反撃

「そこを右に、そのまま真っすぐ」


 木の枝にぶら下げられ、道案内をするミリカ。

 殺さないとは言ったものの、矢は、寸でのところでミリカの頭や頬を、掠めていく。

 生死の境を歩きながら、それでもミリカは懸命に道案内をした。


 暫く走ると検問所が見えてきた。それはもう使われていないのか、門は古び、蜘蛛の巣が張っていて人の気配はない。


「あそこを通れば、村に着くはずよ」

「了解」


 トトは、更にスピードを上げた。クレアも植物の協力を仰ぎ、最後の力を振り絞る。

 あと少しで検問所を通るというタイミングで馬車が揺れた。揺れは次第に大きくなり、大地を揺るがすほどの地震となる。


 地面に亀裂が走る。馬車はバランスを崩し転倒した。


「クレア!」

「ごめん、トト……」


 地震による地盤変化で力が使えなくなったクレアは、花の人形に戻ってしまった。

 地形は変化し、断裂を始める。検問所までは目と鼻の先。対象が見えない以上、攻撃はできない。


 相手をおびき出し、叩くしかない。


 トトがポケットから取り出したのは、眼鏡だった。

 破壊屋が扱う人形の位置、特性、経歴を見ることができるドールアウトと呼ばれるそれを、かける。

 周囲を観察して、敵の人形の居場所を探す。


(いた)


 遠い丘の上に、こちらを見下ろす矢を構えた人形がいた。

 隣には人形師も見える。


 相手はこちらの存在に気づいてはいないようだ。

 レンズには、人形の特性や制作者が表示される。


「クレアと同じ人間型。制作者は操っている人形師ではない、か。弓を使う弓兵。名前は……獅子猛る雷」


 トトは眼鏡を外す。

 その眼に不安や迷いは一切なく、その口元には笑みがこぼれていた。


「反撃返しといきますか」



* * * *


「ったく、もう終わりかよ。つまんねぇな」


 崩壊する大地を見ながら、せせら笑う人形師。


 隣では、マリオネットローグ獅子猛る雷が、荒れ狂う地面を見つめていた。その腕は最早、修復不可能なほど亀裂やヒビがはいっている。


 太くたくましい腕も、今では少し触れるだけで取れてしまいそうなほどだ。

 花々や木々や大地が音を立てて、崩れていく。彼が放った一撃は、対象を内部から崩壊させるものだった。


 一度使えば最後、弓は撃てなくなってしまう。腕は修復師に直してもらえば再生することはできるが、元の状態とまでは難しいだろう。

 そもそも腕の立つ修復師に、直してもらえるかどうか……。


 主人に視線を向ける。

 人形は、今の主が好きではなかった。


 多くの人形師は主に造形師と兼任している者が多いが、彼は違う。


 彼は人形を操るだけの人形師。


 その能力や経験は浅く、人形をただの道具だと思っている。

 たとえ扱う人形がヒューマニーと呼ばれる人格を持つものだとしても、彼にとってはいくらでも替えの利くただの道具。


 そこには信頼関係も何もない。

 道具として言うことを聞き、主を満足させるのが人形の仕事。


(だからこそ)


 あの人形が羨ましいと思った。敵である少女を守る、紫の魔術師。

 主人が信頼を置き、そして自身もその信頼にこたえようとする。


 愛情、友情、親愛。それらが混ざり合った美しき主従関係。


(願うことなら、私もあのようなお方と)


 巡り合えたら。言うよりも先に、雷の耳に聞きなれない音が響いた。集中して音の方向へ視線を向けると、弾丸が頬を掠めた。


「なんだよ!」

「分かりません。おそらく敵に居場所がバレたのかと」


 弓を構えるが、力を使い果たしてしまい思うように、狙いが定まらない。震える手でなんとか弓を引くが、威力も落ちているため、届いているかも分からなかった。


「使えねぇな!」


 人形師は弓兵を押しのけると、新たな人形を取り出した。鳥の形をしたそれを宙に投げる。


「マリオネットローグ、天走る大鷲」


 現れたのは、大きな羽を羽ばたかせる大鷲だった。鷲は、人形師の頭上を旋回する。


「お前ちょっと、見てこい」


 命令に鷲はトトへと向かって、飛んでいく。しかし数秒ともしないうちに翼は撃ち抜かれ、墜落。鷲は元の人形へと戻った。


「ほんっと、ドイツもコイツも使えねぇ!」

「うわ、だっさ」


 地団太を踏むベレクトに聞こえる、謎の声。

 声のする方へ顔を向ける。


「お前……!」


 桃色の髪が、風に揺れる。

 人形師の前には、トトが立っていた。傍には、拳銃を持ったクマの人形、野を狩る神獣がいる。


「さっきは、よくもやってくれたじゃん」


 トトは手を鳴らしながら、人形師に一歩一歩、歩みを進める。ベレクトは数々の人形を取り出し、向かってくる少女に向かって投げる。


「マリオネットローグ、歌うカエル。マリオネットローグ、飛べない小鳥」

「ベア」

 

 トトの命令によりベアと呼ばれた野を狩る神獣が、銃を構える。

 吐き出される弾丸。傷を負った人形は、次々元の姿に戻っていった。


「嘘、だろ」


 人形師は愕然とし、硬直したまま動かない。もう手はないのか動く気配はなく、トトは回収師の縄を構える。


「業務妨害と傷害で、アンタを捕まえまーす。絶対に逃がさないから」


 男の肩に触れるトト。しかしその肩は震えていた。


「おいおい。何自分が優勢だと思ってんだ、ガキ」


 顔を上げる人形師は、笑っていた。思わず手を、その体から離す。


「俺が捕まったら困るのはお前らだぞ」

「は?」


人形師は顔を、雷へと向ける。


「俺の人形がお前の仲間に放った矢は、特別製だ。コイツの親が、自分の身を守るために作った防御装置だ。幻覚剤、自白剤。数々の薬や毒が染みこんだ刃は、そこら辺の毒矢とはわけが違う。完全な解毒は薬がないとまず不可能。その薬は」


 ジャケットのポケットに手を入れる。

 取り出したのは、小さなカプセル。


「これがないと完全な解毒は不可能なんだよ。欲しけりゃ、俺の言うことを……」

「それって、これのこと?」


 トトの手にはベレクトが持つものと同じ、青色のカプセルが握られていた。人形師は、目を見開く。

 瞬時にトトから奪おうとするも、傍にいたベアによって牽制される。


「アンタ、ホントに人形師? 相手が操る人形を分析するのとか基本中の基本なんですけど」


 人形師は、ドールアウトをかける。人形使いは思わず、歯噛みした。

 トトの目は男を無視して、別の方向へ向けられる。その先は、彼が操る人形、獅子猛る雷だった。



「マリオネットローグ、ヒューマニー。名前は獅子猛る雷。制作者は造形師フラン・レインス。

 最初は的当ての人形だったみたいだけど、長い間多くの人間に愛されるうちに自我が目覚め、ヒューマニーとして変化。以後フランが亡くなるまで共に生活。

 フランが亡くなってからは、息子へと引き渡されたようだけど、息子は君のことを好いてはいなかった。むしろ憎んでいたみたい。

 息子が貴方を引き取って数か月後。彼は貴方を競売へとかけた。ただの人形ならまだしもヒューマニーとくれば高い値がつく。そうして君はそこの人形師に買われたわけね」


トトは眼鏡を、今一度かけ直した。


「フランは生前、一度だけアトリエに強盗が入られたことがある。造形師として名が売れてきた頃にね。そこで運悪く強盗と鉢合わせになり、右腕を負傷。

 目の前で自分の子ども同然である人形たちを盗まれたフランは、護身のために君の体に毒矢を持たせた。それが弟に撃った、あれ」


雷は唇を噛みしめる。自分が行った罪深さを感じ、彼の心は申し訳なさでいっぱいだった。


「でも、フランはあくまでもそれを護身用だと考えた。どんなに猛毒を塗ろうとも相手を死なせる道具を息子につけるなんて、恐ろしい真似はできない。

 そしてフランは考えた」


トトは唇に弧を描く。人形師は叫んだ。


「生かすも殺すも、すべて同じにしてしまえばいい。敵が襲ってきたならば撃退し、それでもし死にそうになれば助ける。そうして彼は」


トトは雷へと向かって、指をさした。


「君の体に、解毒剤を隠した。もし自分が死んでいなくなった時、たとえ正当防衛でも君が人殺しにならないように。お守りとしての解毒剤を、君の持つ毒矢に結んだ。からくり仕掛けだったからよく見なければ分からないけどね」


人形師に向かってトトは、ほくそ笑む。


「だから、アンタの持ってる薬はいらない。っていうかそれ、偽物だし」

「何か奥の手がある、みたいな顔で迫ってきたから何事かと思ったけど。所詮は三流人形師。奥の手も三流だわー」


 ことごとく馬鹿にしてくるトトに、人形師は地面を蹴って、殴りかかった。

 乾いた音が木霊する。トトが人形を使って、防御するよりも先に、雷が人形師の腕を掴んだ。

 弓兵として使い物にならなくなった腕に更に、深い亀裂が走る。


「何すんだよ! 道具のくせに人間に逆らうのか!」


喚き散らす人形師に、雷は叫んだ。


「私は、ただの道具ではない! 心をもった者だ!」


 凛とした声が、大地に響き渡る。雷は、主人を握る手に力を込める。


「私はもう、親に恥じる人生は送りたくないのです。

 誰も傷つけたくない、ただ心穏やかに人のために生きたい」


雷は、額を地面に擦りつけた。


「お願いです。私との契約を切ってください。もう貴方の元では、生きていけない」

「何勝手なこと、言ってんだ!」


人形師は雷の頭を、蹴った。それ以外にも傷だらけの腕を重点的に踏みつける。雷は苦悶の表情で、それに耐えていた。


「造形師の息子に格安で売られていたお前を拾ってやったのはどこの誰だよ? あの時俺が拾わなければ今頃お前は、暖炉の薪代わりだぞ! もっと感謝しろ! 俺の道具として一生操ってや」

「る……」


 人形師ベレクトは、後頭部に違和感を覚えた。何か固いものが、当たっているのを感じる。

 恐る恐る、振り返ってみれば、ベアがその銃口を人形師の頭に押し付けていた。


「おい、何して」


 無機質な瞳から怒りを感じるのは、気のせいだろうか。

 背中を、嫌な汗が伝う。


「ねえ、私いいこと考えたんだ」


 声のする方へ、顔を向ける。

 這いつくばる雷を挟んで、反対方向にトトが立っていた。その眼は爛々と輝いていて、人形師はまるで心臓を掴まれたかのようだった。

 なぜならその眼があまりにも……人形と同じ目をしていた。


「お前が死ねば、万事解決じゃん」


 首をかしげて、口を開くトト。その手には、縄が握られていた。

人形師は恐怖で身じろぎするが、動けば背後のベアに撃たれてしまう。


 しかし、眼前に迫る少女もまた、ベレクトの首を絞めようとしている。どう足掻いても防ぎようがない。 


 手持ちの人形はトトに破壊されてしまったし、最後の切り札である雷は力にはならない。

 人形師の首にあの縄がかけられた。


 後ろではベアが照準を定めている。


「来世は立派な人間になりなよ」


 乾いた音と同時に、きつく締まる首に人形師の悲鳴が聞こえた。










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