暗夜放浪

白浪 駆玲

失い

 雨があがったのはこの町の空だけで、僕のこころはまだ涙で滲んでいるようだった。

 2020年2月29日、僕はこころを失った。世間ではお茶の間を濁す程度なのかもしれないが、僕にとっては人生をそっくりそのまま半分失ったようなものだ。天真爛漫でいつでも笑顔を崩さない彼女。冴えない僕はそんな彼女と幼馴染という関係だけで幼少期からずっと友達でいて、知らないうちに僕は彼女を"友達"として見れていなかったかもしれない。だが、そんな彼女はもういない。

 無機質な声で喋るテレビを消し、僕は高校に行く準備を始めた。いつもは進路のことでいっぱいの教室もぽっかり穴が開いたようだった。みんなも知っている。昨日までその席に座っていた彼女がいないこと。雨の降る中、交差点で不運にも事故に巻き込まれたこと。そしてもう彼女は帰ってこないこと。

 担任は単調な声で号令をかけ、出席をとる。まるで彼女が元からいなかったかのようにスムーズに進む出席に誰も疑問を抱かなかった。担任が改めて彼女の死を生徒に言うと、ある一部の生徒は泣いていた。ある一部の生徒は俯いていた。その中、僕は彼女の席を見ていた。見れば見るほど彼女の存在の大きさを感じる。誰も話しかけない中、"おはよう"と挨拶してくれる姿。想像するだけで涙が出そうな気持ちであった。昨日まであった彼女の挨拶は今とは程遠い気がした。

 孤独な一日を過ごした。誰にも話しかけられず、一人で弁当を食べ、淡々と歩いて帰る、これからの日常をを感じながら。夕焼けはいつしか見たマリーゴールドのような淡いオレンジ色だった。いつかはなるはずだった孤独が早まったと思うだけで幾分かこころは楽になった。だが、失ったものを埋めるには到底つまらない嘘だった。本当はずっと一緒にいたいと思っていた。それと同時に、僕が彼女と釣り合わないことも分かっていた。だけど夢物語を書いている自分がいた。

 もう時計の針は11時を回っていた。僕は特に何も考えずに外へ出て、町を歩いた。その一歩一歩で彼女との記憶を踏みしめるように海辺まで歩いた。それは小さい頃、彼女といつも遊んだ千本鳥居の傍、周りは真っ暗で海から照り返す星の光が淡くこの鳥居を青く染めていた。その場に座り込んで俯いたまま、何をするわけでもなかった。が、途端に微かな囁きが聞こえた気がした。

「おはよう――」

僕ははっと顔を上げた。だが、そこに彼女がいるわけはなく、星空だけが一面に広がっていた。

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暗夜放浪 白浪 駆玲 @Sylaname_Kley

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