第106話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 12

 ヴィヴィオビストロ公爵領の騒動から一か月後、俺はいつものように冒険者ギルドの相談窓口で相談者を待っていた。

 そこにオルタネータベルトがやってくる。


「相談じゃないんだけど」


「見ての通り暇なんで、どんな内容でもかまいませんよ」


 そう言うと彼女は窓口の椅子に座って話し始める。


「結婚式も終わってすっかり日常に戻ったわね」


「どっちの結婚式?」


「両方よ」


 両方の結婚式とはデュアリスとキャシュカイ、それにティーガタの娘夫婦の結婚式の事だ。

 その二組はステラで結婚式を挙げた。

 今回の騒動で色々と台無しになった一因に神殿があるということで、その罪滅ぼしに聖女であるグレイスが特別に祝福するということになった。


「オルタネータベルトも長い休暇になってよかったじゃないか」


「まったくよ。仕事をしないなんて予告状を出すことになるとはね」


 ラパンは休業の予告状を出してきた。

 これは、ティーガタがラパンがいつ現れるかわからないから、ステラで行われる娘夫婦の結婚式にも参加しないと言ったので、仕方なくオーリスが休暇届を出すことになったのだ。

 ただ、オーリスの発作が出るためかなりギリギリではあったようだ。

 なお、俺達も結婚式に呼ばれて参加している。

 花嫁の姿を見たスターレットから凄いプレッシャーを貰ったので、次の事をそろそろ考えていかないとかなと思ったのは良い思い出だ。


「それで、どんな話があって来たんですか?」


「今回の騒動の顛末よ。アルトもエックスバーアール管理図の報告を書いただけで終わりっていうのだと、終わった気がしないでしょう」


 オルタネーターベルトの言うように、俺はあの後金貨の以上に気が付いたエックスバーアール管理図について、国に報告書を提出した。

 俺の報告書は研究機関である賢者の学院で、さらに研究されることになっている。

 ジョブやスキルに関係なく使える知識ということで、新しい可能性が見えてくると期待されている。

 ただ、手加工で少量生産のこの世界では、すぐに役立つというわけではない。

 それはそれとして、顛末は知っておきたい。


「ヴィヴィオビストロ公爵の爵位と領地は没収。当然ヴィヴィオビストロシフォン伯爵もね。だからデュアリスも平民になったわ。これでキャシュカイが伯爵や公爵になることもなくなったわね」


「伯爵は贋金を作ったから当然だけど、どうして公爵の爵位まで?」


「あの贋金に使われていた型は本物なのよ。初代のヴィヴィオビストロ公爵が国から管理を任されていたの」


「えっ、そんなことがあったの」


 驚いた、型が本物なら贋金って言わないような気もするけど。


「当時は外国や魔物の驚異が今の比じゃなくて、いつ王都の鋳造所が使えなくなるかわからなかったから、王弟である公爵の城に予備の型を置いたみたいね。勿論極秘裏にね」


「だから、髭の大きさが少し違うくらいの差しか無かったのか」


「そう。出来を見る限りでは同じものでしかなかったの。アルトじゃなければ異常は見抜けなかったでしょうね。国王の許可以外は全て本物なんだから」


「それだって、黒衣の男。オッティだったかな。彼が金の含有量を最低限で維持管理しなければわからなかったからね」


「そうね。製造コストを極限まで抑えることが出来たからこそ発覚したわけね。作れば利益が出るのは確実なんだから、欲張らなければよかったのに。それで結局爵位も領地も金貨の型も国に没収されたわけ」


 オルタネーターベルトの言うように、彼らがもう少し普通のものを作っていたら、俺も金貨を異常に気付くことは無かっただろう。

 デュアリスが持ち出した金貨を渡されたところで、その意味するところにはたどり着かなかったはずだ。


「事件の背景はわかったよ。でも、首謀者が亡くなってしまい、魔族には逃げられてしまったから、罪を裁くことも出来ないんじゃないかな。それとも、ダークエルフとオッティを追うの?」


「それが、贋金作りは重罪だから、犯罪に関わった者の家族も処刑対象なのよね。伯爵のところの衛兵とその家族の人たちは残っているわよ」


 そういえばそんな話があったな。

 デュアリスが今普通に生活出来ているのは、伯爵との結婚が未成立だったからだ。

 内部告発者が保護されるような法律はないので、あの時デュアリスが指輪と金貨を持ち出して訴え出た功績があったとしても、結婚してしまっていたら処刑されていたはずだ。


「となると、かなりの人数が処分されたんじゃない?」


「ところが、ティーガタが国王陛下に彼らの罪の減免を願い出たのよ。贋金づくりの犯罪を突き止めた手柄として。本当なら一生生活に困らないくらいの報酬だってもらえたのでしょうけど、それを蹴ってまでどこの誰ともわからない人達の助命を願い出るなんて、お人よしも度が過ぎてるわね。助かった人達なんて、ティーガタに助けられたことなんてわからないから、感謝の言葉を掛けられることもないし。自分は犯罪者を捕まえるのが仕事だから、そのことで特別な報酬をいただくわけにはいかない。だけど、貰えるのであれば伯爵の命令に逆らえなかった立場の人達と、その家族には寛大なご処置をだって。結局得たのは今まで通りラパンを追いかける立場だけよ」


「それはご愁傷様。今までと何もかわらないんじゃ、ラパンも気が抜けないね」


 俺は苦笑いをした。

 短い付き合いだったけど、そこで知ったティーガタという人物像からすると当然かなと納得した。

 オルタネーターベルトも苦笑いしてから、何かを思い出してポンと手を打った。


「そうそう、ティーガタがもう一つ国王陛下にお願いしたことがあったわ」


「何?」


「アルトを含め、今回ラパン捜査に加わった人間を追求しないで欲しいって。エックスバーアール管理図の知識とか、金貨の重量測定に戦闘スキルなんかを知られたら、それなりの地位にある人なら手元に置いておきたくなるでしょう。最悪、それが叶わなければ殺してしまえってなる可能性だってあるし」


 一応その可能性を考慮して変装はしていたが、スターレットやシルビアはそのままだったので、その線から俺にたどり着くのは容易だろうな。

 それに、ミスリルの防具を容易く斬っていたシルビアの剣についても、ちょっと考えればミスリルよりも高価な金属を使っているとわかるだろう。

 どう考えても欲しいよなあ。


 オルタネーターベルトはそこまで言うと、天井に目を向けた。


「お人よしすぎてやりにくいのよね。もっと悪人ならどんな手を使ってだしぬいても気が引けないんだけど。それに、娘の結婚式で号泣する姿なんてみちゃったら、もう少し手柄を立てさせたくなっちゃうじゃない。ラパン逮捕以外ならどんなことでも協力してあげるんだけど……」


 独り言のように言うオルタネーターベルトは、やはり亡き父とティーガタを重ねているようだ。


「そうそう、フィガロの子供も王都の神殿で働いていて、それを人質に取られるような形で神殿に協力していたみたいね。最期に伯爵の口封じをしたときに、神殿長の方を見たのはそういうことだったみたい。彼も、そんな事情がなくて本当に単純な悪党なら後味も悪くなかったのにね。神殿長が引退して大幅に人事が刷新されるから、フィガロの子供も王都にはいられなくなってステラにくるみたいだけど」


「ごめん、情報量が多すぎて整理できないんだけど」


 オルタネーターベルトが調べてきた話の情報量では、頭の中で整理するのが大変だ。

 一つの製品で同時に四つの不良が流出した時並みに、全てを理解するのに時間がかかる。

 そんな俺を見てオルタネーターベルトはフフッと笑った。


「伯爵が亡くなって真相は闇の中だけど、ラパンが盗んだ贋金の目録から神殿が関与しているのは明らかになった。ただ、個々の神殿がやっていたことなのか、組織としてやっていたことなのかは不明。でも、部下のやったことの責任を取る形で王都の神殿長が引退することになったの。そのまま地位に居座っていれば国との対立は避けられないからでしょうね。そのせいで神殿内部での対立が表面化して、聖女様を担ぐ聖女派と引退してもなお影響力を持っている元神殿長派が出来上がったの。聖女派は反神殿長派なんだけど、わかりやすい旗印として聖女という記号を求めたんでしょうね」


「グレイスも大変だなあ。少しは状況が改善したのかもしれないけど。それにしても、よくラパンの出した目録なんて信用してもらえたね。結婚式場で陛下が直ぐに手に取ったのも驚いたけど」


「ああ、あれね。あれはどうやらティーガタの上司が国王陛下に話をしていたみたいね。彼としても見過ごすつもりはなかったけど、準備に時間がかかるというのは本心からだったみたい。あそこで私たちが伯爵の犯罪をばらさなかったら、国から密偵を送り込んで調べるつもりだったみたい。ティーガタに先走られて伯爵たちが証拠を隠滅してしまったら、捜査も何も出来なくなるからティーガタを止めたかったみたいね。上司の方はちゃっかり報酬をもらって出世するみたいだけど。そんなわけだから、国王陛下も承知していたことだったのよ」


「出世する人間はやはり優秀だよねえ。それに、取りこぼしが無い」


 なんとなく前世で出世していった人たちの顔が浮かぶ。

 世界が変わっても出世する人間なんて、みんな同じように仕事が出来て、アピールが上手いのだろう。

 取りこぼしがないというのは、正当な評価を必ずもらっているという意味である。

 世渡りが下手な人は、実績を残していても評価につながっていかないので、サラリーマンとしてはそういうスキルも必要だと思っている。


「そういえば、お人よしといえばラパンも相当だよね。なにせ、公爵領の一番の宝物として盗んだのがデュアリスの結婚式でしょう」


 俺はオルタネーターベルトの顔を見た。

 すると彼女は意味深な笑みを見せる。


「そうでもないわよ。結婚式場で盗んだ伯爵の持っていた金の指輪。あれってデュアリスの持っていた銀の指輪と対になっているの。製造されたのは魔法文明時代。魔法の効果は単なる鍵としての役割だけじゃないのよ」


 と意外な答えが返ってきた。

 俺は鍵以外の効果が気になる。


「どんな効果があるの?」


「男女がそれぞれ指輪をつけてそれを合わせた時に効果が出るの。お互いに愛し合っているのなら二人の体重と同じ重さのミスリルが出現する。お互いに愛し合っていないなら何もない。片方だけが愛の感情を持っているのなら、指輪から毒が出てきて二人とも死んでしまうの。自分の愛が叶わなければ一緒に死ぬなんて随分と重たい愛でしょう?」


 それを聞いて伯爵の家来たちがミスリルの防具を身に着けていたのに納得がいった。

 つまり、ミスリルを入手する手段をもっていたわけだ。


「それって、ひょっとして領民たちをつかってミスリルを作り出していた?」


「多分ね。公爵領で過去から延々と領民の恋人や夫婦を使ってミスリルを作ってきたのでしょうね。使えるのは一人一回だけだから、どれだけの人間を使ってきたかは想像できるでしょう。証拠はないけどね」


 多分、ミスリルを作る過程で死んでしまった領民もいることだろう。

 しかし、それでもミスリルを人工的に作り出せるとなれば、人死にに目をつぶってでもやってきたんだろうな。


「たしかに、そんなマジックアイテムだったら値段は天文学的になるだろうね」


「そうなのよ。でもね、ラパンはきっとそれを使う相手がいなくて困っていると思うの」


 オルタネーターベルトの言葉に違和感を覚える。


「使う?売るんじゃなくて?」


「金額的にも買い手は限られるでしょうね。そんな買い手が盗品とわからないわけがないわよ。表に出せないなら奪えばいいって思うでしょうね。それか通報されて終わり。だから手元に置いておくしかないの」


 言われてみればそのとおりだな。

 売るにしても買い手が限られるし、足元を見られるというか後ろ暗い品物だから、相手も非合法な手段に出やすいか。


「使える相手が出てくるといいね」


「そうね。ま、目の前の人に使ってみてもいいかなって思うけど、そうすると2人そろって仲良く土の中じゃない。だから、次はあなたの心を盗もうと思うの」


「え?」


 思わずオルタネーターベルトの顔を凝視してしまった。

 フフッと笑うオルタネーターベルトを見たら、からかわれている事がわかった。


「まったく質の悪い冗談ですね」


「あら、冗談じゃないかもしれないわよ。私以外にもあの女剣士もエルフも隙あらばと狙っているんじゃないかしら」


「本当?」


「本当よ。スターレットだっけ、彼女も気が気でないんじゃない」


「他に目移りするような事はないですよ」


「どうかしらね。男の下半身の理性なんてオリハルコンみたいなもので、その存在を見た者も少ないと思うわよ」


「オリハルコンなら大量に見てますから大丈夫です」


「例えが悪かったわね。まあ、精々彼女を悲しませないようにね。貴方が彼女を裏切ったら彼女に指輪を貸すのもいいかもしれないわね」


 そういうと、オルタネーターベルトは席を立って冒険者ギルドから出ていった。

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冒険者ギルド品質管理部 ~異世界の品質管理は遅れている~ 犬野純 @kazamihatuho

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