第2話 点と点を結ぶもの

 「ただいま~」


 我が家であると同時に旅館の【みさきや】に到着したのは、死亡宣告をされて2時間後だった。

 みさきやは義母である三咲さんの母親の代から引き継がれ、改装に改装を重ねて現在の形になったらしい。

 先代が経営していた当初は小さな民宿からはじめたそうで、この建物が山の傾斜に建てられていることもあり、構造上やたらと階段が多いのが難点といえる。

 どれだけ多いかというと、例えば俺たちが学校から帰って自転車を置くのは正面玄関の左側だが(施錠は必要ない)、玄関から入って10メートル四方のエントランスを越え、次に階段を13段上がり左に10段、突き当たると左右に通路が伸びているが左側へ進めば新館と呼ばれる10部屋のわりと新しい和室がある。

 逆に右側後方上への石畳を18段ほど上るとフロントがある1階の高さへ来る。

 さらにフロントのある本館まで10メートルほど直進し、その間には中庭があって三咲さんの趣味でもあるガーデニングが四季折々の花を咲かせる。

 お客さんのほとんどはこの風景に圧倒されてすごいすごいと写真を撮っている姿をよく見かける。

 正面玄関である下から見ればこの中庭は2階に見えて、通路からみると右側にガーデニング、そして左側には古き日本家屋である茅葺き(かやぶき)屋根を補修して瓦をつけた風情のある和室がある。

 ここは客室としては使われず、主にVIPなお客様が食事をする場所だと三咲さんは言っていた。

 その家屋は縁側もついているので、喫煙者は好んでこの場所に座りガーデニングと壮大な自然を見ながら、日々の疲れを癒している光景をよくみた。

 さて、フロントのあるフロアはこのガーデニングエリアの先にあるわけだが、このフロントのある建物は2階建てになっており玄関からみればこの2階は実質3階建ての高さになる。

 このように山の傾斜に建物を建てるとどうしても階段が多くなり、場違いなお客の中には『エレベーターはないのか!』などという輩もいる。

 しかしそれをいうなら姫路城にエレベーターがあったらどう思うのか?という場外議論になりそうな疑問をそいつに言ってやりたい。

 もうひとつ、この旅館の場所には面白いものがある。

 烏鵲石うじゃくいしと言われる、黒っぽい青緑色の石である。

 旅館がすっぽり収まってしまうような一枚岩の鉱石で、曾祖母の頃に基礎工場をしようと採掘したが重機が尽く壊れたそうで、それをかわして基礎を造らなければいけなかったという、珍妙な石である。

 ツルハシでもハンマーでも傷一つ付かないことから、椎名家では炊事場やフロントに「護り石」として拳大の石が奉られている。


 櫻井三咲は義母であるが故に未だに『お母さん』とは呼べない。たぶん恥ずかしさ…なのかもしれない。

 ただ、当の三咲さんは「別に無理してお母さんって呼ばなくてもいいわよ。法律的にも書類上的にも母親には変わりないけど、産みの母親ってわけじゃないからね、好きなように呼べばいいわ」と実に簡潔に理解を示してくれている。


 三咲さんは容姿端麗で語学も堪能だ。

 俺の知る限り英語、スペイン語、中国語、韓国語、フランス語を話しているところを見たことはある。

 昔、海外の多国籍な環境で働いてたのよね~と言っていたからもしかしたらもっと話せるのかもしれない。

 その甲斐もあって【みさきや】は外国人旅行者が非常に多く、さらには周辺に宿泊施設がないことも相まって連日繁盛している。

 1泊2食付きの価格帯としては決して安くないため、低価格思考の客層は予め排除している仕組みだ。

 そのため日本人の客層もそれなりに質がよく、必ずどこかで聞いたことのあるような大企業の社長や重役クラスが泊まりにくる。

 最近ちょくちょく耳にする名前は高城透である。

 大手ゲーム会社SanyInteractiveEntertainment(サニーインタラクティブエンタテインメント)の副社長で、何故おぼえているかというと、男子ならみんな遊んでるplayerStation(プレイヤーステーション)のパッケージソフトウェア会社だからであった。

 以前話しかけられた時に思わずそのゲームの大ファンだと興奮して言ってしまったものだから、それからというもの高城は『発売前のソフトなんだけど、最終テスターとして遊んでみてくれないかい?』と、テスターを建前にゲームソフトをくれるようになった。

 ぶっちゃけ月1で泊まりにくる高城の手土産は俺個人的に『毎月クリスマス☆』くらいの楽しみだった。

 もちろん高城は三咲さんや麻衣、香奈、由衣にも抜け目のない采配でお土産を配ることを忘れていない。

 これぞ大人の男、金のチカラというものだと心底感心しては尊敬の眼差しを向ける俺であった…。


****


 櫻井家には俺以外に麻衣、香奈、由衣の3人娘がいるが、麻衣は俺と同じ年齢で学年も同じ高校2年生、香奈は次女で年子の高校1年生、そして由衣は三女の中学2年生だ。

 この3人を年の順に整列させたら、麻衣が最も小さく次いで香奈、なんと中学2年の由衣がもっとも長身なのだ。

 俺が175センチあるのだが、由衣は来年辺り並ぶんじゃないかとひやひやしている。

 年頃の娘のいる中に、これまた年頃の男子ともなると同じクラスの男子、久留岐貴弘くるぎたかひろあたりが『姉妹ハーレムちゅっちゅ☆ですね!』とか妄想垂れ流すのだが、少なくとも小学生まではこの旅館の露天風呂に全員素っ裸で入っていた。

 中学生になってからは麻衣が身体的な成長から自重するようになり、次いで香奈も特に理由なく姉の真似をして自重した。

 ただ、由衣に関してはそういうところは無関心なのか、いまでさえ「兄ちゃん一緒に入ろう!」などと無邪気に誘ってくる。

 見た目でいうならば1番三咲さんに似ているのは由衣だ。

 モデル体型だし将来確実に美人になる、というか今現在でさえ中学2年とは思えない容姿なのだから、言動の稚拙さを差し引いてもイイ線いってる。

 次女の香奈は要領がいい。姉の麻衣から正攻法を見つけ、由衣の失敗を見て学ぶという典型的な次女タイプだ。

 そのせいか客受けもよく、また頭の回転も早いので会話のやり取りが麻衣よりスムーズで、三咲さんの後釜はひょっとしたらこの子じゃないだろうかと内心思ってたりする。

 正義感が強く、間違ったことには強く反発する。いささか沸点が低いのはご愛嬌。

 麻衣は母親から『繊細さ』と『忍耐力』『責任感』を色濃く受け継いでいる。母親の要請なくても学校が終われば旅館の手伝いは進んでするし、料理の腕もかなりのものらしい。

 元々器用ではないので、努力を積み重ねて必ず成果を出すタイプだった。

 学校でも同じクラスだが、先人を切るタイプではなく『縁の下の力持ち』タイプで、それでも引っ込み思案なほうではなかったから誰からも愛される人柄であることは間違いなかった。

 この3人姉妹を全員合わせたのが三咲さんで、絶妙な加減で『三つに裂(咲)けた』のがこの三姉妹ということになる。


****


 またこの夢を見た。

 忘れた頃に、記憶を掘り起こすように見る夢。

 幼少期に初めて受けた衝撃的な天災だったからだろうか。

 …本当に初めて、だったのだろうか?


 かれこれ10年以上も前、俺が小学生低学年だったころ、日本はおろか世界も注目した南海トラフ巨大地震が起こった。

 実際は予想の遥か上をいく超巨大地震となったわけだが、明朝4時過ぎの真冬に発生した超巨大地震は西日本に壊滅的な打撃を与え、四国沿岸や紀伊半島のみならず太平洋に面したすべての地域に超巨大津波を発生させ、M9クラスの地震が幾重にも重なったことにより、スクラップ&ビルドと言われた日本もこれまでか…と世界から揶揄されるほどの打撃を被った。

 当時、二神颯人ふたがみはやとという名前だった俺は、この超巨大地震発生前に目を覚ました。時間にして10秒前だろうか。

 現在の住まいである【みさきや】と、丁度対岸に面した山の斜面の中腹にあった二神家は、この立地故に生死を分けたと言ってもよかった。

 碓氷神社は二神家と同じ山の傾斜にあったが、こちらより上流側の少し高い場所にあった。

 俺はなんともいえない胸騒ぎがして、窓へ歩み寄った。

 真冬の午前4時過ぎ、それは田舎であれば街の灯りなどないので漆黒の闇に近いはず…だった。

 ところが一瞬夕方かと勘違いするほどの、まばゆいオレンジ色に空が染まっていた。


 そして地震が起こった。


 実際の大きな揺れは10分以上、断続的に起こっていた。

 しかし俺は『その場に居なかった』

 当時は全く説明のしようもなく、自分の身に何が起きているのか本当にわからなかった。

 あれからの月日が、これまでの知識が、ようやく解を導き出せるに至った。

 これは想像では書けない、実際体感した者しか伝えられない記述だ。


 俺は地震発生直後、高速で上昇するエレベーター内に似た感覚に包まれる。

 肌を軽く圧迫されるような気圧の違いを感じた。

 そして最も変化があったのは『部屋にいたのに部屋ではない、その場所なのに微妙に違ったような場所に浮いていた』ことだ。

 分かりやすく伝えるなら『切り取られた空間に立っていた』という表現が正しいのかもしれない。

 その時はただただ茫然として、地震が起こり土砂崩れに巻き込まれ家が流されているハズの空間に自分が『存在していない』ことすら気づかなかった。

 突如、激しい雷鳴のような形容し難い爆音が鳴り響き、視界が雲の中にいるように遮られ―――視界が戻った時には、俺は流された家のあとの泥の上に立っていた。


そこへ1番に駆けつけてくれたのが、泥だらけになった三咲さんだった。


そしてまた俺は目覚める。

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