第104話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 10

 結局結婚式の当日まで襲撃者がくる事は無かった。

 俺達は城に行くが、グレイスたちとはお別れだ。

 平民である俺達はティーガタが雇った冒険者として、ラパン逮捕のためという名目で城内に入る事が出来た。

 しかし、当然ながら結婚式には参加できず、式が行われるホールの外での待機となる。


「来ますかねえ、ラパン」


「勿論来るだろう」


 ティーガタが答える。

 本日までティーガタの後任が来ることはなく、こうしてラパンを待つことになって訳だ。

 上司もああは言ったが、専属の捜査官の後任選びなど直ぐには出来なかったということだろう。


「しかし、アルトは全くの別人になったな」


「変装も得意ですからね」


「ラパンじゃないだろうな?」


「まさか」


 俺は念のため変装をしている。

 王族や貴族の前でオリハルコンをバンバン作り出すのを見られたら、どうなるかわかったもんじゃない。

 なので、俺だとわからないように変装をしているのだ。

 変装のスキルも金等級の実力で作った作業標準書なので、ラパンにも引けを取らない出来となっている。


 何もないまま時間は過ぎ、晴れ渡る青空を飛ぶ鳥を眺めていたら、急にお城の鐘がゴーンと大きな音で鳴り響いた。

 結婚式が始まる合図だ。

 こちらでは全く様子がわからないが、グレイスに聞いた予定では最初に新郎新婦入場と指輪の交換と聖女による祝辞があり、その後王都の神殿長による式へとなるとか。

 神殿長の顔も見たくないから、さっさとラパンが式をぶち壊してくれないかと彼女は言っていた。

 聖女感ゼロの発言だな。


「始まったかな?」


 スターレットはソワソワしながら中を気にしている。


「気になる?」


「勿論。結婚式なんて一世一代の晴れ舞台じゃない。憧れるに――」


 とそこまで言って、ティーガタの方を見て黙ってしまった。

 今日がティーガタの娘の結婚式でもあることを思い出しての事だろう。


「気にするな。わしは娘の結婚式にも出られんような駄目な親だ。それは事実。だからこそ、今日ラパンを逮捕して少しでも誇らしいとおもってくれたらそれでいい。仕事に私情を挟むのは良くないがな」


 ティーガタは委縮するスターレットに笑ってみせた。

 スターレットもティーガタに笑顔で返す。

 そんなとき、式場から悲鳴が聞こえてきた。


「キャー」


「ラパンだ!」


 悲鳴に混じってラパンという単語が聞こえてきた。


「やつめきおったか」


「行こう」


 ティーガタが走り出し、俺達もそれに続く。

 本来平民の俺達は式場に入ることはできないが、ティーガタにはご免状がある。

 ラパンが出たとなれば、たとえ王の寝室であろうと許可なく入る事が出来るのだ。


 式場の扉の前にいる衛兵には既にティーガタの事はしらせてあり、ラパンが出たとなれば邪魔はされない。

 式場の扉を開けて中に入ると、中は大混乱だった。

 王族や貴族の護衛たちは、自分達の主人を守るために立ち位置を奪い合い、おしくらまんじゅうみたいになっている。

 その先、祭壇付近には伯爵とデュアリス、それにグレイスがいた。

 ラパンもか。


「ヴィヴィオビストロ公爵家に代々伝わる指輪はいただいた」


 ラパンの声が式場に響く。

 手には金と銀の指輪があった。

 銀の指輪はたぶん偽物だろうな。

 魔力を全く感じない。

 伯爵が結婚式のために用意したか、元々盗難防止やあまり格式の高くない行事の際に着けるための偽物として予め用意してあったかだろう。

 金の指輪の方は本物だろうな。

 そちらからは魔力を感じる。


「ここはラパン専属捜査官のティーガタにお任せを!」


 俺はそう叫ぶ。

 ティーガタはそれを確認して通話の水晶玉を起動した。

 そして、アスカも同じものを起動する。

 こちらはティーガタが持っていた予備だ。

 今は予備と通話する設定にしてある。

 ティーガタがもつ水晶玉が読み取った景色をアスカの持っている水晶玉が受信して映像を映し出す。

 それをアスカの魔法でさらに拡大して室内の上部に映し出す。


「それではみなさん、私からの結婚祝いです」


 ラパンがそういって指をパチンと鳴らすと、天井から大量の金貨が降ってきた。


「こちらの金貨、私が各地から盗み出したものなのですが、陛下にはこの親書で盗み出した場所をご報告いたします」


 今度は懐から手紙を取り出すと、国王に向かって投げた。

 その手紙は陛下の前にいる護衛の騎士によって陛下に届くのは防がれた。


「盗んだ場所は各地の神殿ですので、所有者は神殿長かもしれませんけどね」


 と付け加えたことで、法衣を着た偉そうな太った老人の顔に焦りが出るのがわかった。

 あれが神殿長だろうか。


「いかん!そんな賊が投げたものを陛下に近づけてはならん!」


 そう言って慌てて手紙へと走り寄る。

 しかし、陛下は騎士から手紙を受け取ってしまった。


「陛下、危険です!」


 そう叫ぶも、陛下は手を前に出してその発言を制止するように指示した。


「こんな場所まで忍び込んで、盗んだ金貨を差し出した者がどんなことを直訴してきたのか興味がある。朕を害そうと思えばとっくに出来ている状況でこれであれば、読むに値するものであろうな」


「陛下ぁ……」


 神殿長と思しき老人はがっくりと項垂れた。


 そちらのやりとりを眺めていたが、今は目の前のラパンだな。


「ティーガタ、俺がラパンを誘導するように追い込みます。ついて来て下さい」


「わかった。ラパン、縛につけ~」


 俺たちが追いかけ始めると、ラパンは逃げていく。

 その先は俺たちが見た魔法の扉の方向だ。

 迷いなく一直線にそちらに向かうし、俺もそれが不自然にならないように、彼女の前に回り込むようなことはしないようにしている。

 この辺は打ち合わせではないが、オーリスの話を最初から聞いている俺の推測で当たっているだろう。

 狙いは地下の鋳造現場。

 伯爵にとって一番価値のあるものはそれだ。


「いかん、フィガロ追え!追うんだ!」


 後ろからは伯爵の声が聞こえる。

 俺たちが生きているということは伯爵にも伝わっている。

 落下の罠もミスリルゴーレムも生き延び、彼の目の前に姿を現したことで、秘密を知られたことはわかっていると思うが、証拠もないとたかをくくっていたのか、襲撃は来なかった。

 しかし、ここにきて俺とティーガタが再び地下の鋳造現場に向かうとなると、伯爵はそれを止めなければならない。


「衛兵!半分はラパンを追わずにそのエルフを捕まえろ!ラパンの仲間だ!」


 伯爵はアスカにも狙いを定めたようだ。

 なんとしても映像を止めたいのだろう。

 しかし、そこにはオリハルコンの剣を持ったシルビアがいる。


「国王陛下よりいただいたご免状により我々はここにいる。その陛下の目の前でご免状破りをするというのなら、存分に相手になってやる!」


 シルビアが衛兵たちをしかりつける姿がこちらの水晶玉によって写し出される。

 衛兵たちは伯爵の方を見て、戸惑っている様子だ。

 これなら大丈夫かな。


 俺たちに追われるラパンは扉の前に到着すると、指輪を使って扉の鍵を開けた。

 そして、扉から地下に降りていく。

 俺たちもそれに続いた。

 俺は扉を通過してから、一度立ち止まって扉を閉める。

 そして、内側から魔法で鍵をかけた。

 こうすれば追ってくる衛兵はここでシャットアウトできる。


 それが終わって再びラパンを追いかける。

 前回落ちた罠は踏まないように通路の端を通り、どんどん地下に降りていくともう一つ扉が出てきた。

 こちらには鍵はかかっていない。

 ラパンが開けて中に飛び込む。

 俺も追いかけて中に入ると、この前見たようにゴブリンたちが作業をしている。

 ダークエルフと黒衣の男はその監視役だろう。

 作業をしてはおらず、ゴブリンたちを見ているだけだ。


「なんだここは!ラパンを追っていたら城の地下でゴブリンを発見してしまった。むっ、奴らが行っているのは金貨の鋳造ではないか」


 ティーガタの下手くそな演技を見ることになるが、これで式場には自分達の足元で何が行われているか伝わっただろう。


「侵入者か。秘密を知られたからには生かしてはおけん」


 黒衣の男が剣を抜く。


「俺たちがどうなろうとも、今日の結婚式の来客たちにはその水晶玉を通じて全部ばれてますけどね」


 とティーガタの水晶玉を指差すと、黒衣の男は動じないが、ダークエルフの女は狼狽えた。


「オッティ、ここは帰還のスクロールで引こう」


「それでよいが、一つ確認してからだな」


 黒衣の男、オッティは俺の方を改めてみた。


「そいつの下手な演技は、最初からここで金貨の鋳造をしていたと知っていたわけだろうが、どうしてわかった?」


「ラパン対策のため城を下見しているときに、罠に引っ掛かって穴に落ちて、偶然ここを見つけたんですよ」


「いいや、もっと前から目星をつけていたんだろう?デュアリスといったか、あの姫がここの鍵と金貨を持ち出したのを手に入れたはずだ」


 その問いに頷く。


「ええ、聖女様が預かりそれを確認した結果、この城が怪しいとにらみました」


「金貨は本物と同じクオリティだったのだがな。いや、鋳造の許可が無いだけで全ては本物だ。それが怪しいと考える理由がわからん。俺の作った金貨は完璧だったはずだ」


「そう、完璧過ぎたから怪しいと思ったんですよ。ラパンに騙されて各地から盗んできた金貨を鑑定させられましたけど、すべての金貨が既定の下限値である20.0グラムで出来ている。こんなこと、エックスバーアール管理図を使えば異常だって気付くでしょう。捏造したデータ以外でこんな結果になるのは見たことがない」


 俺の返答にオッティはふっと笑った。


「製造コストを極限まで抑えるために、金の含有量を最低限で維持管理したが、それが裏目に出たわけか。しかし、品質管理という職種の連中はどこの世界でも良品を異常と言って認めないものだな。金型の摩耗を考慮して上限狙いで新規に立ち上げた製品も、中央値でなければ工程能力が未達になるとぬかす。それではメンテナンスの間隔が短くなり、競争力も落ちるというのにそれが理解できなかったりな」


「不良と異常は別物ですよ。不良となる前に予兆である異常を捉えるためのエックスバーアール管理図ですから。今回の金貨の出来映えについて直せというわけではありません。とったデータが異常を示していたとしても、それに正当な理由があるならば、不良に繋がらないのであればそれはそれでいいんですよ。今回だってスキルで20.0グラムを下回らないように制御出来ているんでしょうしね。ただ、これが通常の製法なら是正をするように指示しますけど」


 そこでオッティは驚く。

 そして俺の顔をまじまじと見てくる。


「この世界に来る前、全く同じ話をしたことがある。あの時俺と口論になった品質管理の名前はたしか。お前ひょっとして苅田か平塚じゃないか?」


 その言葉に今度は俺が驚いた。

 昔、新規立ち上がりの製品の工程能力を調査したときの台詞であり、相手が俺の前世の名前を口にしたからだ。

 となると、目の前の男は生産技術にいた水島か岡崎だ。

 岡崎はおとなしい性格だったし、たぶん水島の方だろう。


「苅田とか平塚って誰のことですか?俺の名前は違います」


 と、そこでティーガタが割ってはいってくる。


「ラパンの盗んだ金貨を鑑定していたというのは本当か?」


「はい。実は出発する直前にラパンから種明かしされて、ヴィヴィオビストロ公爵領で待っているといわれました」


「なんで黙っておった」


「騙されたのが恥ずかしくて言い出せなかったんですよ。ここで決着をつけるつもりでした」


 これは嘘だ。

 ただ、自分が最初から知っていたとすると問題なので、こういうことにしておいた。


「それに、あのオッティとかいう男を知っているのか」


「何度か命を狙われていますね。聖女様を暗殺するために王都の神殿に雇われたって言ってました」


「それは本当か!?」


「はい」


 この映像が式場に流れているので、国王やその他貴族にも伝わったことだろう。

 どう転ぶかはわからないけど。


「オッティ!」


 ダークエルフに呼ばれてオッティは後ろを振り向く。


「喋りすぎたようだな。帰るか」


 そういうと、二人は帰還のスクロールを使ってどこかへと消えた。

 残されたゴブリンは困惑する。

 俺はゴブリンたちを倒していくが、その最中にラパンは床の鉄格子をあけて、更に下にある水路へと逃げていった。


「アルト、ラパンを追うぞ」


「待ってください、ティーガタ。ゴブリンを取り逃すのも問題です」


「それはそうだが……」


 結局ゴブリンを倒しているうちにラパンを見失ってしまい、俺とティーガタは式場へと戻る事になった。

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