49話 枯渇と神々の導き(後)
「あれ、神父さまじゃねえか。どうかしたかい?」
「おお本当だ、神父さまだ! 今日もこの領壁を救ってくれたんだってな! 飯はたっぷり食ってくれたか?」
サシャが一同から離れ、カーヴィに鞄の中に隠れているように念を押しつつ、ふらつく足取りで向かった先。
――そこは、先ほどまでいた兵士食堂の厨房である。
一旦廊下に出たサシャは、予想どおり少し奥にあった厨房の勝手口から中へと顔を覗かせたのだ。戦場のような喧騒とむせ返るような雑多な料理の匂いが扉を開けた途端に押し寄せ、中から退役軍人と思しき料理人たちが何事かと集まってきた。
サシャは気合を入れて体をしゃっきりと起こし、どう切り出していくか頭の中で整理しながら笑顔を作った。
「みなさんご馳走さまでした。たっぷりもたっぷり、食べすぎたぐらいに頂いたよ。本当に美味しかった、ありがとう」
「がはは、そりゃ何よりだ! で、こんなところに我らが救世主が何の用だ? すまんが見てのとおり、まだまだバタバタしててなあ」
びっこを引いたいかつい猪人族の料理人が振り返る厨房の中は、未だ戦いが続いているような大騒ぎになっている。
山と積まれた追加の食材を一心不乱に下ごしらえする者、鍋を抱えて流れ作業で盛り付けをする者、腕まくりをして下げられた食器を洗っている者――前線を退いた彼らの戦いはまさに今、この場で繰り広げられているのだ。
「あー、忙しいところ申し訳ないんだけど、今朝の会議で話してたことって聞いてる? 今、神剣作りとか色々やっててね。その関係で今後の戦いのためにちょっと分けてほしいものがあるんだけど」
「ああん? 何も聞いてねえけど、他でもない神父さまの言うことだ。俺たちに協力できるんだったら何でも言ってくれ。欲しいモンがあったら全部持っていっていいぞ」
サシャが朝の会議で首脳陣から得た許可を言い訳に、この厨房で分けてもらおうと挑戦しているもの――それこそが先ほど天啓のように閃いた、今の枯渇状態を脱するための最高のアイテム。
「ええと、さっきのご飯に生の魚の切り身? そんなのがついていたんだけど……そうやって捌く前の魚があればちょっと見せてほしいなあ、なんて」
それは刺身と呼ばれていた、サシャが初めて目にした沿岸部ならではの珍味。
味ももちろん美味しかったのだが、今のサシャにとっては何よりも、仄かに残っていた独特な血の香りが強烈なスパイスとして印象に残っている。
そう、血だ。
獣や魔獣の血とは少し違った癖がありそうなものの、こうして刺身にする前の生魚からならば、その血で充分に体内の泉を補充できそうだと閃いたのだ。
それならこっそり敷地の外に狩りに出たりしなくてもいいし、血を飲むという行為はもうやるしかないとしても、意外な近場で手短に済ませることが出来る。まさに天啓というべき素晴らしいアイデアであった。
「おお、刺身か! 魚を生で食えるなんて知らない奴も多いんだけどよ、ここの仲間には昔に漁師をやってたのがいてな。今日のファルタからの救援物資の中に新鮮なのが大量に入っていたから、そいつの提案で一品添えたって訳よ。お貴族様だって滅多に食べれない高級料理なんだぜ?」
「おおー、そうなんだ。うんうん、たしかにあれは美味しかった」
「そうかそうか、気に入ってくれたか。で、捌く前の魚だって? 刺身を気に入ってくれたんだったら、遠慮しなくてもすぐ捌かせるぞ? ただ切り分けりゃいいってもんじゃなくてな、本当の味を引き出すには結構な技術がいるのよ」
「あ、捌く前のでちょっと試したいことがあるだけだから、そこまでしてくれなくて大丈夫だよ。今後の戦いのための、神の癒しに関連したちょっとした準備というか何というか。ちょっと生魚で確かめたいことがあるだけだから」
なんだか嘘をつくようで心が引ける部分もあるが、今後の戦いのためという部分は掛け値なしの本当だ。まさか自分がヴァンパイアの混血で、ちょっと血が飲みたいんですなどと正直に言う訳にもいかない。
調理用の生魚などで何の準備ができるのか、よくよく考えてみればかなり苦しい口実だが、料理人たちは詳しい話は聞いていないというし、このまま曖昧にぼかしておけば通用するはず。そもそもサシャが行う神の癒し自体が、ザヴジェルでは忘れかけられた神秘的な存在なのだ。
……弱気になっちゃいけない。ここは勢いで押し切ってしまうべし。
サシャは更に相手から考える時間を奪うべく、たたみかけるように厨房の奥を指差した。
「うーんと、もしかしてそのお魚があるのって、あっちかな?」
色々と話しながら、そしてこんなに雑多な料理の匂いがする中でも、今の枯渇状態のサシャの鼻には、実はそのありかははっきりと分かっている。
そう。
刺身として出された段階でも仄かに残っていた独特な血の香りが、予想どおりここでは濃密な芳香となって漂っている。そして、さっきから「こっちだこっちだ」とサシャを強烈に誘ってきているのだ。
「お魚、あっちにあるでしょ? ね、あってる?」
なんとか上首尾に事を運ぼうと、そして強烈な誘惑にもつられて若干ギラついた目で厨房の片隅を指差すサシャを見て、びっこの料理人はげらげらと笑いだした。
「おう当たりだ、この食いしん坊め! おおいチェニェク、神父さまが捌く前の魚を分けてほしいんだと! お前の目利きで美味そうなやつを選んでやってくれ!」
背中をばんばんと叩かれつつ、慌ただしい厨房の中を生魚の元へと歩き出したサシャ。
とりあえずは上手く行っている。
食いしん坊と笑われてしまったが、それはまあ、十割がた事実である。サシャはほっと安堵の息を吐きながら、忙しそうな料理人たちの間を邪魔にならないようにすり抜けていく。
奥へと進むその傍ら、そこかしこで料理されている品々の中には、当然肉料理も混じっている。だが、それらの肉は血抜きがしっかりとなされているからか、調理前の生の状態のものでも魚ほどの誘惑は感じない。
おそらくは狩ったその場で血抜きなどはされてしまい、その現場に今のサシャが行くのには無理がある。たぶん生魚ってのが、あんまり血抜きされていないってことなんだよね――そんなサシャの推測に答えてくれたのは、先ほど大声で呼ばれていた元漁師の料理人だった。
「おう神父さま、魚が欲しいんだって? そっちの奥にあるのは駄目だぞ、きっと網でまとめて獲った分だ。本当に美味いのはこっち、おそらく一匹一匹手釣りで獲った分だな。丁寧にその場で締めてあるぞ。その場で血抜きもされてるし、持っていくならこっちだ」
……同じ生魚でも、血抜きされているものもあるらしい。
確かに元漁師のチェニェクという日に焼けた者が指差す方は、エラやら尾やらに特徴的な傷がつけられている。網でまとめて獲ったと言われた奥にある方は、無傷のまま冷蔵の魔法具のなかに突っ込まれただけのようだ。
となれば、サシャが求めているのはもちろん――
「そうなんだ、教えてくれてありがとうチェニェクさん。でも癒しの関係で色々と確かめたりするのには、あんまり元からの傷がない方がいいんだよね。奥のあっちの方を見させてもらってもいい?」
「なんだ、自分で捌いて食うんじゃないのか。まあそれなら奥から好きなのを持って行きな。あっちはあっちで種類も多いからな、何をするのか知らねえけど手頃なのを選べるだろ。刺身はこっちから使ったけどな」
「うん、そうさせてもらうね。忙しいのにいろいろありがと。あ、もう後は自分で見れるからチェニェクさんは仕事に戻っていいよ?」
「おう、悪いな神父さん。じゃあ何かあったら声かけてくれ。今日はラタトゥーユと付け合せと刺身、三つも担当があるんだわ。刺身はさっき一気に捌いたからいいとして、付け合せがもうなくなってきててな――」
そう言ってバタバタと調理台に向かっていくチェニェクの後ろ姿に、サシャは「やった」と小さく拳を握りしめた。
目の前にあるのは、蓋が開けっ放しにされた冷蔵の魔法具。
中には大小さまざまの雑多な生魚がぎっしりと詰められている。サシャを猛烈に誘う血の芳香の出どころはまさにここ。料理人たちは皆慌ただしく調理を続けており、少しだけ奥まったここに注意を払っている者は誰もいない。
……が、頑張って補充しよう。
サシャの口の中に、苦くてエグくて鉄臭い、大嫌いな血の味が甦ってくる。
だが、次に死蟲が襲ってくる前に泉を補充しておくのは最優先事項、そう自分で決めたのだ。
……そ、それにこうして血抜きをすれば、ここのお魚はもっと美味しくなるってことだし?
サシャは涙目になりつつも、震える手を冷蔵の魔法具の中へと伸ばして――
◇
サシャがなけなしの知恵と勇気を振り絞り、体内の泉を補充していた頃。
残りの面々は、神剣増産の研究用に用意されたという部屋をすんなりと探し当て、ヴィオラの話に耳を傾けていた。ただしその場に巨漢のバルトロメイはいない。
廊下で騎士団の人間に捕まり、<連撃の戦矛>の戦士たちの夜警割り当てについてあれこれと質疑応答が始まってしまったのだ。続々と増援部隊が駆けつけてきているとはいえ、あれだけの激戦の後である。どこも人手不足は否めなく、<連撃の戦矛>の頼れる戦士たちにも依頼という名の要請が出されたらしい。
長くなりそうな気配を察知したバルトロメイは同行を諦め、オルガとシルヴィエ、ヴィオラとイグナーツの四人で部屋に入ったのだったが。
「――わたしくは、神託を受けてファルタの街におりました。このレデンヴィートルが導く相手と運命を共にせよ、さすれば世界は救われん、という
ヴィオラが待ちかねていたようにそう切り出したのは、一同が部屋に落ち着くなりすぐのこと。
「そうしてサシャさまに巡り合いました。実際のところそれは昨日のことなのですけれど、その僅かな間にも色々なことがありまして……」
ふわりとした微笑みがオルガ、シルヴィエへと順に向けられ、そして残るイグナーツへと固定される。
「レデンヴィートルの常ならぬ反応を始め、その他わたくしがサシャさまと共に体験したこと。そこには今日、共に奈落のおぞましい蟲と戦ったことももちろん含まれておりますが、それら全てを以て、わたくしはこう確信しております――」
深窓の姫君らしいやわらかな口調ではあるが、そんな前置きに続けてヴィオラは、きっぱりと断言した。
「――サシャさまこそ神託が言わんとした、世界を救う御方であると。そしてわたくしはそんなサシャさまに巡り合うために、ファルタに遣わされたのだと」
息を飲みこむ音がふたつ、静まりかえった部屋に零れた。
ひとつはサシャの一番の理解者、シルヴィエから。
彼女はヴィオラの神託のことは聞いてはいたが、サシャが世界を救う、その言葉に改めて衝撃を受けたのだ。
サシャは昨日今日と、傍らで見ていても奇跡としか思えない神の御力を以て、剣も魔法も通用しないと言われていた奈落の先兵を撃退した立役者だ。そんなサシャが世界を救う。初めに聞いた時はそんなまさかと聞き流していたが、今となってはすんなり頷いてしまいそうな自分がいる。
……ありえなくは、ない。
シルヴィエの飲み込んだ息は、低い唸り声となってゆっくりと吐き出されていく。
そして息を飲んだ、もう一人の人物はと言えば。
それはヴィオラがまっすぐに語りかけていた相手であり、それまで硬い表情で無言を貫いていた、この部屋にいるもう一人の神剣の使い手――イグナーツ。
シルヴィエと同時に息を飲んだとはいえ、彼の様子はそのシルヴィエとは明らかに異なっていた。驚いたというより衝撃を受けたという態で、特に最後の「サシャに巡り合うためにファルタに」というくだり、そこの衝撃が大きかったらしい。明らかに動揺を隠せていない。
「――イグナーツさま」
ヴィオラがそんなイグナーツを追い詰めるように言葉を重ねる。
「イグナーツさま、改めてお尋ねいたします。もしかしてイグナーツさまがザヴジェルに来たのは、そしてその中でも特にファルタにお選びになっていたのは、神託に導かれてではありませんか?」
「…………」
イグナーツは答えない。
ドライアド特有の緑の髪でその彫り物のような厳つい顔を隠すように俯いて、物静かに自らの神剣の柄を撫でているだけだ。
「わたくし、今日の戦いでその、奮闘虚しく亡くなってしまったお二人の魔剣使いに、同じ質問をした訳ではありません。彼らは何といいますか、その時すでに違うと感じておりましたので」
「……私はそうではない、と?」
「はい」
ようやく声を発したイグナーツに、ヴィオラは花咲くようににっこりと微笑んだ。
「イグナーツさまは、というよりも、その
「――ッ!」
ヴィオラの言葉の何かが勘所を直撃したのだろう。イグナーツは明らかにぎくりと身をこわばらせ、愛剣の柄を固く握り締めた。
そうしてためらいながらも何かを切り出そうと口を開いたが、すんでのところで再びその口を閉ざしてしまった。ヴィオラはそれで分かったとでもいうように、
「わたくしのこのレデンヴィートルを通じ、古の翠の女神、麗しの
そう言って笑みを深めて自らの神剣をそっと撫で、それ以上の追及は止めてしまった。
「…………」
イグナーツは再び思案に舞い戻り、なんともいえない沈黙が部屋の中に広がっていく。
「――ふう。ヴィオラもイグナーツも、そろそろあたいたちにも分かるように話してくれないかい? さっぱり話についていけないよ」
沈黙を破ったのは、痺れを切らせたそんなオルガのひと言だった。
シルヴィエも遠慮気味ではあるが、困惑したように頷いている。
「……欲を言えば、そうだな。もちろん我々にも話せる範囲までで構わないが」
「ですって、イグナーツさま。ここにいる人はちょうど、サシャさまの腹心ともいえる味方ばかりですわ。そうですよね?」
それにゆっくりと頷くシルヴィエ、そしてオルガ。
強いて言えば腹心というより振り回される保護者の心境なのだが、そこを指摘して話を脱線させたりはしない。
――サシャの味方であるということ。
そこに関して言えば二人とも、もうとっくの昔にそう決めてしまっているからだ。
「イグナーツさまがよろしければ、わたくしの推測をお話してしまいますが」
「…………否」
ヴィオラの言葉に、ついにイグナーツが意を決したように顔を上げた。
「皆を信頼し、私から全てを説明しよう。とはいえ、さほど多くを知っている訳ではないがな」
イグナーツはその樹人族特有の緑髪をおもむろにかきあげて、耳に心地の良い豊かな深い声で語り始めた。
彼の持つ神剣は、ドライアドの里に代々祀られてきた古の
彼はそれを護る禰宜の一人であり、奈落の暗黒から神剣を持って間一髪逃げ出したこと。
他に誰一人生き延びることが出来なかった悲しみと、里ごと国までを滅ぼした奈落への恐怖と憎しみ。心が音を立てて壊れていく逃亡生活の中で、神剣から大地神の声を聞いたこと。
ヴィオラの言うとおり、ファルタに来たのはそれに従った結果であること――
「……やっぱり。サシャさまは、本当に神々に愛されておいでなのですね」
そう微笑んだヴィオラに、イグナーツは否定こそしなかったもののさり気なく直答を避けた。
「そう、なのかもしれぬな。私が大地神から告げられたのは――」
そこでイグナーツは大きく息を吸い込んで他に誰もいないか確かめるように部屋の中を見回し、声をひそめて早口で囁いた。
――かの少年は、消滅しつつあるクラールが遣わした、最後の
木々の葉が風に擦れるような囁き声が、どこまでも無音の部屋に飲み込まれて消えた。
――彼こそが滅びつつあるこのヴラヌスの正統なる後継、最後の希望。暗黒を迎え撃ちたければ、クラールと共にこのヴラヌスを消滅させたくなければ、数多の無形の侵略者から、かの少年を護れ。
「……私はそう、告げられたのだ」
イグナーツの囁きは、確固たる意志が感じられるそんな言葉で締めくくられた。
「私は奈落が憎い。それはもう、あの邪悪をこの世から駆逐する為にはこの身がどうなってもいい、そう心に決めているほどだ。神剣に告げられた少年を護ることで、それが叶うのならば。ヴィオラ殿が、ここにいる皆が彼こそそうだと言うのであれば――」
ふう、とそこでイグナーツは肩の力を抜き、己を見つめる三人を松葉色の瞳でまっすぐに見つめ返した。そして話を戻し、先ほど自分が口にした大地神の言葉の解説を始めていく。
「ヴラヌスというのは、大地神が言うところの、この世界のことだ。滅びつつあると言われれば、思い当たる節はあるだろう?」
ここ二十年間で激化の一途を辿ってきた異常気象と、今や大陸のあちこちで頻発しているという噴火や地震。際限なく増殖していく魔獣に、日々短くなっていく日照時間。奈落もそこに加えてしまえば、全員に心当たりはありすぎた。
古の神から見ても、滅びつつある、そう断言されてしまったこの世界。
そしてやはりサシャはそんな世界にとって最後の希望だと、そうも見做されているらしい。
奈落を迎え撃ち、世界を救いたければ、そんなサシャを護れ――イグナーツが告げられたという古の神のその言葉が、それぞれの胸にじんわりと染み込んでいく。
「けれど無形の侵略者というのは私にはよく理解できず、警戒するに越したことはないと考えていた。今の話も、これまで誰にも話していなかった程に」
そう言ってイグナーツは眼前の三人に謝罪の目礼をした。
「けれどもヴィオラ姫、貴女の持つその神剣もまた古の
「うふふ、分かり合えたようで何よりです。わたくしのレデンヴィートルは、初めからそちらの神剣に宿る
「……ヴィオラ姫は
「一番愛されているのは、サシャさまですよ。イグナーツさまが受けた神託の内容にも驚かされましたし。ともあれ、わたくしたちは仲間ということで間違いはありませんね。互いの神々の思し召しに沿い、共に身を捧げる覚悟で励みましょう」
ヴィオラとそれまでの張りつめたような緊張が若干薄れたイグナーツが互いに頷き合っているが、その脇でオルガとシルヴィエもまた、違う種類の微笑みを交わし合っていた。困惑が入り混じった曖昧な微笑、というやつである。
「……シルヴィエあんた、二人が言ってることが全部理解できたかい?」
「……すまないオルガ。最後の方、古の神々の名前を出されると私にはちんぷんかんぷんだ。これまで以上にサシャを手助けしなければならない、そこは十二分に理解したのだが」
「……奇遇だね、あたいもだよ。サシャが奈落や世界の綻びに抗える力を持っていて、そこを神々に見込まれているってのは分かったけど……そんな古の神々の意思を汲んでこれから行動していくとなると、あたいたち一般人にゃ荷が勝ちすぎる話だよ」
揃って首を振る二人だったが、そこでシルヴィエが前向きに物事を捉えることに成功した。
サシャの傍で手助けするのは、考えてみればこれまでもしてきたことだ。それ以上の神々の意思に沿ってという部分については、その神々に働きかけられている当人に舵取りを任せてしまえば良い、と割り切ったのである。
「……神々のことに関してはあの二人の言葉に耳を傾けつつ、これまでどおりサシャを手助けしていけばいいのだろう? それに我々としてはその、普段はもう少し身近なところでサシャを支えることを意識していれば良いのではないか?」
「……そうだね。あの子はザヴジェルの常識にも疎いし、ちょっと抜けてるところがあるからね」
二人の頭に同時に浮かんでいたのは、サシャがこの場にいない原因――食べすぎでトイレに籠っている――である。
他にも色々とあるが、将来的に何か崇高なことを為すにしろ、当面は大人が傍で見ていてやらねばあの子は駄目だ。そういう暗黙の理解が、オルガとシルヴィエの間で再確認されたのであった。
そして。
「みんなお待たせっ! いやあ、軽く迷っちゃってねえ」
良いのか悪いのか分からないそんなタイミングで、元気を取り戻したサシャが扉を開けて合流してきたのである。
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