後話


 ヒロシの家の近くで警官に車が呼び止められることは滅多にない。もうここは車の通りも少ない住宅街だからだ。何だろう? 運転手はタクシーを止め運転席のウィンドウを明けた。追いかけてきたのは若い警察官だった。

「君、この路地に入る前の一時停止で止まりませんでしたね?」


 後部にいたヒロシは、違和感を覚えた。えっ、タクシーは一時停止していたけど・・。なんだ!? いちゃもんのような職務質問だけではなく、若者がかなりの年配者に向かって「君、」というのもとても違和感だった。


そこから、運転手さんとお巡りさんの問答が始まった。

「止まりましたよ。あそこの一時停止でしょ。」


警察官は自分が若いこともあって舐められちゃいけないと思ったのだろうか。おそらく相手がタクシーということもあるのだろう。高圧的になってきた。

「何を言ってるんだ! 止まっていないだろう。」


歳を重ねている運転手さんもその言い方に反応してキッとなってきた。

「それはおかしい、私は止まった。証拠はあるのですか?」

「止まっていないだろう。」

「ちゃんとブレーキ踏んで止まって確認してから進んだんですよ。」


すると若い警察官はむちゃくちゃなことを言い出した。

「あんたがしたのは一時停止じゃないんだよ、”徐・行”っていうんだっ! 免許証を見せなさい!」

「見せる必要ないですよ!」


この間、熱くなっている二人は・・完全にヒロシがいることを忘れているようだった。


いくつかの堂々巡りの問答が続いた。


ただ・・ヒロシもも一時停止したの見ている・・。でもそれが1秒もあったかどうかはうろ覚えだが。車の中にいる運転手さんと僕は一時停止したと思っていても、ほんの一瞬のことなので、少し離れたところで見ていたら・・、スピードを緩めたぐらいに見えてしまうかもね・・。残念ながら年配の運転手のタクシーということもあってこのタクシーにはドライブレコーダーは付いていないので正しいことを証明することはできない。


 こういう時のヒロシは鈍感で暢気であった。後部座席で二人の問答の成り行きをを聞いていた。実は・・ヒロシも何度が理不尽だと思っている取締りを経験しているので警官が苦手だ。だから目立たないようにしてたと言った方が正しいのだが・・。


 ある程度の問答の切れ目で・・、若い警察官が後部座席のヒロシにやっと気が付いた。すると、彼は声のトーンを180度変えて・・子供をあやすような猫撫で声でヒロシに話しかけてきた。

「お客さん、お客さんも早く早くと急かしちゃだめですよ。」

とヒロシに会話を振ってきた。


 この態度にヒロシは初めてイラっときた。何を決めつけているんだ、何も言ってないじゃないか。この人の良い運転手さんに、立場を利用したイジメじゃないか・・。この運転手さん、極めて安全運転だ。そもそも、車も人も通っていないこの時間に取り締まるのも変だ。一時停止してなかったとしても誰も迷惑を被らないだろう。この住宅街の住人のヒロシはこの警官よりも街の事情を知っている自負があった。


 ヒロシは終始黙っていましたが、待たされているイライラもあって徐々に怒りが込み上げてきた。

警察官は運転手に向き直り、また高圧的に話を始めました。

「私が止まっていないところを見てるんですよ。」


流石にその言い方にヒロシカチンと来た。何だ、警官の自分が証拠だと言いたいのか・・。その時だった。

タクシーのメーターがカチっと上がったのだ・・。


実際はデジタル表示なので音はしていないが・・、ヒロシには何か聞こえたように感じた。そしてそれがヒロシの背中を押した。

ヒロシが二人の問答を遮るように後部座席からきっぱりと、少々大きい声で初めて声を出した。


「あの、俺、一時停止したの見てたけど!」


その声のトーンと初めてヒロシが発した言葉に若い警察官はギョッとした。そして、3人とも暫しの沈黙となった。

若い警察官がその沈黙に耐え切れず何か言おうとした。そこに続けてヒロシの口から勝手に言葉が出た。


「メーターが上がっていきますが、どうなるんでしょう?」


その発言が、すべてのやりとりを制することとなった。


若い警察官がやり場をなくしたように言った。

「くれぐれも、安全運転でお願いしますよ。今回は大目に見ますから。」


ヒロシにとってはこの言い方も気に入らない。何か言ってやろうとおもったら、今度は若い警察官の方が会話を遮るように自転車を力いっぱい漕ぎ始めてさーっと去って行った。


 少し行った家の前でヒロシはタクシーを降りた。運転手からお礼の言葉があった。

「色々ありがとうございました。」

だが彼は何かやるせない感じだ。真面目な人なので警察官とやり合ったことに後悔もしている様子であった。

ヒロシは彼が気の毒になった。そして、その真面目な性格に感心をした。

それにしても・・どうも警察は好きになれないヒロシであった。


運転手さんに敬意を表して無駄に上がったメーター分もヒロシは文句を言わずちゃんと払った。

ヒロシは家の玄関を開けながらつぶやいた。

「あのお巡りへの高いツケだな。」

(了)

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人間模様14 一時停止の出来事 herosea @herosea

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