第29話
三時間目は嫌いだ。昼休憩までまだ四時間目もあると考えるとテンションが下がってしまう。四時間目だとこれが終われば昼休憩、と頑張れる気がする。
それでいくと木曜日も嫌いだ。今日頑張っても明日金曜日あるやん。となってしまう。今日は水曜日だから諦めがついている。
そんな嫌いな三時間目は日本史だ。ここで言っておきたいことがある。俺にとって日本史はギャンブルだ。覚えている単語を解答欄に書いていくのが俺のスタイルだ。俺に問題文は必要ない。
訳がわからない日本史の授業を受けていると隣の佐々木が呼吸が荒かった。大丈夫か聞こうとしたら佐々木は床に倒れた。
「おい、大丈夫か?」
いきなりのことだったので俺はかなり大きな声を出ていた。その俺の声で教室はざわざわし始めた。
俺は相当焦っていた。友人とは言わないが普通に話していた奴が俺の目の前で急に倒れて頭が真っ白になっていた。でも、真っ白の頭の中に一個だけ浮かび上がってきた。急いで保健室に連れていけっと。そっからは行動は早かった。
「先生、佐々木を保健室に連れていきます」
そう言って俺は佐々木を抱きかかえて教室を出た。
他の人が見たらこれはお姫様抱っこというやつなのだが、俺にはそんなのどうでも良かった。
急いで二階から一階へ階段を降りていった。
保健室に着いて保健室の先生が何かを言う前にベッドを探して寝かしてあげた。
「先生、佐々木が授業中に急に倒れて」
「分かったから一回落ち着いて」
そう言って保健室の先生は佐々木に近づき佐々木の様子を見た。
「大丈夫よ、気を失っているだけだから」
それを聞いた俺は強張っていた体が柔らかくなったのを感じた。そしてその場に尻もちをつき、深く息を吐いた。
大丈夫なら良かった。あとは保健室の先生がなんとかしてくれるだろう。
「じゃあ俺、教室帰るんで」
「ごめん、私今から行かなきゃいけない所あるから起きるまで佐々木さんのこと見ててあげて」
そう言って保健室の先生はどこかへ行ってしまった。
おいおいマジかよ。起きて俺の顔だったら嫌だろ。まぁしゃーなしで起きるまで待った。
「あれ?私なんでベッドで寝てるんだ?」
20分くらいしたら佐々木は目を覚ました。
「気を失ってたんだよ」
「あ、浅野、何で浅野がここにいるの?」
「俺がお前をここに運んだんだよ」
「そうなの?運んでくれてありがとう」
「ああ」
目覚めてくれて良かった。佐々木の様子を見る限り無事そうだ。
「気分はどうだ?気持ち悪くないか?水欲しくないか?」
「いや、大丈夫。ありがとう」
大丈夫なら良かった。でも、佐々木の手は震えていた。
「あんまり寺田に心配さすなよ」
「うん、でもこれは私の問題だから穂花ちゃんには迷惑かけたくないの」
「俺は心配さすなよって言ってんだよ迷惑かけるなって言ってねぇよ」
俺はここで熱くなっていった。
「迷惑ぐらいかけろよ、何のための友達なんだよ。何のために俺が手伝って寺田を友達にしたんだよ。お前はそれを全部無駄にする気か」
「でも、私が」
「うっせぇな、どうせ私が学年別リレーやるって言わなければ良かったって言うつもりだったろ。それで足も遅いのを分かっててやるって言った私はバカとか思ってんだろ」
もう言葉を止めることができなかった。
「他の奴は私が走ったらみんなに迷惑かけちゃうって言って本当は自分がやりたくなかっただけなのに良い人アピールしながら逃げたんだぞ。でもお前は自分が足が遅いのを多分分かってたんだろ。それでもやるって言ったんだろ?それならお前は悪くもないしバカでもない、お前はすごいことをしたんだ。よく頑張ったな」
言いたいことは全部言った。無理なことと分かって挑戦するのは無謀なことで愚かなことだ。そして怖い。それでもやるって言ったんだすごいことじゃないか。
「うん、ありがとう」
佐々木は泣きながら鼻声で答えた。辛かったんだな、本当によく頑張った。
「香奈ちゃん、大丈夫?」
寺田が来たってことはいつの間にか授業が終わっていたのだろう、俺は佐々木に説教していたから気づかなかった。
「うん、もう大丈夫だよ」
「本当?良かった〜」
寺田はホっとして肩を下ろした。
「ねぇ穂花ちゃん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「迷惑かけちゃうかもしれないけど、学年別リレーの練習を手伝って」
「良いに決まってるじゃん。迷惑なんていっぱいかけて良いだよ。だって友達なんだもん」
そう言って寺田は佐々木を抱きしめた。
最初は無視から始まった友達づくりが、ここまで仲良くなって普通に感動している。
「ありがとう」
せっかく泣き止んだのにまた佐々木は泣いてしまった。
泣き止むのに数分ぐらいかかった。四時間目遅刻確定だな。
「じゃあ早速だけど今日の放課後の練習に付き合ってね、穂花ちゃん、浅野」
「もちろん」
うんうん、これからもそうやって困難なことがあっても二人で乗り切れるだろう。
ん?
「なんで俺も入ってるんだ?」
この流れでなんで俺も入ってるんだ?
「だって迷惑かけて良いって言ったじゃん」
「それは友達にって話だ」
「別に良いじゃない、小さい男だなぁ」
うっせぇ寺田。
「さっき私を泣かしたくせに」
「うわ、サイテー」
うっせぇ寺田。
「女子の涙見たからには手伝いなさいよ」
どういう理屈だよ。
「はいはい、分かったよ手伝いますよ。そのかわり厳しくいくからな」
「のぞむところよ」
学校が終わり佐々木がいつも練習している所へやってきた。
「じゃあまず佐々木、一回走ってくれ」
「うん」
今の状況を見るために佐々木には50メートルを走ってもらった。
最初見たときは下の下だったけど下の中にはなっていた。まぁ頑張って走ってはいたんだろうけどフォームが汚い。
「お前そのままのフォームで練習してたのか?」
「だって動画のやつ見ても意味分からなかったんだもん」
「そうか、じゃあ動画が伝えたかったと思うことを教えてやる」
俺はそう言って鞄から小銭を握りしめ、自販機へ走った。缶ジュースを買って佐々木のところへ戻った。
そしてその缶ジュースを一気に飲み干した。
「浅野が缶ジュース一気飲みしただけじゃん」
寺田が少し怒りながら言ってきた。
「まぁそう焦んなって。じゃあ佐々木、この缶を思いっきり踏みつぶしてくれ」
「分かった」
まだ俺が何をやりたいのか分からないから戸惑いが見えた。
佐々木は左足の横に缶を置き、右足を上げて思いっきり踏みつぶした。
「これで良いの?」
「佐々木、何で左足の横に置いたんだ?」
「何でってその方が力ぶつけやすいから」
「うん、正解」
佐々木と寺田はポカンとしている。
「つまりは地面に対してそれが一番力が伝わるんだ。佐々木の走りは足を上げずに後ろに蹴っているだけなんだ。それじゃ力は伝わらない。じゃあその缶を踏みつぶすのを体を斜めにするってだけの話なんだ」
体を斜めにして倒れていくのを利用して缶の踏みつぶしを連続してやるっていうのが一番速く走れる方法だ。
「ちょっとだけ分かった気がする」
「ちょっとだけじゃ遅いんだよ、もう体育祭は迫ってきてるんだぞ」
今日が水曜日だから木曜日、金曜日しかない。金曜日は無理されられないし本当に時間がない。
「あと、お前緊張しいだろ、応援してる声が聞こえないように耳栓やるよ」
「ありがとう」
「あとは応援してる奴が見えないように」
俺はポッケからハチマキを取り出した。
「目にカブるくらいのとこに巻いとけ」
そう言って佐々木にハチマキを巻いてあげた。
「これでお前が走るレーンの白線しか見えないからな」
「うん」
「お前のかわいい顔が少し隠れるのは許してくれよ」
なんて俺のいつもの冗談言ったら、佐々木は後ろを振り向いて俺を両手で押して突き放した。
「そういうところ嫌い」
佐々木は赤い顔を隠しながら怒りだした。
「じゃあ好きなところでもあるのかよ」
「全然ないし、うっさい、本当嫌い」
悪口のオンパレードだ。怒りすぎだろ、ちょっと冗談言っただけなのに。
そんなこともあったが今日、木曜日、金曜日の猛練習の甲斐があって、中の下ぐらいになった。しかし、学年別リレーはクラスの早い奴が集まった集団だ。佐々木は多分この中じゃ一番遅いだろう。でもやることはやった。あとは体育祭当日を待つのみとなった。
そして体育祭当日。雲一つない晴天で始まった。
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