常識が覆されるとき=一つの意見と思ってください。

水木レナ

第1話 NHKに騙されていなければ。

 NHKが放送してきた、相模原殺傷事件の情報から、推測できること。

 それは、NHK側に悪意があって、編集されたのでなければ、素直に推理して、仮説がいくつか思いつくことがあります。


 加害者の発言:

「障碍者は不幸しかうまない」

「死刑になりたいわけではなく、刑は軽いほどいい」


 弁護側の主張:

「被告はパーソナル障害で、大麻のせいで精神障害だった。責任能力がない状態だった」



 弁護側の主張から疑問に思ったことは、パーソナル障害関係ないでしょう。

 ということと、大麻のせいでタガが外れて、障碍者を殺害したのであれば、障碍者への偏見もちであることが悪いのか、それとも大麻が思わぬ事件を起こさせたのか。

 偏見は無知の姉妹だから、そういう偏見自体が、大麻によって凶行へ向かわせたのか、それとも大麻のせいで差別主義が高まってしまったのか。


 人間が、主義主張によって差別されることはいけないことだと決まりがある。

 しかし、犯人に差別主義がなければ、大麻で大量殺人を行うことはなかったのではないか。

 大麻を使用してなくても、危ない人だったのでは?



 それを置いておいても、犯人が精神障害だったから、障碍者を殺傷し、それが軽い刑ですまされてしまったら、犯人にとってどういうメリットが生じるか、考える必要がある。



 犯人が精神障害なので軽い刑で済んだ場合、精神障害はどんな凶行をしても情状酌量される=精神障碍者は殺人を犯して許される=精神障碍者は危険で不幸を産む存在である(自分はんにんがいい例)という主張が通る。

 という、犯人の思惑と悪意を感じる。


 逆に犯人に責任能力があって、極刑になったら、精神障碍者であるかどうかはとにかく、大量殺人は許されないこと。

 差別意識は、人としてあるまじきこと。

 という図式になる。



 総合すると、犯人が障碍者殺人を軽い刑ですませたがるのは、精神障害が社会にとって害悪であると、浸透させようとしている、と考えられる。

 障碍者を差別する世相を生み出そうとして、凶行に及んだ、という、残忍な計算が働いている。

 これらのことを踏まえると、犯人には責任能力があったとしか思えない。






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