新たなる問題

 「やりすぎだっての」


  足元で縄に拘束される人形師を見て、リリはため息を吐く。


「そんなことないしー。むしろ手加減してやったんだから、感謝して欲しいくらいだよ」


 ねーベア、ふわふわの毛を撫でてやると、ベアはトトの手にすり寄った。


「散々な目に遭ったわ」


 ミリカが体を震わせる。自分の命と引き換えに強制的とはいえ、道案内人へと仕立て上げられた少女は、いまだに恐怖心が抜け切れていない。

 口元を抑えて蹲る。

トトは、ミリカを気遣う様子はなく、人形師を引きずりながら顔を上げた。


「それにしても、でっかい門」


 どこまでも高くそびえる石門。対になった女神の彫刻が施された石板は、所々蔦が絡まり古い印象を受けるが、壊れた箇所は一つもない。

 隅々まで手入れが行き届いているのがトトの目から見ても分かる。

 石門に閉ざされた地は、村というより要塞に近かった。


「こんなところが、まだ残っていたなんて驚きだよねー」


 子どものように、目を爛々と輝かせるトト。こうなってしまっては、暫く彼女は動かない。

 リリはトトに、遠くに行かないよう釘を刺す。

一方で姉は、弟の心配をよそに、様々な角度から石門を見つめ、楽しんでいた。


「怪我、大丈夫なの」


リリ対して、ミリカが声をかける。


「まあ、なんとか」


 矢に撃たれ、倒れたリリ。

 矢の絡繰りを見抜き、解毒剤を投与してくれたのはトトだったが、看病をしたのはミリカだった。


 クレアが出てきている間は、枝にぶら下げられてはいたが、彼の操る力が消えると、傷口の手当てなどを率先してやってくれた。

 はじめは毒の効能に戸惑ってはいたが、苦しむリリを放っておけなかったのだろう。いつしか二人の間には、小さな信頼関係が芽生えていた。


 ミリカは、リリの返事を聞くと黙り込んだ。

 静かな山奥に、トトの楽し気な声だけが木霊する。


「村……」


 ミリカは呟いて、フードを被り直す。

 誰にも顔を見せないように、指先に力を込める。


 そこには、強い意志が感じられた。


「ホントに行くの?」

「まあ、仕事だからな」


ミリカはリリの答えに、口を噤んだ。

それから、何か言おうと口を開くが、また閉じられる。違和感を覚えつつも、詮索するのは気が引けた。山賊だから、後ろめたさでもあるのだろうか。


「私は、もう行くわ。村はこの石門の中。道案内はこれで終わりよ」

「ああ。ありがとな。トトが、迷惑かけて悪かった」


 踵を返すミリカ。歩き出そうとした彼女の足が不意に止まった。

一瞬強い風が吹き、隠された少女の頭をあらわにする。

 項にある傷が、人形師の青年の目に留まった。


 陶器のような、桃色の唇が震えた。


「あの村はおかしい」


 風に乗った言葉は、空気とともに消える。

 少女の姿は段々小さくなり完全に消えた頃、リリの頭は傷のことなど、すっかり忘れていた。


「おーいトトー。早く行って、さっさと帰るぞー」


 はしゃぎ続ける姉の元に、弟は歩き始める。

 少女にあった人形の縫合痕などとうに記憶から消し去って。



 村からの侵入を一切阻む石で、作られた要塞。

 三人の人形師はどこまでも高くそびえる門にうめき声を漏らす。


「着いたのはいいけどさ。どうやって入んの?」


 トトの疑問に、リリは頭を抱える。


「やべぇ。連絡方法考えてなかった」


 都市から離れた、山間部の村。人による人形操作と同じように、通信技術でさえも時代の発展から遠ざかっていた。

 持っている通信機器は山中では電波が悪く使えず、もしも通っていたとしても、相手が機器を使っているとは限らない。


 頭を悩ませるリリに、トトは言う。


「壊した方が早くない?」

「そんなことできるか!」


 姉の突拍子のない考えに、弟は一喝する。トトは唇を尖らせると、掴んでいる縄を引っ張った。

 縄の先には、人形師ベレクトが気絶から目を覚まし、不服の表情を浮かべ、二人を睨む。


「ねえ、アンタ何か知らないの」


 ベレクトは、トトの言葉に顔を背ける。


「知ってても何も言わねぇ、答えねぇ。てめぇらで考えやがれ」

「あっそ」


 トトは、ベレクトから視線をそらし、縄へと向ける。

 指先でなぞるように触れれば、淡く発光する。


「おまえ、まさか」


 リリが言うよりも先に、激痛がベレクトを支配する。

 縄が締まり、人形師は苦悶の表情を浮かべた。骨がきしみ、肉が食い込んでいく。


「人形師だから、縄の操作はお手の物ってね」


 くるりと指を回転させると、更にきつく締まる。内臓が口から出てしまいそうな激痛に、ベレクトは、声を上げることもできない。

 回収師が編んだ縄は、ただの人形使いには操ることは容易ではなく、痛みが全身に駆け回っていく。


「で、どう。何か喋る気になった?」


 感情のない瞳を向けられ、ベレクトはこくこくと何度も頷いた。


「じゃあ」


 腕を伸ばし、人形師の頭を掴んだ。トトはにっこりと微笑み、激痛で何も考えられない頭を石門へと、向けさせる。


「お願い」


 ベレクトは、肩で息をしながら後悔する。


 自分は、なぜこんな悪魔に、手を出してしまったのだと。

 リリはその光景を見ながら、姉は絶対に怒らせてはいけないと今一度、心に刻んだのだった。



 拷問から解放されたベレクトは咳をしながら、トトたちに村へ行く方法を教える。


「あそこに、はぁ。女神の石板が、嵌められてるだろ」


 ベレクトが指さす先。

 瓶を抱いた二人の女神の石板が対になった状態で、石門の一部として存在していた。


「あれに話しかけることで、中の奴が外から来た者を見極めるんだとよ。」

「ふーん」


 トトとリリは、石板を見つめる。リリが口を開いた。


「それで。あの高さまで、どうやって上れと」


 三人が見つめる先。

 石板は地上から少し離れた場所に、位置する人の身長を余裕に超す高さは、どうやっても話しかけることは不可能だ。


「それは、自分たちで、考えろ」


 ベレクトは二人に背を向ける。

本当に知らないのかと思ってはみたが、トトへの怯えようを察するに、彼の言っていることに間違いはなかった。

 リリは思わず、憐みの表情を浮かべる。


 そもそも初めから、自分たちの荷物を横取りすることが、目的だったのだ。


 村への行き方、入り方なんて知らないのも当たり前だ。


 そもそも、積み荷を狙う理由が分からない。

二人が運んだ、白い大きな包み。


それは、とある人形師から村への届け物だった。

 中身は村の神殿に供えるための人形で、特にこれといった力は感じられない。

 作った人形師も著名でもなく、ほかの人形師が喉から手が出るほど欲しいと言われるものでもない、とリリは考える。


この地に別の目的がなければ、仕事は引き受けてはいなかっただろう。


それなのに、なぜ。


この人形師はそこまで執着するんだ。



 考えても答えはでない。


 リリは諦めて、目の前の出来事に頭を働かせた。


「ねえ、リリ」

「なんだよ」


 トトは石板を見ながら、話しかける。


「やっぱり、壊した方が早くない?」

「だから。そんなことできないって言ってるだろ」

「違うって、あれ」 


 指をさした視線の先にある石板。

 女神が対に彫られたそこには、蔦が絡まりあい、彼女たちの顔を覆っている。


「あれじゃ、こっちが話しかけたとしても、向こうからはこっちのこと分かんないじゃん。あんなに蔦に邪魔されてたらさ」

「まあ、確かに」

「だから」


 トトが取り出したのは、矢を持つ的当て人形。

 腕の部分には亀裂が走り、所々ヒビが入っている。


「この子に助けてもらえばいいんじゃん」


いつのまに手にしたのか、トトの手には人形師ベレクトが操る、獅子猛る雷が握られていた。


「おいおい。助けてもらうって、そんながらくた、今更役に立つわけねぇだろ」


 くつくつ喉を鳴らすベレクトだったが、トトの冷たい視線を感じると、早口でまくし立てる。


「だいたい、コイツの腕はさっきの一撃で、使い物にならなくなったんだ。それでどうして弓を撃つっていうんだよ。

 もう一度使うためには腕の立つ修復師に頼んで直してもらわなきゃならねぇ。そんな奴どこにいるんだ」


「いるから」


「え」


 トトは後ろ……石板とにらめっこをしている弟に指をさす。


「腕利きの修復師」


 リリの横顔をちらりと盗み見たトトは、小さく胸を張った。

 自分の知らないところでそんな話がなされているとはつゆ知らず、リリは懸命に視線を石板へと集中していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マリオネット・ローグ 夜野 灯 @hosinowa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ