第五十八話

 軍警本部に舞い込んだのは、執行人・風祭誉の捜索願だった。

「つまり、昨日の夕方から行方が分からないって訳か…」

 本部に駆け込んできたのは、今年執行人になったばかりの新米の少年二人だった。彼等は先日の作戦には参加せず、留守を任されていた水原事務所の生き残りである。

「はい、誉さん、夕食の前に忽然と姿を消して…」

「俺達、行きそうなところを探したんです…でも、見つからなくて…」

「それで、ここに来たって訳か…」

 少年達の話を聞きながら、永倉はメモを取っていく。軍警は一応警察組織でもある為、こういった行方不明者捜索も大事な仕事だった。

「もう日も暮れたしな…お前達も本来ならもう外に出られない時間だぞ」

「それくらい、分かってます。でも…なんだか嫌な予感がして…」

 俯き、不安を押し殺さしながら少年は思いを吐露する。

「分かった。巡回に合わせて捜索する。だから、お前達は早いとこ帰れ。猛、こいつら送って行ってやってくれ。秋津川の嬢ちゃん探すのはそれからだ」

「…了解しました」

 先刻の雪那との一件で、猛は彼女を追いかけようとして、歩みを止めてしまった。

 ようやく、自分の意思で雪那を護ると決めた矢先、隠していた事が思いもよらない形で本人に露見し、信頼を失った猛は雪那を追いかける事が出来なかった。

 結局、誉の捜索願を持ち込んだ少年達の話を猛は永倉と共に聞くことになった。

「さて、じゃあ早速巡回に行くか」

 エントランスの柱に取り付けられた時計を見やり、永倉が猛と水原事務所の少年達を伴って外に出ようとした刹那。

 庁舎の裏から轟音が響き渡った。

 咄嗟に、猛と永倉は少年達を庇いながら床に倒れこむ。頭を護るように体を丸め、ぐっと息を堪えた。

 轟音と共に庁舎を爆風が揺るがす。その振動が収まると、辺りは耳が痛くなるほどに静まり返った。

「今のは一体…」

 突然の出来事に困惑していると、軍警本部の庁舎の裏手から、騒がしい声が聞こえてきた。

 裏手には、囚人を収監している独房がある。

「永倉っ魚住っ無事か⁉」

 粉塵が舞う中を声を張り上げて駆け付けたのは、土方だった。

「おい、歳、一体何が起きたんだ。今の爆発は」

「直ぐに来いっ独房が爆破された」

 永倉と猛の腕を引っ張り上げ、土方は裏手へと二人を連れて駆け出した。



 裏庭を抜け、独房の入り口がある建物へと辿り着いた土方は、そこにいた人物を前に立ち止まった。

 それは、土方についてきた永倉も同じであった。

「総司…」

「なんだ、まだ逢坂にいたんだ?」

 爆破され、炎に包まれた建物の前で、ソウジは土方を見て口端を釣り上げる。

「てっきり、帝が心配で帝都に帰ったのかと思ったけど…ふうん、下手人の尋問で残っていた訳か…」

「ソウジ、油売ってないでさっさと帰るぞ。おっさん休ませねと」

 地下にある独房へ続く階段を、ジュウロウザを連れて登ってきたシュウタは、土方達と対峙しているソウジを急かす。

「分かってるよ…そういう訳だから、また今度ね。土方さん、永倉さん」

「総司?お前、本当に総司なのか⁉お前はあの時江戸にいた筈じゃ」

 目の前にいるかつての同胞の姿に、永倉は15年前の記憶を呼び覚ます。

 あの頃、結核の療養の為に、目の前の青年は故郷に戻っていた。

 それを、永倉も斎藤も、悔やんでいた。故郷に返すべきではなかったと。

 それが、あの頃と変わらぬ姿で目の前にいる事実が永倉には衝撃的だった。

 彼を江戸に返すよう提案し、そのことを一番後悔していた土方が動揺していないのが、不思議ではあったが、沖田総司がこの場に生きている現実に、永倉は困惑した。

「待てよ総司っなんでお前がそいつらと一緒にいる⁉なんで生きてるんだよ」

 ジュウロウザを連れ、軍警本部を去ろうとするソウジの背に、永倉は必死に疑問をぶつけた。

 死んだと思っていた仲間が目の前にいる。それが、どうしても信じられなかった。

「はあ、土方さんから聞いてないの?私はもう、かつての新選組の沖田総司じゃない…私は、メルクリウスの実験によって、怪夷を取り込んだあんた達がクラスSと呼ぶ人型の怪夷だよ」

「なんだって…」

 告げられた事実を受け止めきれず、永倉はその場に立ち尽くす。

 驚愕する永倉と、無言のまま相手を見据える土方。

 二人の上司の表情とソウジの話を猛は当惑しながら聞いていた。

「というか、こんな所で遊んでていいのかな?私達の主は既に計画を実行に移してるよ。早くしないと大変な事が起こるから」

「総司…あのペテン師は一体何を考えてやがる?答えろ」

 かつての仲間を睨み付け、土方は淡々と問いを紡ぐ。

「さあ、でも、直ぐに分かるよ…もうすぐ、始まるからね」

 クスリと、ソウジが笑みを浮かべた瞬間、北東の方角に爆発音と共に水蒸気と火柱が舞い上がった。

「なんだ…!」

「あれは、まさか大阪城か」

「あはは、さあ、大災厄の続きをしよう!早く鍵を見つけないと、大変な事になっちゃうよ」

 ジュウロウザを連れ、先に屋根伝いにその場を後にするシュウタの後を追いながら、ソウジは土方達を振り返り嘲笑う。

 彼が残した言葉の意図を、土方は直ぐに読み取った。

「魚住、今すぐ秋津川の嬢ちゃんを捜せ。奴らと接触する前に」

「土方さん…あの人が言ってた鍵って…」

「くそ、奴等、本気で江戸のあれを再現するつもりかよ」

 拳を握りながら舌打ちする土方の胸倉に、それまで驚愕に身を固めていた永倉は掴みかった。

「おい歳っどういうことだよっ総司が生きてたって…お前、知ってたのかよ!答えろよ」

 掴んだ胸倉を揺らし、永倉は土方に詰め寄った。その表情には怒りとも悲しみともとれる複雑な感情が滲んでいた。

「永倉さん、そこまでです」

 土方に掴みかかっていた永倉の腕が、後ろから掴まれる。

「斎藤さん…」

「一!止めるなっ俺は歳に話を」

「すみません、私も知っていました。沖田君の事は…」

 ぽつりと、言い訳をするような齋藤の言葉。

 それを聞き、永倉は大きく目を見開いて、掴んでいた土方の胸倉から手を離した。

「詳しくは後で話します。それより、まずは市民の避難と救護を。たった今、通報がありました。大阪城が何者かに爆破され、炎上。その火の粉が逢坂の街を包みつつあります。そして、この間の作戦以上の怪夷が街に溢れていると」

「斎藤さん、それ」

「魚住、貴方は秋津川さんを急いで探して下さい…彼女を彼等の手に渡す前に」

 猛の肩を、励ますように斎藤は叩く。

 その促しに頷き猛は、三人の上司に敬礼をしてその場から駆け出した。

「さあ、軍警の仕事ですよ。近衛隊の土方少将も協力してください」

 軍帽を被り、軍警隊長としての表情で、斎藤は土方を見据える。

 その視線を受け止めて、土方は嬉しそうに苦笑した。


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