「シンデレラの宝石店」ノンオーダーBox
河合ゆうみ
第1話 海路さんの願いごと
一応、青山に店舗を構える老舗宝石店の社長なので、その忙しさたるや――
「っかー! なんっでウチのデザイナー連中は揃いも揃って電話に出ないんだよ!」
終業後の店内のフロアにて。
相手が一向に出ようとしないので、海路は諦めてスマホを放り投げる。ついでにネクタイを緩め、シャツのボタンを全部外す。
書類の束を片手にフロアを歩いていた社員の
営業帰りの三好はスーツをきちんと着ているが、だらしない格好の海路には慣れているのか、全然頓着しない。
「社長、壊れるとまた大変っすよ」
「知るか。それよりなんであいつら電話に出ないんだ」
「電話が苦手だからです。あと、重要な理由があるにはあるんっすけど」
「何だよ?」
三好が書類をテーブルに広げ、海路のチェックを無言で促す。店を閉めてからも、やるべきことは多い。
「社長から電話が入ると、大抵仕事の無茶ぶりされるからっす」
「ぐ」
それを言われると、海路としても反論できない。
書類に目を通しながら、ぼやく。
「だーって、忙しいんだもんよ。仕事の量に対して、圧倒的に人手が足りなくね?」
「社長が先頭切って、ばんばん仕事入れてきますからねえ」
「そりゃあ、稼げるうちに稼いでおかないと」
海路の仕事内容は接客、経理、企画、進行、会計管理、タイム管理その他書ききれないくらい諸々の雑用全部。ついでに言うなら、接客は苦手中の苦手だ。できないことはないけれど、体力を根こそぎ持っていかれるのでコスパが悪すぎる。
書類を手にしたままフロアのソファに仰向けに寝っ転がり、海路は大きなため息をついた。
「くそー…このままだと過労死するぞ俺」
フロアの窓から、庭の大木越しに見える真夏の夜空はくっきりとした紺色で、都内だというのに星が綺麗に見えた。
「お。流れ星」
「せっかくだから、流れ星に願い事を言ってみたらどうすか? 叶ったら儲けものでしょ。ちょうど流星群の時期ですし」
「まあなあ」
ひと呼吸おいて、海路は真剣そのものの口調でつぶやいた。この際、男同士でなにを言っているんだなどという甘いことは言っていられない。
「接客係がほしい。めちゃくちゃ愛想が良くててきぱき他人と話せて、物怖じしない接客担当できるやつが、どこかに落ちていますように」
その夜、真夏の東京にしても近年珍しいくらいの大規模な流れ星が観測され、ちょっとしたニュースになった。
翌朝出勤した海路は、三好と顔を合わせて乾いた笑いを浮かべた。
「いや~…社長、昨日の流れ星の凄まじさと来たら」
「願いが強烈に叶えられたってことかな?」
ははは、と大きな笑い声を立てる。
「まさかね」
彼らはこの結果を、数日後に知ることになる。
/了
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