第2話 ちょっとお昼寝・海路さん

お昼寝というものは、そののどかなイメージと違い、なかなかにスリリングである。

特に、加納かのう海路かいじの場合は。



「うす! 三好みよし、ただいま戻りました!」

三好は、元気よく営業先から『S・S』のフロアに戻ってきた。

まだこの『S・S』に勤め始めて少ししか経ってないので、色々慣れない。物心ついたころから柔道一直線で生きてきて、まさか宝石店勤めになるとは想像したこともなかったから、人生とはおもしろいものだなと思う。

「あれ? 社長?」

美術館のようにデコラティヴな内装のフロアの中で、年代物の寝椅子にひとりの男性が横たわっている。柔道部出身、どこからどこまで厳ついと言われる三好と違い、一見ホストのような外見の男性である。人好きのする容貌でおしゃれでスタイリッシュなのだが、スーツの好みだけはちょっと独特だ。

真っ白なスーツにブラックのシャツは日常着。

他にもシルバーや紫色など、どう見てもカタギには見えないホスト仕様スーツを違和感なく着こなす男――それが、この『S・S』若社長なのである。

「しゃ、社長!?」

三好は手にしていた鞄を放り出し、慌てて寝椅子に駆け寄った。海路は血の気の引いた顔をして、ぐったりとしている。

ぴくりとも反応しない様子を見て、三好は一気に青くなった。

「死んでる…! うわー大変だ! 救急車! いや、色々すっ飛ばして霊きゅう車か!?」


「人が死んでいるので、救急車をお願いします! できればお坊さんもひとり!」

三好が、慌てふためきながらもスマホを操作して救急車を要請する。

「はい、返事をしませんし動きませんので、確実に死んでいると思います! あ、こういう場合、警察も呼んだほうがいいっすか!?」

すると、三好の声に気づいたらしい海路が寝椅子からすばらしい勢いで飛び起きた。

「あほ、生きとるわ! 勝手に殺すなバカ野郎!」

「うわああ生き返ったー!」

海路が三好のスマホをひったくり、通話先に向かって平謝りする。

「大丈夫ですちょっとした誤解で、怪我人も病人もいないので救急車の必要はありません、お騒がせしまして申し訳ありませんでした! 今後こういうことのないよう、よく言っておきますので!」

通話を一方的に叩き切り、海路は三好に特大のゲンコツを振り落とす。

「手際よく救急車と警察と坊さんまで呼ぼうとすんな!! ちょっと寝てただけだ!」

加納海路――体力が切れたときには文字通り、死んだように眠る男。


/了






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「シンデレラの宝石店」ノンオーダーBox 河合ゆうみ @mohumohu-innko

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