レイナたち スタート前

 「ねえノア、いよいよだよ、いよいよだけど…これ、すごいね。私、このバリケードの中に選手として入るの初めてだから、すっごく緊張してきたんだけど…」


「大丈夫ですよレイナさん。あ、あっちにTOWAのブースがありますよ!選手は無料で新型サスペンションが試せるらしいですよ?行ってみませんか?」


「よくそんな余裕あるよね…」


 SPEEDSTAR開幕戦は例年国道20号線、通称甲州街道を始点である東京都市圏中央区から長野まで抜ける1DAYレースになっている。SPEEDSTARは年間8戦開催されるけど、この開幕戦はいわばオリエンテーションみたいなものになっている。というのも、参加条件を満たせば全国の飛脚は誰でも参戦可能なだけあって毎年新しいチームがたくさん参戦してくる。当然、それらのチームの中にはSSRでのチーム運営自体が初めてな私達みたいなチームもあるわけで。とりあえず一通りルールやらなにやらを説明したあと、一回やってみないことには始まらないよねということで行われるのがこの開幕戦。それに、だいたい毎年この開幕戦まで今シーズンの状勢がつかめないから、この開幕戦は距離は短いけど注目が集まるレースでもある。かくいう私達はほぼ様子見みたいな感じだけど…


「イタタ…なんか緊張でお腹痛くなってきた。ノアはトイレ大丈夫?」


「あートイレで走行前に重量を削減しておくっていうのは手かもしれないですね」


「いや、そういうことじゃないから…むしろノアは途中で自分がエネルギー切れ起こしたりしないようにしないとだよ?」


「大丈夫です、お菓子いっぱい持ちましたから」


「それって何ウェイトになるんだっけ」


「これは個人の荷物でウェイトには含まれませんよ。食べちゃったら重量減っちゃうじゃないですか」


「じゃああんまり積んだらロスじゃない?」


「仕方ないじゃないですか、食べなきゃ動けなくなるんですし…それに、レイナさんの分の荷物もちょっと積んでるんですから」


「そうだったそうだった。とりあえず私はトイレ行ってくる」


「あ、私も行きます」


「いや結局来るんかい」


 SSR開幕戦はスタートが都市圏のど真ん中ということもあってギャラリーの数がものすごい。それに、ノアは注目の選手だから朝からすっごいたくさん取材受けてて、なんとなく悔しい気持ちになる。きっとネットのSSRニュースのトピックは今頃サラさんとノアが締めているに違いない。ちょっと悔しいから見ないけど。


 トイレから出たら、ノアはさっさと企業ブースの方に行ってしまった。なんでも、新しいサスペンションリンク機構を特注で作りたいらしい。ゆくゆくはフルオーダーメイドを…なんて言ってたけど、どこにそんなお金があるんだろうか。


「私もなんか新しいパーツでも買おうかな…」


「あ、レイナじゃん!久しぶり…3週間ぶりくらい?レイナもSSR出れたのね」


「あ、ユーリ…じゃなくて、グローサって呼んだほうがいい?」


「その名前、ゴツくてあんまり好きじゃないんだけど…」


 突然後ろから現れたのは、私の学校の同級生で唯一の飛脚友達、渡邉わたなべユーリだった。亜麻色の髪の毛をツインテールにして、イエローのエクステを付けている。身長は私より10cmくらいちいさいけど、ギアは私のよりとんでもなく大きなやつを背負って走る、ある意味変わった子だ。


「あんなゴツいギア背負ってるんだから、いいんじゃないの?」


「いや、たしかにセブンスは大きいけど…直6とか担いでる人よりはマシじゃない?」


「いや、だってユーリちいさ…」


「それ以上言ったらしめるわよ」


「ごめんごめん。で、ユーリはどうしてここに?」


「それ、わかってて聞いてるの?クロスラインBC所属、グローサは開幕戦に出走するからここにいるのよ。まあ開幕戦は様子見って感じだけど、なんせ私のチームは去年ここでトップチェッカー受けちゃってるし、チームもやる気満々だから大変よ」


「やる気満々なのはいいことじゃん。ってことは、今年はクロスラインBCは3人体勢なの?」


「いや、去年までいたカイルさんが自分のチーム建てるからって抜けちゃって。だから高速巡航が得意な私に白羽の矢が立ったってことらしい。BCは高速チューンが売りだから、私のセブンスをチューニングしたかったんじゃない?」


「星型7気筒チューニングして勝っても、誰も積んでる人いないから宣伝にならなくない?」


「そこは知らない。とにかく、まあいろいろあって私もついにこの舞台に立てたのよ。だから、お互い頑張りましょ?」


「私のチームにはノアがいるからな〜勝負にすらならないかもよ?」


「ああ、さっきトークでも話題になってた機械人の子のことね。レイナはなんでまた機械人とタッグ組もうと思ったの?」


「壊れてるの助けたら成り行きで…かな。でもまあ、たぶん、レースになったら驚くと思うよ」


「そう。じゃあ、楽しみにしておくわ」


「うん。じゃ、お互い怪我だけしないようにね」


「またスタートラインで会いましょ」


 そう言い残すとユーリはさっさとチームのテントの方へ行ってしまった。同じクラスで普段はほぼ話すことがないけれど、それでも私よりも先に、しかもトップチェッカーを経験したことがあるチームからオファーが届いたと聞いたときはすんごくうらやましかったものだ。でも、今は結局同じ舞台に立ててしまっている。最近はサラさんやリーンちゃん、ノアみたいなすごい選手ばかりと交流があったので感覚が麻痺していたけど、ユーリみたいに私と同じくらい?のレベルの子もこのSSRに参戦している。だから、私はできる限りのことをやってみようと思えた。まあユーリにだけは負けないが。


 ポケットの中でケータイが震える。取り出してみるとパパからだ。


「はいはーい。なんかあった?」


『レイナ、一応レース仕様のセッティングできたから戻ってきて試してみてくれないか。あと、もうスタートまで2時間しかないから、プランの最終打ち合わせもしたい。ノアは一緒にいるのか?』


「えっと、ノアは企業ブースの方に行っちゃった。けど、多分呼べばすぐ来ると思う。私も今そっち戻るよ」


『わかった』


 通話を切り、時計を確認すると、8時7分。レースのスタートは10時だから、たしかにあと2時間。荷物の積載や開会式なんかも含めると、実は意外と時間に余裕がない気がしてくる。ノアのケータイにコールする。


「もしもーしノア、もうそろそろ準備したいからテントに戻ろー」



『レイナさん、今補給食ブースにいるんですけど、すごいですよ!試食し放題です!!』


「ノアってほんっとに食い意地だけはすごいよね。じゃあ、とりあえず私は先にテントのとこ戻ってるから、なるべく早めに戻ってきてね」


『わかりました!あと2ブースで全部食べ終わるので、そしたら早急にテントに戻ります』


「ほんとにぶれないなあ…」


 ノアとの通話を切る。そういえば、SSRはレース中にお昼ごはんを食べる習慣があるのも特徴の一つだった。開幕戦は大体250kmのレース。レースペースで走ると例年3時間くらいでレース自体は終了する。だから、朝の10時にスタートして、途中お昼の休憩を挟んで14時フィニッシュみたいな予定になっている。これは参戦することになって初めて知ったんだけど、お昼に1時間の休憩をわざわざ挟むのは、そのレースごとに地域の特産品をお昼ごはんに、そして場合によっては夜ご飯に食べるための時間をつくるためらしい。この仕組みは走行距離が長くなろうと変わらないらしく、「SPEEDSTARに昼が来た!」という特集番組が、毎戦後に配信されているらしい。ほんと、色んな所に見せ場を作るなあ…と感心してしまう。


 それはともかく、お昼ごはんを食べる時間があるので、私はあんまり補給の心配はしなくていいはず。レース走行に必要なものを脳内でリストアップしつつ、パパが待つテントに戻るのだった。

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