エピローグ

エピローグ

「こうして、お姫様は王子様と幸せに暮らしましたとさ」


 カトリーナは絵本を読み終えると、その絵本を胸にぎゅっと抱きしめた。


「やーん! 王子様カッコいいー!」


「かっこいいー!」


 絵本を読み聞かせていた三歳になる娘が、カトリーナの真似をして叫ぶ。


 レオンハルトと結婚して五年――


 レオンハルトとの間に生まれた娘クレアは、カトリーナの膝の上に座って、レオンハルト譲りの青い瞳をキラキラと輝かせていた。


 こうしてカトリーナが絵本を読むたびに妄想全開でもだえるので、すっかりその癖を真似するようになったクレアに、たまに城に遊びに来るアーヴィンは心配そうな表情を浮かべてこう言った。


 ――姉さん、さすがに一国の姫が妄想癖だと、ちょっとまずいんじゃない?


 そう言うアーヴィンは姪っ子にべったりで、カトリーナにはぶつぶつ言うものの、クレアが「おうじさまかっこいい!」と言うと「にぃにの方がカッコいいだろう?」と焼きもちを焼くほどだった。


 そして、それは、二年前に即位したレオンハルトにも言えることで――


「悪かったな、もう王子様じゃなくて」


 いつの間に子供部屋に入ってきたのか、ソファのうしろから、レオンハルトがカトリーナの肩に手を回して抱きしめた。


 拗ねたように言う夫に、カトリーナはくすくす笑いながら肩越しに振り返る。


「絵本にまで焼きもちを焼かなくてもいいのに」


「俺はいつでもカトリーナの一番でいたい」


 レオンハルトは恥ずかしげもなくそう答え、「ぱぱー」と手を伸ばしてきた娘を抱き上げた。


「そして、クレアの一番でもいたい」


 レオンハルトは、すりすりとクレアに頬ずりをする。


「あらでも、いつか、クレアは素敵な王子様が迎えに来るわ」


「王様が追っ払うからいいんだ」


「まあ、またそんな悪役みたいなことを言って」


 カトリーナは立ち上がって、クレアの頬にちゅっとキスをする。


「女の子は誰でも、たった一人の王子様が迎えに来てくれることを夢見てるの。クレアの王子様はどんな方かしらね?」


「おうじさまー」


 クレアが嬉しそうにきゃっきゃと笑い出すと、レオンハルトは渋面を作った。


 三歳の娘の将来を想像して嫉妬する夫にあきれながら、カトリーナはレオンハルトの腕にそっと寄り添う。


「王様になっても、わたしの王子様はレオンただ一人よ」


 カトリーナがそう言えば、少し機嫌を直したらしいレオンハルトが、クレアを下に下ろして唇を重ねてくる。


「ん、待って、クレアが……」


 そう言って視線を下に落としたが、クレアは絵本の表紙の王子様の絵に夢中になっていた。


「王子様は気に入らないが、子守をしてくれるなら、絵くらいは許してやらなくもない」


 レオンハルトがしかめ面で言うのがおかしくて吹き出せば、再び唇が重ねられる。


 そして、しばらくレオンハルトに寄り添っていると、遠くからエドガーの声が聞こえてきた。その声はレオンハルトを呼んでいる。


「あら、エドガー様が呼んでいるみたい」


「……あいつはいつも邪魔をしやがって」


 レオンハルトは舌打ちして、カトリーナにもう一度キスを落とすと、娘の頬にも口づけて、部屋を出て行った。


「ままー、おうじさまのほん、よんでー」


 クレアにねだられて、カトリーナは本棚を物色したが、ふとその手を止めると、何も持たずにクレアを膝に抱き上げる。


「今日は、ブランコから落ちたお姫様を助けた王子様のお話をしてあげるわ」


 焼きもち焼きだけど、優しい王子様なのよ――、そう言ってカトリーナが話しはじめると、クレアは聞いたことのない話にわくわくした表情を浮かべる。


 カトリーナは幸せそうにクレアを見つめながら、ぽつぽつと昔話を語ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【コミカライズ】恋に恋する侯爵令嬢のこじらせ恋愛 狭山ひびき@広島本大賞ノミネート @mimi0604

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ