レイナたち スタート前 EP2 

 チームのテントに戻ると、なぜかノアの姿があった。


「あれ、ノアってば補給食ほきゅうしょくブースにいるんじゃなかったの?」


「いえ、よく考えたらそんなに浮かれている場合ではなかったと思いまして…」


「ホントその通りだよ。よく正気に戻ったね…」


「私だってTPOはある程度わきまえてるつもりです。それに…」


ノアが視線を横に向ける。私たちのテントの横に2台の赤いバンが止まっている。ん?


「ねえノア、朝この車あったっけ?」


「遅れてきたみたいですよ。後ろの窓のとこ見てください」


回り込んでみると、大きくロータリーエンジンのエンブレムである、三角ローターのグラフィックとともに「天城あまぎ」の文字が描かれていた。なるほど…


「サラさんたち、今来たの…?」


「レイナちゃん、それは少し違う。キミたちがブース探検に出かけている間に来ただけで、今来たばっかりってわけじゃないよ。あ、ノアもおはよう。調子どう?」


「え、あ、お、おはようございます」


 いきなり私たちのテントの奥からサラさんが現れた。


 そういえば、サラさんちのリーンちゃんの機体の面倒めんどうをうちが見ることになったから、とりあえず第一戦は私達と天城が合同ブースを運営してみることになったんだった。うちはリーンちゃんの機体の面倒を見る代わりに、私とノアのギアも天城のエンジニアが様子見てくれるって話だった。


「おはようございます、サラ。リーンの調子は大丈夫そうですか?」


「うーん、なんというか…」


「え、リーンちゃん調子悪いんですか?」


そこに、ちょうどテントの奥からパパが出てきた。


「調子が悪いっていうより、新型機体への適応に苦労してるって感じだな。まあ、おそらく今日のレースで走ること自体はできると思うが…」


「ジンさん。無理そうなのであれば今回は棄権きけんという手もありますが…」


「いいやサラさん。本人も出る気満々なんだが、その…変なもんとか食わせなかったか?消化器系の処理がいまいちうまくいってないみたいだ」


「あー、そういえばノアも新しい体に乗り換えたとき、やたら食べ過ぎたりかと思えばトイレにこもったり、戻したりしてたよね」


「あー、まあ、そんなこともありましたねえ…今考えればお恥ずかしい限りですが…」


新型機体は睡眠や食事、発汗などといった新しい生理機能せいりきのうが備わっているものだからそれに多少の時間がかかるらしい。しかし…たしかリーンちゃんが新しい機体に移行したのは3週間前のことだった。ノアは1週間くらいで私たちと変わらないくらいには普通に活動できるようになってたことを考えると、やはりどこか調子が悪いのではという気がしてくる。


「そういえばノアって1週間くらいで普通に動けるようになってたよね。なんで?」


「いやレイナさん、なんで…って言われたって体に適応できたからとしか言いようがないんですが…」


「ノアとリーンの機体の世代って実は結構違うじゃん。それが関係あったりしない?」


さすがのサラさんもこればかりはお手上げって感じだ。


「うーん…そうですね、たしかに旧機体の時の私は、リーンより世代が古い分、ありとあらゆる面で彼女に劣っているという違いはありましたが…あ、もしかして」


「なにかある?」


「旧機体の私は作られた当時のハイエンドでしたが、レイナさんにひろってもらった時にはすでに世に出てかなりの時間が経過していました。演算処理能力の面でいうと、この新機体の数百分の一程度しかなかったと思います。そんな貧弱なスペックでも、後ろ盾を必要とせずこの世界で活動するためには、新しい環境や劣化していく自身の体に常に適応し続けていく必要がありました。なので、メーカーが毎年配布する新世代環境プログラムをつくる仕組みを勉強して、自己診断プログラムと新規適応プログラムを独自に改良し続けていました。そのおかげでドライバの更新がなくても動けてはいたのですが、そのプログラムが移行の際の適応にも有利に働いたのかもしれません」


「いやそれじゃん。絶対それだよ。ねえそれ、うちのリーンにも教えてあげられないの?」


「サラ…それは私が頑張って作ったほかの飛脚にはないアドバンテージをリーンにもあたえろってことですか?」


「い、いや…えっと、うーん…」


「こらノア、意地悪しないの。何とかしてあげられないの?このままじゃリーンちゃんずっと苦しいままじゃん。それに、リーンちゃんが本調子にならないと、サラさんのチームとも本気で戦えないよ?ノアはそんなサラさんに勝ってうれしいの?」


「うぅ…確かにそうですね、レイナさんが言うなら…でも、問題はどうやって伝えるかですね。ジンさん、なにかアイデアはありませんか?」


「パソコンみたいにリンクつないでっていう機能があるわけじゃないからなあ。首元くびもとの外部コネクタで直結すると、二人の人格データまで混ざっちゃう危険性があるし、そもそも新型機体は本人たちに機体のアクセス権がいうてそこまであるわけないじゃないというのも…なんか方法は…」


「無線というわけにもいきませんし、物理メディアでなにか…」


「そういえば、たしか新型機体の舌って味を感じるのもそうだが、人間でいういわゆる薬である緊急パッチプログラムを錠剤じょうざいみたいな形で読み込む機能があるみたいなんだが…もしかして」


「ジンさん、ちょっといいですか?」


「お、おう…?」


ノアがパパを引っ張ってテントの奥に消えて行ってしまった。


「サラさん…?」


「うーん、まあ、その、ちょっと高校生には刺激が強いんじゃないかな?」


サラさんが苦笑いししながら目をそらした。


「え、そういうことなんですか!?」


「いやしらんけど…とりあえず保護者として私は見に行ってくるから、レイナちゃんはちょっとその場でステイしてて、OK?」


「え、はい…」


 なぜかテントの前に私だけが置き去りにされてしまっていた。見るなと言われると気になるのは人のさがだが、知らない方がいいことというのもこの世にはたくさんある、ということを私はもうすでに知っている。


 手持無沙汰てもちぶさたになり端末のニュース欄を開きそうになるのをすんでのところでこらえ、端末を再びポケットにしまう。(おそらく)いかがわしい事が行われているのであろう後ろのテントから気をそらすため、自分のギアの仕上がりに思いをせる。私のギア、どんなか


「いやぁー!!!」


「ちょっと暴れないでくださいリーン、仕方ないんですこれしか方法がないんですよわかってますか?私だって本来ならこんなこと…」


「いいじゃん、医療行為いりょうこういでしょ?」


「おいおい、ただデータ交換するだけだろ?なんでこんな絵面になるんだよ…Astexの技術者はいったい何考えてるんだ…あ、俺もいない方がいいか?」


「いえ、この場で唯一ゆいいつAstexの機体をいじる資格を持ってる人がいなくなったら何かあったときやばいじゃないですか、一瞬です、ちょっと待っててください」


「はぁ…」


…今はギアの仕上がりよりこのテントの中で行われている”医療行為いりょうこうい”が気になって仕方がない。え、ほんとに大丈夫なの?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 10分くらいたっただろうか。とってもづらくなってしまったので各チームのブースをふらふらと回って戻ると、顔を真っ赤にしたリーンちゃんと、コーラを飲むノア、そして爆笑してるサラさんがいた。


「もうおヨメにいけないじゃない…」


「ひーおもしろ、リーン、もううちに嫁入りしたじゃん、どこにもいかせんよ?」


「まったく、手のかかる妹ですね。もう少し頭 ”は” いいものだと思っていたのですが」


「考えなしに頭を馬鹿にされる日が来るとは…なんたる屈辱くつじょく…」


「ちょ、失礼ですねリーン!誰のおかげで回復したと思ってるんですか」


「うっ…こ、今回はお世話になりました…」


「よろしい」


 機械人も、こんなに顔真っ赤になるんだ、と思った。


「その…何があったか聞いてもいい?」


「うーん、簡単に言うと、キス、しました」


「!?」


「私たち新型機体同士だと、舌で読み取る情報を介して身体用、生理用ドライバを受け取れるようです。今回はすぐこの場で処置するために唾液をキャリアにしましたが、とりあえず、私が持っている新規環境適応ドライバの生理現象に関する部分をパッケージングして、リーンに送り込みました。まあ、医療行為なので仕方ないですが、あまり何度もしたいことではありませんね」


「いやー、まあ、へー、そうなんだ…」


「このやり方は受け入れる側が合意すると、無条件に身体ドライバの深い部分に外部のプログラムを流し込めてしまうので、こういう、よほど信頼関係にある間柄あいだがらでないとためらわれるようなやり方で行われるようですね」


「え、じゃあリーンちゃんも合意したってこと?」


「……………したわよ。仕方ないでしょ?もうすぐレースなんだから」


「ということです。絵面的えづらてきには見せられたものじゃありませんでしたが、行為的には医療行為なのでノーカンです。ね、リーン?」


「もちろんよ、姉さんが…その、初めて、だなんて…こんなの認めない…」


「はいはい、茶番ちゃばんはここまでにしとこ。もうレースなんだよ、忘れてない?」


「サラ、一番面白がってた人が何を言うんですか…まあ、レース前なのは事実です。気持ちを切り替えていきましょう?ジンさん、ギアの仕上がりはどうですか?」


 ふと、ブースのテントに戻っていくノアの耳が真っ赤になっていたのを私は見逃さなかった。機械人にも恥ずかしいという感情はあるし、ファーストキスという文化を理解しているということがわかった…

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