第30話

 体育祭

 

 小学校5.6年では無駄に組体操ばっかり練習させられた記憶がある。先生は生徒に怪我なんかさせられないし手を抜いて練習してたら怒られたなぁ。


 中学校はスクールカーストが上の奴が団長をやって、マジで優勝狙いにいってるから手を抜いてたら怒られたなぁ。あれはウザかったなぁ、マジで。


 そして今、色々ありましたけど高校2年の体育祭が始まる。


 俺の借り物競走は午後の部にあるため午前中はクソ暇だ。しかも、借り物競走終わったらもう俺出ないし、今日は借り物競走のために学校に来たと言ってもいいだろう。


 佐々木の出る学年別リレーも午後の部で佐々木も暇している。


 まぁ午前中はテントの中で大人しく応援してるフリだけでもしときますか。


 森と神崎はめちゃくちゃ活躍してみんなに声援を送られている。俺は顔面から転んで恥をかけ、と思いながら観ていた。


 そんなことはそうそう起きることもなく、午前が終わった。


 午前の時点では紅組435点、白組450点とやや負け気味で終わった。


 神崎に昼飯を一緒に食べようと言われたが断り、一人で黙々と食べて昼休憩が終わった。


 昼休憩が終わって午後の部の最初の種目は借り物競走だ。借り物競走は四人で走り、一位が40点、二位が30点、三位が20点、四位が10点だ。どれだけ時間がかかっても体育祭が終わるまでに持って行けば四位の10点がもらえるがそんなのには興味ない。もちろん俺は一位を狙う。

 

 召集がかかり待機場所に集まる。みんなはこんなの箸休め競技だと思っているが俺はそうではない。この二週間紙を開くのに時間を費やしてきたのだから結果を出さないと悔いが残ってしまう。


 一組目がスタートした。自分の番が近づくにつれて鼓動が早くなる。その鼓動がまた心地いい。これに緊張して自分のパフォーマンスが出せないようならその程度なのだろう。


 二組目がスタートした。次が俺の番だ。昼休憩の後ってこともあり、そこまで盛り上がっていない。午前が盛り上がって昼休憩で落ち着いて、そのまま昼休憩のテンションで借り物競走を見ている。盛り上がりなんていらない、喝采なんていらない、俺は俺のパフォーマンスを出すだけだ。

 

 俺の番がやってきた。


 第一コースには帰宅部、第二コースには美術部、第三コースには元中学校まで野球をやっていた俺、第四コースには陸上部。この感じだとライバルになりそうになるのは第四コースの陸上部ぐらいだ。


 でも走るのは最初の30mだけだから差は開かないだろう。勝敗がつくのは紙を開くところになりそうだ。


 みんなが位置についてスタートした。


 予想通り最初の30mは陸上部が一番だ。そして俺、帰宅部、美術部、となっている。


 陸上部の奴が借り物が書いてある紙を持った瞬間俺が着いた。


 陸上部の奴は紙を開きにかかる。俺も紙を持った。持った瞬間からは開くのに0.1秒にもかからなかったと思う。それは天才ピアニストのように、あるいはルービックキューブの世界チャンピオンのように。いや、それは今の二つに失礼かもしれない。それでも俺の指はそれほど繊細かつ大胆に紙を開いた。


 それを見た陸上部の奴は焦ってしまって中々紙が開かない。これは俺の一位確定でいいだろうと思い紙に書かれている借り物を見ると。


 トースターと書かれていた。


 いやいや、そんなわけがない。高校の体育祭の借り物競走にトースターと書くアホなんているわけがない。誰が高校の体育祭にトースターなんか持ってくるか。


 しかし、もう一度見てもトースターと書かれている。


 多分何かの間違いだと思い、紙を持って運営のテントに向かった。


「あのー、借り物競走の紙にトースターと書かれていたんですけど」


 トースターと書かれた紙を見せた。


「はい、トースターですね」


「いやいや、トースターっておかしいでしょ」


「何がおかしいんですか?」


 運営の人は俺がおかしなことを言っているかのように首をかしげている。


「トースターなんか誰も持ってないでしょ」


「それではリタイアでよろしいでしょうか?」


「いやいや、何か新しいお題をくれるとかあるだろ?」


 こんな会話をしているうちにどんどん俺以外の奴がゴールしていっている。


「ないですね。トースターを持ってくるか、リタイアするかのどちらかです」


 なんだよコイツ融通が効かない奴だな。でもここまできたら何でもいいからゴールはしたい。 


「分かったよ、トースターでいいよ。家庭科室にあるんだろ?それを持ってこればいいんだな」


「競技中に学校に入ったら反則ですよ。それに家庭科室にあるのはオーブンレンジでトースターではありません」


 は?


「じゃあどうすればいいんだよ」


「そんなのは分かりませんよ。でも学校の外には出ていいですからね」


 何で学校内がダメで、学校の外はいいんだよ。おかしいだろ。でも、ここで諦めたらコイツに負ける気がする。


 そして、俺は学校の外に出てトースター探しの旅が始まった。


 




 何か分からないけど浅野が運営の人と揉めて学校の外へ出ていった。何があったんだろ?気にはなるが浅野ならなんとかなると思う。


 人の心配より自分の心配をした方が良いと思う。私が出る学年別リレーは体育祭の種目の中でも最後の種目だ。


 見てる感じでは、点数はそれほど開いていない。もしかしたら学年別リレーで優勝が決まるかもしれない。

 

 借り物競走が終わり、次は綱引きで、その次が学年別リレーだ。


 学年別リレーはなぜか二年生が最後に走る。一年生、三年生、二年生の順番で走る。しかも男女あって女子が後だ。最後の最後だから緊張している。


 まだ綱引きも終わってないのに鼓動が早い。胸が苦しい。息がうまくできない。手と足が震えて言うことを聞いてくれない。吐き気も襲いかかってきた。


 一回トイレに行き、吐いた。まだ全然スッキリしない。


 そんなことをしているうちに綱引きが終わっていたから急いで召集場所に行った。


 召集場所に着いたら運営の人がリレーの順番の確認をしていた。


「一番目は田村、二番目は渡辺、三番目は柏木、アンカーは佐々木だな」


 違う。私がアンカーなわけがない。


「待ってください、違います。一番目に柏木、二番目に佐々木、三番目に渡辺、アンカーに私です」

 

 うん、これが本当の順番だ。この順番で練習もしてきた。


「いやでも、紙にこの順番で書いてあったから」

 

 何の紙?この順番で良いわけないじゃん。


「もしかしたら、一番最初の体育祭の競技決めの時の黒板に書いてあった順番なんじゃないかな?」


 柏木さんがボソボソっと呟いた。


 確かに黒板に書いてあったのはあの順番だ。間違えてあの順番でそのままやってしまったのかもしれない。


「順番って今からでも変えられますか?」


「無理です。もう遅いです」


「何でよ、いいじゃない」


「無理なものは無理です。だから順番は勝手に変えないでくださいよ」


 そうなると私がアンカーになってしまう。本当にやばい。浅野が走り方教えてくれたけど遅いから普通になっただけだから速い人には勝てない。


 そして一気に緊張が増してくる。さっき吐きに行ったのにまた吐き気がやってきた。


 二年生男子の学年別リレーが終わった。次は二年生だ。

 

 この時点では紅組865点、白組920点となっている。点数の差は55点差だ。学年別リレーの点数は一位から60、50、40、30、20、10になっている。


 逆転の希望がある点数差だ。それだけあってみんなの応援のボルテージが上がっていく。ボルテージが上がっていくにつれ私の緊張は増していく。


 そして、一番目の人がスタートした。


 一斉にスタートして歓声が大きくなる。そこまで差は開いていない。

 

 二番目にバトンが渡る。ここら辺から差が開き始める。段々と私の番に近づいてくる。


 三番目にバトンが渡る。ここでの順位は一位、二位、三位が紅組で、四位、五位、六位が白組だ。三位にいるのが私たちの組だ。


 このままいった私たちの組の優勝だ。けどみんなに差がほとんどない。


 ああ、今すぐにでもここから逃げ出したい。この緊張から解放されたい。


 ネガティブなことを考えているとハチマキが緩んで少し下がって目元が隠れた。


 それで浅野が言っていたことを思い出した。


 そうだよ。今逃げ出したところで何も変わらない。穂花ちゃんと浅野に練習手伝ってもらって不甲斐ない格好なんか見せられない。


 浅野が言っていたとおりハチマキを少し下に巻き、白線しか見えないようにした。もらった耳栓をして走る準備は整った。


 そして、三位で私にバトンが渡った。


 白線に沿って走る。それ以外にやることはない。

白線しか見えないけど分かってしまう、一人抜かされてしまったことを。


 でも大丈夫、まだ優勝はできる。


 残り20メートル。私の少し後ろで迫ってきている。


 残り10メートル。私の方が少し前だけど差はないに等しい。


 ほぼ同時にゴールした。どっちが先にゴールしたかは運営の人が決める。


 これで私が負けていたら優勝を逃してしまう。


 運営の人がマイクを持って結果を知らせる。


「ただいまの学年別リレーの順位はギリギリでしたけど四位に白組、五位に紅組です」


 この学年別リレーで入った点数は紅組は130点、白組は80点。


 つまり紅組が995点、白組が1000点で優勝したのは白組だ。


 閉会式の結果発表をする前に白組は優勝を喜んではしゃいでいる。


 私のせいで優勝を逃してしまったと思うと、悔しさと罪悪感と練習に付き合ってくれたのに結果が出なかった申し訳なさが一気に押し寄せてきた。


 リレーのメンバーが私を責めないのもまた辛い。


 私が落ち込んでいるとグラウンドがざわざわし始めた。


 何でざわざわしているだろ?


 原因を探すため辺りを見渡してみると、浅野が重そうにトースターを持ってグラウンドを歩いていた。


 そして運営のテントまで持って行き


「ほら、トースター持ってきたぞ。これで俺は四位だよな」


「はい。では紅組に10点を加点ですね」


 さっきまでざわざわしてしたグラウンドは静まりかえっていた。


「大変だったんだぞ、優しいおばあさんがトースターを貸してくれたからよかったけど」


 え?てことは紅組は1005点、白組は1000点で紅組の逆転優勝?


「あれ?みんなどうしたの?そんなにトーストが食べたかったの?」


 これで紅組の優勝で体育祭の幕が閉じた。

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