案内人と邪魔者

  人形師。


 人やモノの形を成した道具を使い、古くから呪いや占いに精通する者を、人々はそう呼んだ。


 しかし、それは遥か遠い昔の話。


 近年では、人形を使った仕事が盛んに行われている。

 井戸の水くみから貿易や観光、国の政治に至るまで……人形は人々の生活を支える一つの柱として、人間と共に歩んできた。 

    

 家族として、仲間として、時には恋人として。

 人形たちは人々に愛された。


 人とともに生活する人形。しかし、その力を扱える者は限られている。

力を操る者たち、それが現代の人形師である。


 人形師には、様々な職人が存在する。

 壊れた人形の修理を請け負う修復師、人間の手には負えなくなった人形を壊す、破壊屋、その人形を集め、新たな人形を作る材料とする回収師。

 そして、人形に新たな命を吹き込む造形師。


 人形師たちがいるからこそ、人間と人形は、共存することができるといっても過言ではない。



「つまり、化け物を使う、化け物使いってことじゃん」


 荷台の上、縄に繋がれた少女ミリカは、トトの説明を聞いて独りごちた。


 姉弟の乗った馬車は道案内人という新たな乗客を加えて、再び走り出す。

 村に近づくにつれて、道も舗装や整備されていないため、車体が大きく揺れる。

 ミリカの言葉に、トトは御者席に座る弟に話しかける。


「やっぱり化け物だってさ」

「まあ、こんな閉鎖された場所にずっといたんじゃ、俺らのことがそう見えても、仕方ないんじゃないですか?」


 人形が人と共に歩み始めたのは、つい最近のことである。都市部から遠く離れた山間部や海辺の町や村では未だに、人の力だけで生活を営んでいる。

 ミリカが人形を扱う二人を見て、化け物だと呼んだのもある意味、仕方がないのである。


「そんなことより……」


馬の手綱を握りながら、リリは、視線をミリカへ向ける。


「本気か? あんなちびっ子に道案内させるとか」

「本気も何も。私たちの力じゃ、村まで行けないんだから、仕方ないじゃん」


 マウルの村も今では幻の村と呼ばれるまでに、都市部との境界を、色濃くしていた。

二人の力で何日もさまようくらいなら、案内人を使って村まで最短で言ったほうが早いというのが、トトの出した結論だ。


 しかしリリには、山賊の娘であるミリカが、素直に自分たちの言うことを聞いてくれるとは到底思えなかった。トトのことだから、何か策はあるんだろうが、あまり当てにしない方がいいなと考え、再び意識を、前方へと集中させる。



 案の定、リリの考えは当たっていた。二人が話す後ろ手で、ミリカは逃げる算段を立てていた。先ほど運悪く捕まってしまい、縄に繋がれ、半強制的に馬車に乗せられてしまったが、彼女は山賊の娘だ。

 経験や度胸は並大抵の幼子とは、わけが違う。村まで案内すれば今回のことは関所の警備隊には黙ってやると言っていたが、大人は嘘つきだ。


 そんなこと、信じられる筈がない。


 まずは、この縄を解かなければ。後ろ手で、隠し持っていたナイフを充てる。小刻みに動かしてみるが、切れている感触がない。


「それ、普通のナイフじゃ切れないよ」


いつの間に、戻ったのか。気が付けばミリカの前には、トトが立っていた。


「回収師レギオンが編んだ縄だからね。並大抵のことじゃ絶対に解けない、切れない。一般人なら尚更ね」


 トトの言葉に、ミリカは手の動きを止めた。泣きそうになりながらも、唇を噛み、この世の不条理に必死に耐えている。


 そんな幼い少女の心境を知ってか知らずか。トトは喋り続ける。


「あのさあ、何もとって食おうってわけじゃないんだけど。私たちは、ただ、村に行きたいだけなの。君にその道案内をして欲しいわけ。

終われば、即行で君を賊の連中に返してあげるし、さっき襲ってきたことも誰にも言わない。君にとっても私にとってもいい話だと思うんだけどなぁ」


 トトは、ミリカの顔を覗き込んだ。


「……ばいい」

「何」

「言いたいのなら言えばいい! 負けた私たちは、この山にいる資格はない! 村には絶対に行かない! お前たちはずっと、この場所をさまよい続けていればいいのよ!」

「ちょっ」


ミリカは声を荒げ、トトの足に噛みついた。鈍い痛みに思わず顔を歪める。


 車体が大きく揺れ、バランスを崩したトトは後ろに転倒して頭を打った。

 大きな音がして、リリは一度振り返るが、姉が頭を強打したことに気づくと声もかけない。

それどころか再び視線を、前に戻した。


 彼の口元には、薄っすらと笑みがこぼれていた。

 口の中でざまあみろと呟く。

 いつも面倒ごとや嫌なことを弟のリリに押し付けるため、罰があたったのだ。


 起き上がったトトは後頭部を抑えながら、ミリカを睨みつける。


「人が下手に出てたら、調子に乗りやがって……!」


 トトはスカートのベルトに手を伸ばす、がその手は目当てのものに触れることなく、宙を掴んだ。再び荷馬車が大きく揺れ、荷台にいる二人はバランスを崩す。


「ちょっと!リリ!」


 荷台から顔を出し、御者席に座る弟に怒鳴る。いつもなら、ここで小言の一つや二つが返ってくる筈だが、反応がない。

 次の言葉を発するよりも先に、リリのシャツが赤く染まっていることに気づく。


「トト……」


 リリの肩には、矢が刺さっていた。青色の羽が付いた矢。トトは眉間にしわを寄せる。溢れる鮮血は、トトの手を濡らしていく。一体どこから……。

 周囲を見回してみると、辺りに人がいた形跡はなかった。

動いている対象を、これだけ正確に撃てるのならば相手は並外れた弓兵か、もしくは……。


(人形師か)


 段々と意識が朦朧とする弟を、無理矢理荷台に押し込み、手綱を握る。狙われる理由は分かっていた。

 トトは、荷台にある大きな白い物体を見る。紙で巻かれたそれは、紐や縄で厳重に縛られていた。スカートのベルトに、手を伸ばす。

 取り出したのは、精巧に造られた花の人形だった。


「マリオネットローグ、ヒューマニー。花罪の魔術師」


 蕾だった花が、徐々に開き始めている。周囲には花吹雪が舞い、一瞬だけ模型を隠したかと思うとそれは人間へと姿を変えた。

 菫色の髪を三つ編みにした背の高い男が荷馬車の前方、彼女を守るように立っていた。



 マリオネットローグヒューマニー。

 それはある特定の条件下において作り出された人形。特殊な力を宿しているほか、他の人形とは異なり、人格が付与されていることが特徴だ。


「クレア、私たちを飛んでくる矢から守って」

「トトのためなら、お安い御用だよ」


 クレアは両手を広げる。風が強く吹き、木々を騒めかせる。


「さあ、僕の仲間たち。愛する主人を守るんだ」


 葉が、草が、そして樹木が。クレアの声に反応しながら揺れる。指揮者のように手を振れば、飛んできた矢を、幾重にも重なり、太くなった蔓がへし折った。

 木々が盾となり、攻撃から身を守ってくれる。


「緑がある場所で、僕に叶うものはいないよ。トトは別だけどね」


 クレアのサポートにより、荷馬車はさらに加速した。



* * * *


「へぇ、やるじゃん」


 荷馬車からは見えない位置、小高い丘の上には男が立っていた。

 隣には、弓を構えた青年がいる。茶色の髪をなびかせて、荷馬車の動きを見つめていた。

 男の名はベレクト。

 人形だけを操る人形使いと呼ばれる人形師である。


弓を構えているのはベレクトの人形、ヒューマニーの獅子猛る雷だ。


「マスター。ご指示を」


青年が指示を乞うと男は、くつくつと喉を震わせる。


「じゃあ、次はあれにしよ」


 主人の指示に、雷は困惑する。


「しかし、あれを使えば……」


 反論しようと口を開けば、睨まれる。

 舌打ちとともに侮蔑の色をした瞳が向けられた。


「撃てよ、何度も言わせんな」


雷はその命令に逆らうことができず、力なく頷いた。


「御意」


渾身の力を込めて、弓を引く。放たれた矢は、強い光を帯びて手綱を引くトト……ではなく馬車が走る地面目掛けて、放たれた。


 一方荷台では怪我人の登場により、ミリカが困惑していた。環境からか負傷者は、今まで多数見てきたが、リリの苦しみ方は尋常ではなかった。


 額に脂汗をかき、傷口を抑え、時折、うわ言のように何かを話している。償いの言葉や感謝の言葉。焦点の定まらない目。あまりの気味の悪さに伸ばしかけていた手をミリカは引っ込めた。


「何、何なの」


 リリから距離をとるミリカの耳に、馬を引くトトの声が響いた。


「ちょっと、ちびっ子!」


 びくりと体を震わせて、御者席に視線を向ける。

 そこではトトが、馬を操りながら猛スピードで馬車を走らせていた。前方にはミリカが見た人形と思われる男が、飛んでくる矢の攻撃を防いでいた。


トトは叫んだ。


「アンタ、村の場所知ってるんでしょ! 知ってるんだったら早く教えなさい!」


 ミリカは、何も言わない。ここで二人を助けても、ミリカにとっていいことはない。彼をこのまま見殺しにしたところで、誰も攻める人間なんかいないからだ。


 こうしている最中でも、矢は次々と馬車とトトに向かって、飛んでくる。


「仕方ないわね。クレアやっちゃて」


 クレアは腕をミリカに向かって、伸ばした。すると、荷馬車の板から、小さな芽が生えた。芽は次第に急成長を遂げ、樹木となり、その枝はミリカを掴んだ。

 枝は矢の当たりやすい位置に、ミリカを固定する。


「何よ!これぇ!」


暴れるミリカに、淡々とトトは言う。


「死にたくなかったら、道案内をすること。クレアが少しでも間違った方向に指を動かせば、アンタは矢に当たって即死。嫌なら今ここで、アンタを殺しても構わない」


冷たい氷のような目が、ミリカの心臓を貫いた。


「私は、弟の命を脅かす者を許しはしない」


ミリカは泣きそうになりながらも、了承した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る