第18話 スクールデイズ

「事態は深刻である」

 眉間にシワを寄せて唸ったのは、久留岐貴弘だ。

「ああ、わかっている。対象の監視を続行する」

 監視対象がいると確定したその場所を見下ろすため、ベストポジョンとおぼしき校舎の二階の隅を陣取った。

 右に同じく血眼になって“対象”とやらを直視しているのは櫻井颯人。そして後ろから着いてきただけの根岸大智。

 本来プール開きは数ヶ月先なのに、颯人らの通う高校のプールはいつでも使用可能な状態になっていた。ひょっとしたらいつもより綺麗になっているかもしれない。それには理由がある。

 土曜日の午後から某飲料メーカーのCM撮影があり、飛び込み台付きプールがある高校としてこの場所が選ばれたからなのだ。

 しかし、貴弘と颯人が血眼になっているのは単なるCM撮影だからではない。

「キタッみろあそこ!」

 貴弘が興奮を抑えられず、唾を散らして窓の外を指差す。

「おおおおお!みひろちゃん!」

 二人の男子高校生はプールサイドに現れた女子を見つけて甲高い歓声を上げた。

 “みひろちゃん”とは、このCMに起用された『高校生美少女コンテスト準優勝』の白河みひろで、この野獣男子たちのお目当ての女優である。

 撮影班が照明機材や音響機材と合わせてプールサイドに出演者がぞろぞろと現れ、それぞれに「よろしくお願いしまーす」と挨拶を交わしている。

「んあダメだ、可愛さが手に負えない」

「今日ばかりは激しく同意するぜ…」

 瞬きも忘れて一挙一動を目で追っていると、貴弘が唐突に神妙な顔つきで颯人を見据えて耳打ちする。

「あそこにみひろちゃんの潤沢な生足があるじゃろ?」

「お、おぉ…?」

「あの数センチ上には芳醇で香しいみひろちゃんのパンティがあるわけだ」

「ほお?」

「もらってくる」

「ちょっとまてい!」

 非常口の棒人間みたくダッシュしそうな貴弘の腕を掴むと全力で引っ張り、その反作用に任せて見事なスピンを決めてイナバウアーの姿勢になりながら、

「颯人、止めてくれるなっ!今の俺は、貴様の屍だって越えていける」

 アチョー!とカンフーのようなポーズを取る貴弘に、颯人は冷静に返答する。

「越えちゃいけん一線もあるだろ」

「バカ言うな友よ!この先みひろちゃんと同じ空間でパンティ・スゥゥーハァーできる機会なんてないんだぞ!俺はな、みひろちゃんのパンティさえあればこの先一億と二千年だってオカズには困らない!!」

「まあよくそんな下品なことを恥ずかしげもなく言えたもんだな…」

「是非とも合体したい」

「お前にはプライドってもんがないの?!」

 二人のコントを側で見ていた根岸も、呆れを通り越して苦笑いになっている。

 男三人とは対照的にプールサイドの撮影班からは爽やかな談笑が校舎の壁に弾けてこだましていた。

「やっぱさあ、ンもっと近くでみたいよなあ~、一階行こうぜ~ねえねえ」

 諦めの悪い貴弘に根岸は思い出したように答える。

「一階って通行禁止だとか張り紙されてなかった?撮影だからとかなんとか」

 そういえばそうだったと貴弘も頭に情景を浮かべたが、何かを閃いたようにフレミング左手の法則を顔の前にやって、

「この俺に任せなさい」

 と自信満々に言って退けた。



*****



 どうしてこうなった。

 どうしてこうなった…?

「この未来は確定していたのだよ、櫻井氏」

 貴弘はこれまでに見たことのない凛々しい顔付きでそう言った。

 いま三人は、白河みひろの友達役としてCM撮影に参加している。

 プールサイドで簡単な演技指導を受け、ふんふんと聞いているフリをしながら白河みひろの限りなく少ない露出された部分を目に焼き付けていた。

「俺アスコルビン酸になってみひろちゃんの匂いだけ抽出したい。塩素系女子もええけど」

 アホなことを言っている貴弘の熱視線を顔ごと監督へ向き直した。

 当初、このCM撮影の台本は「女の子のみでのプール撮影 青春編」ということだったが、監督がしっくりこなかったため「三バカトリオな男子が欲しい」と唐突に言い始め、そこに何の策も講じず「みひろちゅわぁ~~ん!!!」と突貫した貴弘と、それを追いかけた颯人と根岸の【三バカトリオ】が見事に起用されてしまうミラクルを起してしまった。

 結局『任せなさい』と言った貴弘は何の策もなく、強行突破しただけだったのだ。


 程無くして撮影は無事終了し、記念に写真でもと優しいスタッフさんが声をかけてくれたことにより、二人のボルテージは最高潮に達した。

「神を信じますか?颯人きゅん」

「信じますとも!貴弘きゅん」

二人のガッツポーズを傍目に、根岸くんは「あとで先生に怒られないかなぁ~」と心配そうである。

 全体写真を撮るために整列したものの、瞬きする毎に瞬間移動していく貴弘を捕まえては戻し、みひろちゃんに危害が及ばぬよう努めるのが精一杯であった。


 そうなのだ。事件は前触れもなく起こる。


 スタッフが映像確認している最中、その横で暇そうにしていた白河みひろはマネージャーらしき女性を呼び、

「タバタバ~!ゆーな様の音楽流して~」と言った。

どうやら撮影時のルーティンのようだ。

「みひろ様が異界送りの儀式を始めるぞ、刮目せよ!」

 貴弘は颯人と根岸を肘で小突き、見ろ見ろと即した。三バカトリオはスタッフからなんの指示もなかったので、みひろと反対側のプールサイドで周りをキョロキョロと見回していたのである。

 タバタバと呼ばれたマネージャーは細縁メガネをくいと上げて「皆さんの迷惑を考えなさい」と言ってるその腕に、既に大きなスピーカーを抱えていた。

「もうちょっと小型のもんあるやろに…」

思わず颯人も突っ込んでしまった。

「大きさではない。おっぱいは曲線美のほうが重要」

「なるほど。誰もマネージャーのおっぱいについて話してないぞ」

 アホの貴弘を尻目に、みひろはケータイを操作して音楽を流し始めた。

「あっ…」

 やはりそうだったか。

 颯人はもしかして、と予想はしていた。

 ゆーな様とは中学二年生のコンポタ大好きっ娘、由衣のことだった。

 身内と知ってしまえば特段珍しいわけでもなく、業界関係者のような気持ちで由衣と接している。由衣から箝口令を敷かれているものの、世間話程度に貴弘には話してしまった。

 みひろはyu→naの歌を口ずさみ、動画と同じアングルを再現するように立ち上がって、クルクルとスカートをはためかせた。

 口ずさむ程度ではあったが、みひろの歌声もなかなかのものである。スピーカーから流れる由衣の声とシンクロするような、ツインボーカルのような声を響かせた。

 曲の間奏に入ると「ゆーな様サイコー!会いたい~!」と叫んだ。


 その時、貴弘が動いた。


 迂闊だった…。

 この変態紳士は下心に忠実だ。手段を選ばないのは以前から知っていることだったのに。

 貴弘は超高速でカッターシャツを脱いでそれをプールに投げたと思ったら、水面に着くか否かでその上を走って(!)対岸へ渡ったのである。

「アイツ人間か?!」

 一瞬の出来事で誰もが硬直していたが、水面走りを当たり前のようにした貴弘は、清々しい顔でみひろの側に立った。

 そしてとんでもないことを口にした。

「みひろさん。ヴォクはゆーなのマネージャーをしているものです」



*****



「お前絶対コロス」

 それはもう、颯人は激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームである。

「反省はしても、後悔するな…!」

「修造か!」

「でも聞いてくれ!ゆーなに会わせたら、みひろちゃん生パンティくれるって言ったんだぞ!」

「生だろうが揚だろうが、おま…そこは友達として守るだろ普通」

 突然の急展開に、颯人は三咲さんに連絡して迎えにきてもらった。貴弘は全身ずぶ濡れになっていたので、着替え用に颯人の洋服とバスタオル二枚持ってきたら、何故かバスタオル二枚だけを裸体にインド人よろしく巻き付けて、満足そうにしていた。

 そして後部座席に座った二人の、車内での会話である。

「貴弘くん?」

 三咲さんは青い二人の会話に割って入った。

「後ろから付いてきてる車が、その…白河さんって子とマネージャーさん?」

「そうです!美人なマッマ!」

 颯人の裏拳を顔面に食らいながらも爽やかに答える。

 三咲は「大事ではないけれど、由衣の気持ちは組んで欲しいかな」と嗜めた。

「ごめんなさい!美人なマッマ!」

 二度目の裏拳を食らってもなお、貴弘は不死身である。


 さて、この問題児の一言によって事態は急変した。

 まず何よりヤバかったのは白河みひろだった。貴弘へ馬乗りになって胸ぐらを掴んだままガンガン振りまくり「本当?!本当なの?!ねえ!!」と、まるで浮気を問い詰めるヤンデレ彼女のように豹変した。

 貴弘はそれはそれはもう幸せそうに「下半身の虎が目覚めちゃう~」と、こちらも正気ではなかった。

 みひろのマネージャーはその様子に眼鏡を曇らせ顔を赤らめた。やはりこの人も普通ではなかった。

 ヤンデレ化としたみひろは貴弘の提示してくる条件を即座にYesと言い「ゆーなに会わせたら僕とセックs」と言い終わる前に颯人に蹴り飛ばされ、欲望と共にプールへ沈んでいった。

 撮影自体は終わっていたので支障はなかったが、後の打ち上げには行かずに直行でみさきやへ来ることになったのだ。

 由衣にはひとまず連絡はしておいた。声を思聞く限り、怒ったり動揺している様子は無かったが、芸能人の来客に洋服がないと嘆いていた。案外ノリノリである。


 土曜日ということもあり、旅館兼自宅に着いた三咲は、みひろらに軽く会釈をすると足早に階段を駆けていく。

「お母さん、すごく綺麗な人だね」

車から降りてきた白河みひろは開口一番そう言った。

「う、うん。まあ。…とりあえずここだとなんだから、部屋行きましょう」

「ラブホか」

「コロスぞ貴弘」

颯人が貴弘の尻を蹴飛ばして早く行けと急かす。

「ああん!優しくシてください~」

「いいから行けって!」

ちらっとマネージャーを見ると、口元がニヤけまたも眼鏡が曇っていた。

 四人で階段を上がろうとしたら、チリンチリンと自転車のベルが後ろから聞こえてくる。

「よいっしょー」

 駐車場へ入る前、短めのちょっと急勾配な上り坂がある。そこを立ち漕ぎで登りきったところで、四人を見つけた由衣がベルを鳴らしきたようだ。ダボダボのパーカーを着たゆるめの軽装で、前カゴには何か買ってきたのか袋が入っている。

「やほやほ~!アイス買ってきた」

 駐輪場に自転車を停めて、ポニーテールの乱れを直し、由衣は買ってきた中身を颯人へ見せにきた。

「そこは茶菓子とかじゃないん?」

「なかった!その代わりアイス全種類一つづつ買ってきたよーん」

二人の会話をみひろとマネージャーは黙って見ている。妹さんとの仲睦まじい光景と思っているからだ。

「妹さん?はじめまして、白河みひろです」

と、テレビ用な笑顔で挨拶をする。

「わー!本物?芸能人だ、すごー!」

 中学二年生にしては、少々デキが良くなかったかもしれん。

「な、なあ。ちょっと…」

 颯人は由衣に耳打ちする。ゴニョゴニョと説明して、それを聞いた由衣は梅干しみたいな顔をした。

「え~、ちょっとだけね」

 エントランスで足止めされているみひろもマネージャーも不思議そうに由衣を見た。

 みひろ的には早くyu→na様に会いたいが、最大限に自制している。そして貴弘は唐突に由衣が現れたことで出番が無くなった。

 由衣は三人に背を向けると、ポニーテールの黒ゴムをすこっと取って艶のある黒髪を靡かせた。

「えっ?えっ?うそでしょ?え???」

 やっとみひろの脳内でそのシルエットが一致した。だがそれでも、現実とのギャップが大きすぎて確信できずにいた。

 次にパーカーを脱いで黒いオフショルワンピースをみせ、あの歌を軽く口ずさんだ。

「あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あいやあああヤバい死ぬヤバすぎる尊い死ぬ!」

 白河みひろの絶叫。

 美少女高校生の面影は木っ端微塵である。

「年下?ヤバいヤバいヤバすぎじゃろ!?ぶちかわいすぎるなにこれ萌百景?背高くない?脚長すぎだってマジヤバすぎじゃて!好き抱く!」

 そこへ今かとばかりに貴弘がしゃしゃり出た。

「みひろさん!約束は果たした!生の染みパンティくれください!!」

「どけ見えん邪魔だァ!!!!」

 三度目の裏拳をみひろ嬢から頂いた。

貴弘は嬉しそうに「ぐは!ご褒美ィ~」と言いながら倒れた。そのままカサコソと背中で這いより、みひろ嬢のスカートの中を拝もうとして顔面をガスガス踏まれ、ゴキブリは遂に駆逐された。



*****



 本当に大変だったのはその後だった。

 みひろは広島出身の乙女座16歳、今年高校二年生で東京在住、学業傍ら芸能活動をしている。

 驚いたことに、芸能界入りの動機が「yu→na様に会いたいから」という理由だけだったことだ。超筋金入りの信者である。

 有名になればいつか番組などで共演できるのではないか、逆にオファーが来るかも?と安直に考えていた。だからと言って仕事を手抜きしているわけではないが、yu→na様改め由衣と出会えたことで、芸能活動はもう必要ないと感じてしまった。

 そもそも事務所はyu→na好きを公表させてくれなかった。 受注できる仕事の幅が狭くなる可能性を案じてのことだったが、本人にとっては「やりたいことを応援してくれない、全て言いなり」と、思春期の女子高生相手に縛りを強くしすぎた側面は否めない。

 大人にとっての一年と、学生にとっての一年は大きく違う。

 そして「個性を大切に」と言いながら、大人たちが許容できる範囲の「個性」というラベルを貼りたがる。貼られたラベルで「キミはすごい!成功者だ!」と褒め称えれば、主体性のない操り人形の完成となる。

 かつて由衣自身もいくつかのレーベルからCDデビューのオファーがあった。

『yu→naとして、自分が好きな歌を唄いたい。何かに縛られて唄うのは嫌だ』と全て断っていた。

 心のどこかで、そんな自由な歌姫に憧れていたのかもしれない。

     

「お仕事辞めてこっちに転校する」

 若さ故の即決と言われるかも知れない。

 マネージャーこと雨音束咲は、それを聞いても特に驚かなかった。寧ろ興奮した。

 約一年前。

 雨音は白河みひろのマネージャーを自ら引き受けた。とてつもなく自分好みの女の子だったからだ。可愛くてしかたなかった。自分が「白河みひろに一番近くて、最も遠いファン」と思って仕事をしていた。

 会社の方針が本人の意向に沿わないだろうなと雨音は気付いていたが、できる限りみひろの気持ちに寄り添うケアをしていこうと、そう考えるだけで興奮した。いかんいかん、推し活癖が出て眼鏡が曇ってしまう。

 推しが仕事を辞めるなら私も辞めよう。

 一蓮托生というやつだ。

 この二人が結託したことで電撃引退は大成功。

 しかし事務所が激怒し、とんでもない賠償金を請求される。

 そこに現れたのが櫻井由衣である。

 由衣はお金に対して欲というものがない。年齢的なこともあるが、母親が管理している自身の通帳すら興味がないのだ。自分がサラリーマン生涯年収の五倍は軽く稼いでいることなど知るはずもない。

「おっけー、私が払う」

yu→na様ともなれば動画収益で一括払いである。もちろん三咲に相談の上ではあるが、自分の稼ぎをどう決断して使うかは本人に委ねる方針だ。

 


「ここで働かせてください!」

 みひろは【みさきや】で働かせて欲しいと懇願する。

「ここに名前を書きな!あと住所と電話番号」

由衣が体操服姿で受付に立ち、宿泊者がチェックイン時に書くお客様カードをバンと置いて書かせる。

「白河みひろと言うのかい。贅沢な名前だねえ~。いいかい、今日からお前の名前は『みー』だ!わかったら返事しな!」

「ミィー!ミィー!」

「いやそれ猫やきん。『はい!』でしょ普通」

 由衣は不満そうに目を細めた。

 日曜日のチェックアウトが済んで、お客さんが誰も居なくなった時に茶番劇が始まる。

「ほらほら仔猫ちゃん~、客室清掃のお時間ですよ~」

 この時間めがけて車通勤してきた、雨音束咲である。すれ違い様に脇腹をツンと刺されて、みひろはギョエっと妙な声を出した。

 雨音はレアな奇声にまたも興奮した。


 由衣が二人の援助をしたことでみひろは無事転校し、みさきやで住み込みバイトを始めた。

 学校では颯人と別のクラスになり、貴弘は未だに虎視眈々と下着を狙っている。

 雨音束咲は住込みはせず、近くでアパートを借りることにした。いずれ余裕ができれば広めのアパートに引っ越して、みひろとシェアハウス的な感じにしようと考えているようだ。



*****



「この辺って、なんかパワースポットだったりする?」

 学校が終わると雨音がみひろを迎えに行き、一足早く帰宅して仲居業務の支度をする。

 蒔糊紙散らし柄の入った朱色の茶衣着が板についてきた白河みひろは、フロントの外にある中庭付近の掃き掃除をしながら、それより一時間は帰宅の遅い颯人にそんなことを聞いた。

「いやあ…?マイナスイオン溢れる大自然ってだけじゃないか?」

 颯人は白河みひろに対して、当初のような熱い感情は無くなっていた。妹たちと同じような調子で答える。

 テレビや雑誌に映るみひろはキラキラして、手の届かない美少女だからこそ滾るものもあったが、こうして仲居さんの格好をして実務をこなしていると、友達以上の感情が湧かなくなってしまったのだ。

「そうなんだ。最初ここに来たときなんか感じたんじゃけどなあ~。今も感じるけど」

 みさきやの建物一帯に何かを感じると、広島弁を挟んでは箒で枯れ葉を集めた。

 ゴロゴロ…と、遠くで雷雲が鳴る。少し雲行きが怪しい。

「今夜から明日一日って雷雨でしょ、そんなにキレイにしなくていいんじゃないの?」

 黒い雨雲を指差し、颯人は切り上げるように提案した。

 丁度その時、三咲が表に出てきて

「今日のお客様キャンセルになっちゃった」

と告げた。隣町が豪雨に伴い、周辺の河川を含む道が封鎖されたらしい。思ったより雨雲は近くまで来ているようだ。

「今日は閉めるから、着替えてご飯にしましょ」と三咲は言った。

 

 颯人、香奈、由衣とみひろ、三咲の五人は、フロント前にある応接間風の場所でご飯を食べた。ここには大型のテレビがあるのとクッション性に優れたソファーがあるので、みんなもわりと好んで座る場所となっている。

 程なくして、どかっとバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。車のワイパーが無意味になりそうなほどだ。

 打ち付ける強風と滝のような雨の中、誰もいないはずの中庭から、小走りな音が聞こえた。

 この豪雨で音は搔き消されていたが、確かな振動が近づいている。

 その人がフロント前の扉を開けると、一同はびっくりしてその人のほうへ目を向けた。

「あなた!」


 三咲は立ち上がり、持っていた湯飲みを手から滑らせた。

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