第七話


 事務所のある玉造から御堂筋方面に向かう長堀通りには、古今東西、和洋折衷の衣服に身を包んだ人々が行き交っている。

 大災厄の起こる遥か前。まだ江戸幕府がこの国の政治を担っていた頃より、日ノ本は英国に匹敵する蒸気大国として栄えていた。

 その技術は怪夷が出現し、動乱の時代を超えた今も健在で、逢坂の街には、かつて栄華を誇り、大阪と呼称されていた時代のシンボルである大阪城に設置された巨大な蒸気炉と巨大解析機関からの動力を流すためのパイプが張り巡らされている。

 カラカラと、あちこちで歯車が噛み合う音が響き、蒸気とオイルの臭いが微かに鼻をついた。

 行き交う人々に混じって、馬や鳥、犬などの形を模した蒸気機関を動力源にした絡繰り達が様々な仕事を熟している。

 英国などでは、鉄などの金属を主に使った自動機械が主流だが、日ノ本では古くからある木製の絡繰り人形の技術を応用した蒸気絡繰りが主流で、海外の自動機械と同等の働きを担っていた。

そんな、逢坂の賑わう街並みを横目に会話を交わしながら歩き、二人は昨夜怪夷が出現した道頓堀へと辿り着いた。

 怪夷を倒した事を証明する為に張った結界の前には、討伐完了の連絡を受けた軍警と憲兵達が周辺の現場検証を行っていた。

 雪那が張った結界を囲むように新たに張られた広範囲の結界の前に辿り着く。

 地面を歩いていた刹那をひょいっと抱き上げて、雪那は結界の前にやってきた。

「ご苦労様です。連絡をいれた秋津川事務所の者ですが」

 結界の前に立っていた憲兵に雪那は身分証を提示する。

「ご苦労様です。中で隊長がお待ちになってますよ」

 既に見知った顔なので、憲兵も身分証を見るなり直ぐに通してくれた。

 結界の中に入ると、憲兵が身に着けるカーキ色の詰襟の軍服とは異なる漆黒のダブルブレストの軍服を身に着けた男達が数人、雪那の結界の前に立っていた。

「おや、来ましたね」

 結界内に入ってきた雪那と猛に気づき、軍警の一人が二人と一匹を振り返る。

 胸元に幾つも簡易勲章を付け、長い黒髪を背中に流し、灰色がかった涼やかな目元の男は、雪那達をを見つけるなり穏やかにほくそ笑んだ。

「斎藤隊長、現場検証お疲れ様です」

 軍警の隊長ー斎藤一さいとうはじめに雪那は敬礼をする。

「お疲れ様です。ランクCを討伐とは流石ですね、秋津川君」

 雪那の敬礼に応え、斎藤は更に笑みを深くする。

 雪那に続いて猛も敬礼をする。こちらは一糸乱れぬ機敏な動きで、無駄のない敬礼だった。

 猛の顔を見るなり斎藤は何処か安心したよ様に頬を緩めた。

「魚住君も元気そうですね。最近、土方さんが気にしていましたよ」

「ご無沙汰しております、斎藤大佐。貴方もお元気そうで。土方中将はお変わりないですか」

「相変わらずです。近頃は近衛隊の勤めが忙しくて、逢坂にはなかなか来られないようですが...たまには連絡してあげると喜びますよ」

「既に軍を抜けた身の私が個人的に連絡を取っては迷惑にならないでしょうか...」

 斎藤の促しに猛は少し困ったように眉を垂らす。

 猛は雪那の事務所で執行人になる前は政府の軍人として逢坂に派遣され、斎藤達と共に逢坂の街を護っていた。

 当時斎藤は軍警の副隊長で、その時の隊長で猛の上司だった人物が土方歳三だ。

 斎藤と会話を交わすのは、猛が軍を退役して雪那の事務所で執行人になって間もない頃の最初の討伐以来だ。

 恐縮している猛の肩を、斎藤は軽く叩いて景気づける。

「そんな事を心配せずとも、土方さんなら問題ないですよ。十五年前の新選組時代に『鬼の副長』と呼ばれて恐れられていたこともありますが、あれで歳を取った分丸くなりましたからね」

 斎藤の話に、かつての上司の顔を思い出しながら猛は「そうですか」と相槌を打った。

「旧交を温めるのは大変よろしいんだけど、斎藤さん、報奨金の方は?今回討伐したのは旅人を四人も喰ったランクCの怪夷だよ。それなりに報奨金もでかいでしょ?」

 猛と斎藤の会話に半ば強引に入り込み、雪那は不敵な笑みを浮かべながら斎藤の顔を覗き込む。

「そうでしたね。では、結界を解いてもらえますか?核の質と量の査定を行う為に回収をしなくてはなりませんから」

 苦笑を浮かべながら斎藤は懐から一冊の紙の束を取りだすと、万年筆で紙面にさらさらと何かを書き込んだ。

「了解」

 ゆっくりと前に出た雪那は斎藤と猛が下がったのを確認すると、八咫烏の文様が浮かび上がる結界に両手で触れた。

「解」

 短く雪那が呟いた瞬間、文様の浮かび挙がっていた結界が水が跳ねる様に弾け飛び、中の全容を明らかにした。

 昨夜、莉桜がランクCを倒した場所には、黒い水が蒸発したような色濃い影が放射線状に広がったような跡が残っている。更にその周辺には肉片や衣服の切れ端、荷物の残骸のような物が転がっていた。

 放射線状に広がった影の中央には、ひし形の六面系の黒曜石のような、石炭のような塊が転がっていた。大きさは、ヒトの頭くらいはあるだろうか。

 更に、その周りには、薄い同じような小さな影が広がり、小石程の小さな塊が点々としていた。

雪那の肩から飛び降り、身軽に地面着地した刹那は、スタスタと結界のあった中に入ると、落ちたそれらをまじまじと、何かを吟味するように見つめる。時折鼻先を近づけて、臭いを嗅ぐような仕草を見せた。

「それでは、査定宜しくお願いします。僕達も痕跡見せてもらいますね」

 斎藤に一言断りを入れた雪那は結界を張っていた中に刹那の後を追う形で歩いていく。

 一番大きく、色の濃い影の傍に近づき、雪那、猛、斎藤は塊の前に屈み込んだ。

「やっぱり、三日月で祓うと色が濃く残るよね。普通はもっと薄いのに」

 放射状に広がった影をまじまじと見つめて雪那はふむふむと関心を寄せる。

 そんな雪那とは対照的に真剣な表情で猛は自身が倒したランクDの痕跡と莉桜が倒したランクCの痕跡を見比べた。

「俺が倒したランクDの方は核は残っていても影は殆ど残っていないのに...」

「消滅と消えるは違うからね。三日月は切った怪夷の身体を浄化させ、まるで怪夷が最期の断末魔を上げるように黒い影が跡に残る。普通に怪夷を倒すのだと塵になって連中は闇に戻るだけ。核をそのまま放置してたらまた人の怨念を吸って闇の中から湧いてくる」

 厄介だよねえ、と呟きながら雪那はパンパンとズボンに付いた埃を払いながら立ち上がる。

「斎藤さん、どう?今回はいい感じですよね」

 怪夷の残した核を小型のルーペを覗き込みながら確認していた斎藤は、一先ず立ち上がると、先程取り出した紙に更に何かを書き加えた。

 書き終えた紙を斎藤は雪那に手渡す。そこには日付や討伐者名、討伐場所などの基本的な情報と、十桁の数字。それから斎藤のサインが記入されていた。

「少し査定に時間がかかりそうだ。明日には終わると思うから、これを持って本部まで来てほしい」

 予想外な展開に雪那は目を丸くする。いつもならさっさと査定が出るのだが。

「今回は数も多い上、ランクCの核も純度が高そうなので。専門家に見てもらってからの方が良いかと思います。私ではこれだけ密度の濃い核は査定が出来ませんから」

 疑問を抱いている雪那に斎藤は理由を説明する。あくまで斎藤は軍警。怪夷討伐後の現場調査はするが、怪夷の核に関しては専門外で、本来なら化学班等の専門機関が分析や解析を行う。

 普段意識していなかった事を改めて言われて雪那は納得した。

「つまり、報奨金はかなりでかいってことですな」

「恐らくは。期待して待っていなさい」

 斎藤からの太鼓判に雪那は「やったあ~」と狂喜乱舞した。

 常に万年金欠の秋津川事務所には願ってもみない話だ。

「それでは、斎藤隊長。僕等はこれで失礼します」

「ああ。気を付けて帰りなさい。その札はくれぐれも失くさないように」

 念押してくる斎藤に雪那は多く頷くと、貰った札を大事そうに懐に押し込んだ。

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