言うんですか!だって、五十嵐エンジニアリング、レースディレクターも監督もいないじゃないですか。大きいチームはどこも無線で今みたいな内容を共有してますよ』


「はあ…」


『レース規定的にも参加する選手自身がレースの全体を把握してチームの指揮をとることを禁止してはいません。ただ、こういうのをレースしながらやるっていうのが普通では難しいため、ほとんどはサポートカーの中にいるチームメンバーにやってもらう場合が多いってだけです』


「ならいいけど」


『本来であれば、もし仮に追い越し禁止、落下物注意、レースの中断などのさまざまなアクシデントがあった場合には選手と同時にチームにも連絡がいき、それをうけてチームが作戦を練るという形をとります。安全のためにも、チームの誰かがレース全体の状況を把握はあくしておくことは必須ひっすなんですよ』


「な、なるほど…」


『レイナさん、先頭は今のところcelestyleがトップで集団を引っ張っていますが、少し飛ばしすぎの可能性があります。レイナさんが今のギアで出したことのある最高速は?』


「大体250㎞/hくらい…だけど、多分今はそこまで出ないと思うし、そこまで出したらさいごまで燃料持たないと思う」


『いいスピードですね、今、先頭集団が膠着状態こうちゃくじょうたいに落ち着いている隙に、ここまで上がってきてください。燃費のことは気にしなくていいです』


「オフのギアって、燃費よりトルクって知ってる?」


『もちろんですよ。ストップアンドゴーや峠、悪路がない今回のレースでは、どちらかというと不利なのは間違いありません。だからこそ、このタイミングで勝負をかけましょう。高速道路っていうのは今現在日本の道の中で最もきれいに整地されている道です。今回はオンタイヤを履いているということも相まって、おそらくそこまで燃費に影響させずに高速巡行ができるはずですよ。そうですね…とりあえず先頭集団は今190㎞/hくらいで走ってるので、200km/hで飛ばしてくればすぐ追いつけると思いますよ』


「200km/h!?」


『大丈夫、天城のエンジニアの人も太鼓判たいこばんを押してたくらいセッティング決まってるんですし、行けますよ』


「いうたな、最後燃料足りなくなってもしらないからね!」


『レイナさんのギアの燃料消費状況や出力、各種パーツの状況はおおむねリアルタイムに把握しておりますので、安心してアタックしてきてください』


「なんじゃそれ…」


 ノアは、レース公認のチートアイテムなんじゃないかという気がしてきた。うーん、まあ、勝つしかないのも事実か…と思考を振り切り、さらにスピードを上げる。


 SPEEDSTAR初参戦のしかも開幕戦で、先頭集団を追いかけることになるなんて、期待してはいたけど、いざ現実になると本当にこれが現実なのか疑いたくなってくるな、と奥歯をかみしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SPEEDSTARS 伊吹rev @yayoisoodomann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ