立ち絵が綺麗な君が立体になったのだから美しいに決まっている
城崎
話
「おい。さっきから私を見て、どうしたんだ?」
俺の嫁、という言葉がある。一般的には、男性が自らの配偶者を指す時に使う言葉だ。しかし、インターネット上やオタクの間では、お気に入りのキャラクターを指す言葉としても使われている。
「な、なんだこの四角……。きらきらと光って、音が鳴っている」
かく言う俺の嫁は、とあるゲームに登場する騎士だ。初登場時、画面いっぱいに広がったカットイン。ボタンも押さずにそれを眺めていると、愛と言うものの末端を理解したような気がした。愛とは、俺が一目で惚れ込んでしまった彼自身なのだと。
「鳴り止んだ? ……なんなんだ、一体」
彼と言ったのは間違えではない。俺の嫁は男である。そんな趣味はないはずなのだが、奪われてしまった心は、未だ取り戻せないまま。普段ならば興味の湧かないグッズや関連書籍も、彼が出ているのならばと思い購入した。多分それは、多くの人がしていることだろう。その程度と言ってしまえばそこまでだ。それでも、彼を模したストラップを始めて手にした時の胸の高鳴りは忘れもしない。あれにはもう、一種の感動と興奮を覚えた。
「何か、私の顔に付いているのか?」
それらを眺め、次元という壁の向こうにいる彼に思いを馳せる。ゲームクリア特典のギャラリーを開いて聞く彼の声。触れることは出来ないけれど、それで十分だと思っていた。
「寝ているわけでは、ないよな?」
だから俺はこの現実を受け入れないし、そもそも現実だと信じる気もない。あり得るはずが無いのだ。最愛の嫁が、現実にいるだなんて。俺の部屋で座っているなんてこと、信じろという方がおかしい。
「キサマ、聞こえているのか」
だが同時に、少しばかりそれを受け入れてしまってもいる。目を引くような赤いショートカットの髪。こちらを覗き込んでくる大きな灰色の目。白く透き通った肌。黒を基調とし、金色でボタンなどの装飾がなされた軍服。現実でも美しい彼を見つめ続けて、かなりの時間が経過してしまった。
「何か反応をしろ! 何なんだ、キサマは!」
呆気にとられている俺を見兼ねた彼が、声を荒げる。確かに、ここは俺としてもハッキリさせなければならない。そう決心して、震える口をゆっくりと開いた。
「その、アンタは……シャルジュか?」
その問いに、不機嫌の塊とも言えた顔が変化する。いつの間にやら、何処かから気品を調達した彼は、微かに笑みを浮かべながら立ち上がった。
「いかにも。私の名はシャルジュ。サヴァレーン王国軍司令官だ!」
仁王立ちで、ビシッと音でも付きそうな決めポーズ。何故かわからない、自信たっぷりな笑顔。それはまさに、心奪われるキッカケとなった初登場時のカットインそのもの。役職は、ゲーム終了時のものだ。なるほど。彼を本物だと理解するのと同時に、俺の中の何かが切れた。
「……ああ、もう」
小さく呟いて立ち上がり、彼の手を握りしめる。その手は艶やかで、やけにひんやりしていた。それは、熱くなる俺の体温を奪って同調していく。
「なんだ。もしかして、私のファンか?」
さっきの名乗りにも増して輝き始めた彼。こんなにも彼は輝くのかと惚れ惚れしつつ、全力で首を縦に振る。
「なかなか良い趣味を持っているじゃないか。キサマ、名前は何と言うんだ?」
「中尾智久。……智久だ、うん」
彼の世界には、苗字と言う概念が無い事を思い出して言い直した。どうせなら、名前で呼ばれたい。
「なるほど、トモヒサか」
確認するように繰り返されるそれに、また一つ俺の中で何かが切れた。
「ところでトモヒサ。ここは何処なんだ?」
そんな俺の心中を知らない彼は、辺りを見回し始める。
「見たことのないものばかりで、少なくともサヴァレーン王国ではないことは分かる。しかし、私は国に帰らなければならないのだ」
帰してやりたいのは山々なのだが、お生憎と今のところは全て神のみぞ知る、だ。それでも、補足はしておく。
「ここは日本。地球っていう星にある一つの国だ。シャルジュ達の国は、残念ながらこの世界にはない、かな」
そうか、と切なそうな顔をしているが、別段困惑している様子はない。異世界では、別世界へ飛ばされるなんてことは日常茶飯事なのだろうかなどと感心していたところで、彼の表情は一転した。
「ならば何故、キサマは私の名を」
何とも聡明な彼である。疑いを隠さない顔は新鮮で唆られるが、この世界では彼らの物語がゲームになっているなどと、どうやって説明すればいいというのか。しかし、数秒後。俺は至ってシンプルな答えを出した。
「好きだから」
「はぁ?」
間の抜けた声が響く。こんな答えは、予想も出来なかったはずだ。驚くのも無理はない。しかし、異世界には驚かないのに、同性に好かれるのは驚くべきことなのか。基準がよく分からない。
「わ、私にそんな趣味はないぞ」
言いながら、握っていた手も離される。それを惜しみつつも、主張しておくことは忘れない。
「俺だってないよ」
彼の目は明らかに意味が分からないとでも言いたげだ。
「でも、シャルジュ。アンタだけは別だ」
更に頭を疑問符でいっぱいにしているだろうシャルジュに構わず、俺は彼に抱きついた。
「なっ、何をする!」
困惑して、やめろと言いながら引き離そうとする華奢な腕の抵抗は、意味を成さない。申し訳ないが、本能には抗えないのだ。
「俺はアンタを知っている。この世界には、アンタ達の物語が記録として残っている。それを見て、俺の世界は輝いたんだ」
シャルジュのことばかりを好きだと言ってきたが、もちろん作品自体も大好きである。始めてそれをプレイして俺は、そのエンディングに涙したくらいだ。物語自体は明るく、主人公達の顔も晴れやかで、円満な終わり方ではあった。そうは言っても、その先に物語が繋がれることはない。ならば、彼らはこれからどうするのだろう。期待していたが、続編は出なかった。想像して補うことも考えたのだが、虚しさが胸を埋め尽くす。大好きだからこそ、彼らの物語がきちんとした形でもう二度と繋がれないことが、とてつもなく辛かったのだ。
「シャルジュ」
しかし、今目の前でピクリと肩を揺らす彼は、物語が繋がってきた証である。ゲームクリア後の世界は、どんな風に変わっていったのか。色々と聞きたいことはあっても、相手が相手である。最初に伝えるのは、ずっと想ってきたこと。
「俺には、アンタがどうしてここにいるかも、どうやって帰せばいいのかも分からない。でも俺は、アンタを初めて見た時から、ずっと好きだった。美しくて仕方がなかった。ずっとずっと……触れたかった」
熱っぽく発されたその想いに、思わず自分が驚いている。彼も驚いたのか、それとも引いているのか何なのかで抵抗を止め、大人しくなってしまった。見れば、顔を真っ赤にして、目をパチクリとさせているではないか。
「アンタは女か」
いくらなんでも可愛すぎるだろう。俺の言葉に、彼は全力で首を横に振り出した。
「わ、私が可愛いだのなんだの。しょっ、初対面で、しかも男に言うことじゃないだろう!?」
声が上ずってしまうくらいには動揺したらしい。そうは言っても、彼の言ったことはごもっともな話なのである。俺だって彼の事をまだ全然知らないのは明らかだし、彼は俺の事なんて全く知らないのだ。しかし、それは現実だろうと異世界だろうと変わりはしないのである。そこまで問題ではない。
理由はともあれ、彼は今、この世界に存在している。その美しい姿のまま、俺の目の前にいるのだ。そして、触れることすらも叶ったのならば。より大きな欲が渦巻き始める。
彼を、本当に俺の嫁にしたくなった。
「ねぇ、シャルジュ」
「なんだ」
照れを隠すように、不機嫌ではあるがこちらに言葉を返す彼に、俺は笑顔で言い放つ。
「俺の嫁になって、これからの人生を添い遂げる気はない?」
「ッいい加減にしろ!」
至って真面目だったそれを一蹴。本日一番の力を出して、俺の抱擁から抜け出す彼。そのまま何処かへ去ろうとする背中を呼び止める。
「シャルジュは、剣を持ってるよね?」
途端に振り返り、まるで愚問だとでも言うかのように、こちらを笑った。その腰に帯刀している剣を掴み、これでもかと言うくらいに見せびらかしてくる。
「騎士たるもの、剣を持たずに王に忠誠が誓えるか!」
やはりそうだ。尚且つその剣は、王より授かりし由緒の正しいもののはずである。そうなると、話は早い。
「それが、こっちの世界では剣とか銃って、法に引っかかっちゃうんだよね。外に出たら、取り上げられちゃうかもしれないよ?王様から授かった、それ」
言葉を進めていくほどに、みるみると顔が青ざめていく。ゆっくりとこちらへ戻ってくる彼。
「それは困る。……どうすればいいんだ」
ここまで上手くいくとは思っておらず、苦笑しながら頭を撫でる。
「とりあえず、事情が分かるまではここに住みなよ。剣は、クローゼットにでも隠せばいいし」
片方の手で、クローゼットを指しながら提案した。さっきまであんなにも強気だった彼が、コクコクと素直に頷いている姿は、中々面白い。
「……しかし」
ゆっくりと俺の手を払いながら、彼は首を傾げる。
「本当に、何故キサマは私を知っているのだ?」
「好きだからって答えじゃ、不満か?」
一瞬にして表情を凍らせた彼は、怒りを抑えながら言葉を続ける。
「……さっき言っていた、私達の物語が繋がれているものはないのか」
抑えきれずにこちらを睨みつけてくる彼を宥めつつ、小さなテレビ横に置いてある、ゲームソフトのケースへ手を伸ばした。
『アノヒキミト』
主人公達の決意した表情の横顔が並ぶパッケージイラスト。その上に、小さくもはっきりとした書体で書かれてあるタイトル。それは、主人公が溢した言葉の抜粋。
「これは……」
「理由ってやつだよ」
おそるおそる、それを手に取るシャルジュ。納得させるためという名目だが、本当は自分が久しぶりにやりたいだけでもある。果たして、どんな反応をするのだろうか。期待を胸にテレビを付けて、ゲーム本体の電源を入れた。
『これは、いつか君にさよならを言うための物語。』
立ち絵が綺麗な君が立体になったのだから美しいに決まっている 城崎 @kaito8
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