夏祭り

 大学の夏休みの期間中、久しぶりに田舎の祖母の家に泊まりに行っていたある日のこと。

 縁側でアイスを食べていたら中学生になったばかりの従兄弟が目を輝かせて興奮気味に話しかけてきた。


「お帰り、アイス食べる?」


「いや、いい。それより聞いてくれよ」


 夏祭りに行ってきたと、すぐそこにあるらしい神社で。


「祭り囃子が聴こえたから行ってみたんだ。そしたらさ、とっても賑やかな祭りがあったんだ」


「近くに神社なんてあったっけ?」


「いや、わからない。俺そんなここら辺に詳しくない」


「せっかくだからお土産買ってきてくれたらよかったのに」


「いや、金持ってないから何も買えなかった」


「いいなー、私もお祭り行きたい。最近暇なんだよね。ここらへん何にもないじゃん?」


「どこにも行かないからじゃん。ちょっと自転車に乗ればザリガニのたくさんいる川も蝉のたくさんいる森もあるのに」


 キョトンとしてさも当たり前のことのように答える従兄弟がなんともいじらしくってついつい笑ってしまった。


「なっ、何がおかしいんだよ」


「それで喜ぶのはあんただけだよ。他の子はみんな家に籠ってゲームをして遊んでいるでしょう?」


「そんなんつまらないじゃんか。こんなに自然が広がってる場所にいられるのなんて夏休みの間だけなんだからめいっぱいあそばなきゃ」


「あんたのお兄ちゃんは毎年ゲームばかりして、後半なんかゲームにも飽きてぐったりとしてたのにね。終いにはばあちゃんの家に行きたくないとか言って」


「あれはただのバカだよ。毎年ばあちゃんに会えるのは楽しみだし、親戚に会えるのも嬉しいじゃんか」


「みんな住んでる場所全然違うからめったに会えないもんね。……まあ楽しいのは最初だけでだんだん皆飽きてくるけど」


「姉ちゃんだって前まで一緒になって俺と遊んでたじゃんか。川も森も自転車の乗り方も、教えてくれたのは姉ちゃんだし。毎年姉ちゃんと遊ぶの楽しみにしてたんだ。それなのに姉ちゃん家はぱったりと来なくなって久しぶりに来たと思ったら家に籠りっきりだしさ」


「昔のことだよ、父さんの仕事が忙しくてさ。やっと一段落したから今年は来たの、もうそうして遊ぶお年頃じゃないのよ」



「それよりその祭りのこと聞かせてよ。どんなだったの?」


「それがさ、きいてくれよ!」


 途端に従兄弟は目を輝かせて祭りの様子を語りだした。

 見たことが無いくらいに大規模な祭りで出店も多かったこと。人が多くて賑やかで歩いているだけで心が踊ったこと。

 夜にはきっと花火も打ち上げるだろうからそれが楽しみで仕方がないこと。


「ばあちゃん家からでも見えるかな」


 そんなことを言って従兄弟は目を輝かせている。


「どうだろうね、今まで花火が見えたことは無いからもう少し山を降りなければ見えないかも」


「うーん、確かに。………そういえば優しいおじさんがりんご飴をくれたんだ、祭りの中を歩いている最中に」


「貰ったの?」


「いや、貰ってないよ。ばあちゃんが知らない人から食べ物を貰うなっていつも口を酸っぱくした言っていたから」


「偉いじゃん」


「その後この辺じゃ見掛けないが何処のうちの子だいって聞かれたよ。あと名前も」


「………なんて答えたの?」


「ばあちゃんの苗字を出してそこの孫だって言ったよ、名前は出してない。ばあちゃんいつもそう言っておけばそこらの人は良くしてくれるはずだって言ったろう」


「そしたらおじさんがさ、前にもそこの家のお嬢ちゃんが遊びに来たことがあったなって言ったんだよ。対応が俺と全く一緒だから思い出したんだって」


「それでさ、それが姉ちゃんなんじゃないかって思って」


「そうだったの」


「でもその様子じゃ姉ちゃんじゃ無いみたいだね」


「うん。人違いだよ、覚えてない」


「でもさぁ、おじさんの近くにいた女の子が言ったんだよ姉ちゃんの名前を。懐かしいね、会いたいなって言って」


「………そう」


「姉ちゃんの知り合いの子? この近くに住んでるのかな、久しぶりにばあちゃん家に来たんだし会ってあげればいいんじゃない? どうせ暇だろ?」


「……….そうだね、ちょっと会いに行ってみるのもいいかもしれないね。ぜんぜん覚えてないけども昔遊んだ子かもしれない」


「今ならまだ祭り会場にいるかもしれないし、俺自転車置いてきちゃったんだ。一緒にとりに行ってくれよ」


「それが目的か、ついでにお土産を買うためにいくらかお小遣いも持っていこう。何か食べたいものはある? お姉ちゃんがおごってやろう」


「はし巻き食べたい」


「よしきた。おばあちゃんに出掛けてくるって言ってくるからちょっと待っててね」
















「確かこの辺だったんだよな」


 そう言ったのはばあちゃん家から歩いて徒歩数分のこと。こんな場所に神社があった記憶は無い。


「そこで祭り囃子が聴こえたんだけど……まだ聴こえないね。もっと奧に行ってみようよ」


 従兄弟がそんなことを言い道を外れかけたとき、遠くからかすかに祭り囃子が聴こえた。従兄弟は気付いていないようで、確かにこの辺だったよなとキョロキョロと周りを見回している。


 誰かに名前を呼ばれた気がした、どこかで聞いたことあるような懐かしい声で。


 嫌な予感か頭をよぎった。


 ばあちゃんの家にいるあいだは親族から紹介されていない人に名前を教えてはいけない。知らない人から与えられたものを食べてはいけない。

 あの子はそれが守れなかった。


 急いで従兄弟の手を握り早口で捲し立てる。


「もうそろそろ帰ろうか、日が短くなってきたから速足で行こう。振り返ってはいけないよ、それから走るのもダメだ」


 なぜか自然に言葉が出てきた。まるで過去に誰かに言われたことをそのまま言っているみたいだ。


「どうしたんだよ急に。まだ全然明るいよ」


「さっきまで忘れていたんだけれどばあちゃんが今日は早く帰るようにって言っていたんだ。遅くなるといけない」


「えっ、祭りは? まだ行けてないよ。お土産買ってくんじゃなかったの? はし巻きは? 自転車もまだ見つけられてないよ、祭り会場に忘れてきたままなんだ」


「それはまた今度にしよう」


「女の子にも会わなくていいの?」


「会わない方がいい気がするんだ」



 はじめからここに来るべきでは無かった。今の私に何が出きるというのだろうか。

 名前もすでにとられてしまっているというのに。


 速く、はやく、ハヤク。ここから抜けなければ。







 祭り囃子がどんどん近付いてくる。






「しばらくはばあちゃん家にも来ない方がいいかもしれないね」








 せめて従兄弟だけだも無事に帰ることができれば良いのだけれど。






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たんぺん 沙魚川 @h1rera

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