傘を貸してくれる先輩

竜田川高架線

愛想はあったほうが将来役立つかもよ

 起立、礼という学級委員のいつもの号令で今日も学校が終わり、放課後が始まる。

 外を見ればあいにくの雨。天気予報を見ずに来てしまったせいで、傘なんか持ってきていない。


 だが、ある一つの解決策があった。

 1年上の先輩に、必ず折りたたみ傘を携帯していてなおかつ雨が降る日には必ず長傘を持ってくる人物が居る。その人に借りればいい。


 そうと決まれば早い。早速その人の教室へ向かった。

 

 † 

 

 紆余曲折を経て、雨が降る中、校舎裏まで来た。

 お目当ての先輩は、そこで箒をはいている。 

 普段は艶のある黒髪も濡れてしまって台無し。いや、むしろ色っぽいか。


「椿ちゃん、何やってるんですか」

 名字とか「先輩」とか言うと怒られるため、名前で呼ぶようにしている。最初こそ恥ずかしかったが今はもう慣れた。


「ユウこそ、なにしてんの?」

 気付いた椿は、さぞかし頭の中は疑問符で埋もれているであろうほどに、振り返っては首を傾げた。


「傘借りようと思って探したんですよ。また掃除押し付けられたんですか」

「そんなトコ」

「雨降ってるのに?」

「うん。ホントはやらなくていいんだけどね」

 

 言ってしまえば、彼女はクラスの中で若干の嫌がらせの対象だったりする。

 元々空気の如く存在感が薄いくせに変なところで目立つし、妙に成績が良かったり、若干性格がネジ曲がっていたり、要因はいくつかあるらしい。

 

 口元こそは誤魔化すように笑っているが。

 

 ようは、彼女に掃除を押し付けた者たちにとっては、彼女が雨の中で濡れながら掃除をしているのが面白いらしい。

 それに、荷物は教室においたままという親切設計。止めてくれる担任教師も今日はこれから出張だと、ホームルームが終わるなりさっさと出ていってしまったそうな。

 素晴らしく運がいい。


「誰も見てないですし、やめても何も言われないですよ。それに雨降ってるから掃除しても無駄ですよ」

 とても合理的で、理屈に沿ったことを言っていると思う。それでも、椿は首を横に振って、雨に打たれることを選んだ。

「私が雨で濡れてることに意味があるの。あの人たちは、それで喜んでいるから」

「あのそれ、いつも言うんですけど、いじめとか嫌がらせとか、そういう類のモノですよね」

「そだね」

「なんで律儀に受けてるんですか」

「ん〜いろいろ。当てたらジュース奢ったげる」

「何ですかそれ……。とにかく、折角傘借りに来たのに、濡れたら意味ないんですよ。早く帰りましょうよ。椿ちゃんも十分濡れてますって」

「……それもそだね」

 

 掃除用具を倉庫の中にしまったら、軽く駆け足で校舎に戻った。

 ハンカチで軽く頭とか制服の肩をはたいて、教室へ向かう。

 まだ廊下にも教室にもそれなりの人数の人が残っている。それを縫うように教室へ、そして椿の席へ向かう。

 ただ、上級生の教室に入るというのはいつまでたっても慣れない。

 加えて妙な視線も、一瞬とは言え向けられるものだから居心地は悪い。


「これ、とりあえず折りたたみ傘」

 椿が鞄から折りたたみ傘を取り出して渡してくる。

 紺色の地に白のドット柄の、可愛らしいデザインだが男が使ってもまだ許容範囲。

 教室を出る際に、椿は自分のビニール傘を持って廊下に出る。



「あのさ、ユウって実はワザと傘忘れてる?」

「いや……何でそんなめんどくさいこと」

「私と会う口実が出来るから」

 玄関を出て、傘を開く。

 そのまま雨の中に踏み込むと、傘がザーザーと雨に打たれてうるさく鳴りだす。雨は降っているのに、夏が近付いているせいで少し蒸し暑ささえ感じる。

「何ですかそれ」

「違った?」

「俺がそんなマメな性格に見えます?」

「そう言われると違うかも」

 笑いもせず、でもさ、と続けた。

「とりあえず肯定しておけば愛想あるんじゃない?」

「別に要らないでしょ、そんなもの……」

「ちょっと欲しいな。愛想はあったほうが将来役立つかもよ」

「はいはい」


 まるで小姑にでも小言を言われている気分だ。

 だが、彼女のアドバイスだ。多少「お前が言うな」というところはあるにせよ、頭の隅っこに置いておくくらいはしよう。なんだかんだ言って、彼女という存在は、信用できるモノだ。従っておいて損はないだろう。

 ただし、彼女に振りまくほどの愛想は持ち合わせていない。

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傘を貸してくれる先輩 竜田川高架線 @koukasen

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