第105話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 11

 戻ってくると式場は大混乱だった。

 アスカの持っている水晶玉を狙う衛兵と、それを守るシルビアの戦い。

 更には国王の連れてきた騎士団が、シルビアに加わってアスカを守っている。

 それどころか、伯爵を護衛する衛兵に対して攻撃を加えていた。

 そて以外は貴族たちを式場の外に誘導する仕事をしている。


「どういう状況なんだろ」


 と独り言をつぶやいたら、横から声が返ってきた。


「国王陛下が伯爵を黒って断定して、騎士団に攻撃命令を出したってところかしらね」


 声の主はオルタネーターベルトだった。


「何でここにオルタネーターベルトがいるの?」


 逃げたのに戻ってきた理由がわからずそう訊ねた。


「食材の搬入の仕事を請けたんだけど、式がこんな状況で搬入したのはいいけど帰れなくなったのよ。橋は騎士団が封鎖していて、誰一人外には逃げられないわ」


 つまり、地下の水路から外に出たが、湖を泳ぐ訳にもいかないので戻ってきたところ、橋が封鎖されていて脱出できなくなったわけだ。


「タイミングが悪かったね」


 と言うと、彼女は首を振った。


「いいえ、折角だから結婚式を最後まで見届けてから帰ろうと思っていたの」


 つまり、まだ何かあるという訳か。

 さて、何を企んでいるのだろう。

 俺の考えが顔に出ていたようで


「安心して、あとひとつだから」


 と言われてしまった。

 この状況であとひとつ盗むとか、安心できるわけがないのにと大声で言いたかったが、それは喉の手前まで来たところでのみ込んだ。


「僕らはグレイスのところに行こうか」


「そうね」


 グレイスの護衛でもあるので、大丈夫そうなアスカのところはシルビアに任せて、グレイスのところに向かう事にした。

 現在彼女は連れてきた神殿騎士団によって護衛されている。

 隙あらば王都の神殿派が工作をしかけてきそうな状況だが、それがないところをみるとあちらも混乱しているのだろう。

 なにせ、ヴィヴィオビストロシフォン伯爵とのつながりがばれたら大問題に発展する。

 指示を下す神殿長が式場内の情勢を固唾を飲んで見守っているのがその証拠だ。


「聖女様」


「アルト、戻ってきたのね」


「はい。しかし、この状況はどう収集がつくのでしょうかね」


「なるようにしかならないでしょうね。式が台無しになってお開きになったのだから早いところ帰りたいわ」


 そう言って大きなため息をついた。

 誰かに見られていたら問題だが、今はみんな戦闘の方に意識が向いており、こちらを見ている人などいない。


「ねえ、デュアリス様を連れてきたんだけど」


 オルタネーターベルトがデュアリスの手を引いてきた。

 伯爵がああなってしまうと、もはや彼女を気にする人はおらず、式場でおろおろとしていたようだ。


「まったく、花嫁をほったらかして何やってんだか」


 と言うが、俺が伯爵でも花嫁に構っている余裕はないだろうな。

 デュアリスがグレイスのとなりに並んだところで、天井の方でパンっという破裂音がした。

 戦闘をしていた連中も一瞬音の方を向くくらいの大きな音だった。


 俺も天井を向くと、破裂音がしたところから手紙のようなものがひらひらと落ちてきた。

 それはうまい具合に俺の目の前に落ちてくる。

 それを手に取って開封して、内容を読んだところで手紙をグレイスに手渡した。


「何?」


 と不思議そうに訊いてくるグレイス。


「俺よりもグレイスの方が相応しい内容だからね」


「何かしら」


 と俺から手紙を受け取り目を通すと納得した顔になる。

 そして大きく息を吸って、大声で宣言する。


「この結婚式はラパンによって盗まれました。よって不成立といたします」


 そう、手紙はラパンからであり、結婚式はいただいたという内容だった。

 神の前での誓いが行われていないので、当然宗教行事としては未成立である。

 オルタネーターベルトの方をみると、意味ありげに笑ってから目をそらされた。

 これはデュアリスへの配慮である。

 贋金づくりは重罪であり、その家族にまで刑は及ぶ。

 伯爵の妻であれば当然極刑は免れない。

 が、今の段階で結婚が不成立であれば、デュアリスに責任が及ぶことは無い。

 聖女であるグレイスに不成立の宣言をさせることで、それを確定させたわけだ。

 俺もティーガタもそこまでは考えが及んでいなかった。


 そうこうしているうちに、シルビアの前には伯爵の手下である衛兵はいなくなっていた。

 そして、伯爵自身は周囲を騎士たちに囲まれており、絶体絶命の状況となっている。

 もうすこしで手が届くというところで、事態は更に急変した。

 伯爵の胸から真っ赤な刃物が生えてくる。

 一瞬何が起こったのか理解が出来なかったが、時間が経てばフィガロが伯爵を背中から刺したのだとわかる。

 刺された伯爵も驚いた顔をして後ろを振り向いたので、打ち合わせや指示は無かったのだろう。


「フィガロ、貴様……」


「伯爵、もう終わりでございます。すべては闇に持って行きましょう。私もお供いたします」


 という会話が聞こえて伯爵は力なく床に倒れる。

 フィガロは一瞬王都の神殿長の方を見てから、伯爵の後を追うように倒れた。

 おそらく、グレイスたちを襲った襲撃者と同じように、口に仕込んであった毒を飲んだのだろう。

 残された衛兵たちはしばらく硬直していたが、武器を置くように言われた事で諦めて投降した。

 これで、結婚式場内の戦闘は終了した。


「終わりましたかね」


 グレイスの方を見ると、彼女は頷いた。

 それで、これからどうしようかと考えていたら、デュアリスがグレイスの前に訴え出る。

 悲壮感が全面に出ていて、今すぐどうにかなってしまいそうで心配だ。


「聖女様、私を連れていっては下さいませんか」


「どうしてかしら?」


「私には何もなくなってしまいました。既に父も母もこの世には亡く、私を最後まで護衛してくれたデュアリスも私の我儘に付き合ってもらい、その命を落としてしまいました。それに、嫁ぐ予定だった伯爵もご覧の通りです。ジョブは作家なので、何が出来るかもわかりませんがどうか連れていってください」


「それなら承諾できませんね」


「どうしてですか?これからお役に立てるように色々覚えます。外の世界を知らない私はもう頼るところがありません」


 デュアリスは悲しそうな顔に拍車がかかる。


「前提が違います」


「前提が違う?」


 デュアリスはグレイスの言葉が理解できず聞き返した。

 そんなデュアリスにグレイスは慈悲の眼差しを向けた。


「神殿騎士団の恰好をしたひとりが、式場が混乱してからずっとあなたに付き添っていたのは覚えていますか?」


「はい。あれは聖女様が私につけてくれた護衛でしたか?」


「いいえ。私は彼に命令する権限をもっておりません。何故なら彼は神殿騎士団の所属ではないからです。こちらの予備の武器と防具をお貸ししてはおりますけれど」


 そういうと、一人の神殿騎士団の恰好をした者がこちらに来る。

 彼がヘルムを取ってその顔がはっきりすると、デュアリスの顔から悲壮感が消え去った。


「キャシュカイ」


「デュアリス様、いままで名乗り出る事が出来ずに申し訳ございませんでした」


 そういって頭を下げるキャシュカイにデュアリスは抱きついた。

 そして大声で泣く。


「生きていて、本当に……」


 彼女の言葉はそこまでで、後は声にならなかった。

 一通り泣いて、彼女が人前で泣いた恥ずかしさから顔を真っ赤にしてキャシュカイから離れたところで俺から種明かしをする。


「デュアリス様が拉致されたとき、キャシュカイはまだ生きていました。それで治癒が間に合ったので一命はとりとめたのですが、彼が生きているのが伯爵に知れるとまた刺客を差し向けられそうだったので、神殿騎士団の一員になりすましてもらいました。だから、デュアリス様がおっしゃった前提条件は間違っていると聖女様がおっしゃったのです」


「理解できました。このご恩はどうお返ししたらよいかわかりませんが、必ずお返しいたします」


 デュアリスは改めてグレイスに頭を下げた。


「私はなにもしてません。治癒したのはアルトですから」


 というところでティーガタがこちらに来た。


「ラパンのやつ、どこにもおらんな。やはり地下の水路から逃げ出したか。手紙はあらかじめ仕込んであっただけのようだ」


 悔しそうに手をたたく。

 実はまだ近くにいるのだけど、教えられるはずもない。


「あの方にもお礼をしたいのですけど」


「いいえ、それには及びません。やつは盗人です」


「だけど、あの方のお陰で私が伝えたかった伯爵の悪事が暴かれたのですから。それに、私も伯爵との結婚から解放していただきました」


「それは結果です。確かにきっかけはやつの盗みからですが、それが無くとも伯爵の悪事はいずれ白日の元に晒されたことでしょう。が、そこまで感謝の気持ちがあるのであれば、私がラパンを捕まえてその気持ちを伝えておきます。実はわし、いや私も今回はラパンに救われております故、二人分の感謝を必ずお伝え致します」


 というところで、俺たちは国王の騎士たちに結婚式場から出るように促された。

 ここから先は俺たちには見せたくないのだろう。

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