シミ

またぞう

プロローグ

 男は硬い床の上で目を覚ました。ゆっくりと体を起こす。昨日の記憶が頭から抜け落ちてる分、鐘のようにガンガンと頭が鳴っている。薬を飲み過ぎた。男はなんとかベッドへ辿り着き、腰をかけた。

 降雨と呼ばれる現象が見られたのは、男の祖父母の代の話である。水は今や大変な貴重品であり、辛うじて活動している自治政府により、週に一度配給されるのみ。一応、個人間での売買は取り締まられているが、男のように適当に売り捌きながら薬に替える輩は、跡を絶たない。これはかつて酒と呼ばれていたモノの代替品である。しかし、もっと強い。

「生まれちゃったんだから、せめて、なるべく早く、短く、楽しく生きようよ。」

そう言って渡された薬に、今や男は夢中だった。というより、他の事など考えたくもないのであろう。

 世界的な干ばつは年々その勢いを増した。男が生まれた年にまだ在った海岸線は地平線へと後退し、風景は茶や灰色、そして黒に侵略されたようだ。人間を含む生き物は日々、いや、毎分毎秒続々と朽ちていくのみであった。

 焦点が曖昧な男の目に、ふと黒いシミが目に入った。ピタッと、男が固まった。シミが大きくなっていく。じわじわとその領域を広げるシミは、やがて掌程に広がると、溢れた。溢れた黒は男の足元にまで流れてきて、腰、胸、そして頭へと嵩を増していく。

 それが部屋を満たす頃、そこには何もなく、ただいつもの部屋が在った。男の姿を見た者は無い。

 

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シミ またぞう @youzoh

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