10ー22 バーナード家
側室ケイトとの間には、六男ルイス2歳、九女クリステル2歳、十六男アンドレ1歳が居る。
ルイスとクリステルは同じ2歳ではあるが、一年が16か月もあるこの世界では一年の間に同じ母親から生まれる子は少なくない。
王都別邸からバーナード子爵領に向かっているベルム歴729年初冬(月)の18日の現在は、ルイスの場合で言うと生後857日目(ベルム歴728年初春(月)の7日生まれ)だから、地球世界で言うと二歳と五か月余りである。
クリステルの場合は生後528日目(ベルム歴728年中秋後(月)の30日生まれ)だから、地球世界で言うと一歳と五か月余りになる年齢だ。
この世界では生まれた年を一歳と数え、次に迎える初春月の1日で一つ歳が増えることになる。
その為に、ルイスもクリステルも同じ2歳のくくりになってしまうんだ。
因みにアンドレは、ベルム歴729年盛夏前(月)の30日生まれで、現在は生後160日目であり、地球で言えば生後三か月過ぎになるが、三人の子はいずれも可愛い子だぞ。
ルイスが何とか自分の意思を言葉で伝えられるようになっているが、クリステルとアンドレは、まだちょっと難しい(クリステル)のと、無理(アンドレ)だな。
但し、上の子たち(フェルディナンドやアグネスなど)の影響もあって、もう念話が送れるから、幼い二人も俺やルイスに自分の意図を伝えて来るんだ。
だから俺が居ない場合は、ルイスが二人の弟妹の代弁者になっているんだが・・・。
このままで良いのかと自問自答している俺だった。
何故なら言葉を覚えなくても何とか意思が通じるとなれば、だれしも楽な方に動こうとする恐れがあるからだ。
今のところは他の子たちは俺の言うことをしっかりと聞いて、言葉を覚えてくれているから覚えが速いんだが、何事にも例外はあるからな。
無口な子になれば将来が困るだろう。
俺の子は多少の誤差はあるものの、大体700日前後で結構なおしゃべりができるようになっている。
優秀な子はそれなりに育てるのも苦労するものだよ。
特に俺の子たちは魔力が多いからな。
最初に覚えさせるのは俺の目の届かないところで魔法を使ってはいけないということだった。
生後三か月余りのアンドレだって、もう簡単な風魔法なら使えるんだぜ。
幸いにして付いている従者たちには気づかれていないんだが、いずれどこかでバレるんだろうなぁ。
その時に嫁sへの説明というか言い訳を色々考えている俺だった。
真っ先に気づきそうなのが、リサとフレデリカだろう。
この二人は自分も魔力が多いから子供の魔力にはそれなりに気づいている。
しかしながら流石に生後一年にもならない子が魔法を使えるとは思ってはいないはずだ。
普通は魔法師がついて教え込んでから覚えるものだ。
リサの場合は、両親やら家を失った怒りから幽体になってから魔法に目覚めたが、あれは特別だ。
魔法師は通常の場合、貴族や裕福な商人の子供が成る場合が多い。
そのような家庭では魔力があるか無いかを調べ、相応に魔力を有している者については教育を施すために、将来は魔法師となるケースが多いことになる。
我が家でも一応家庭教師は数人つけているが、当然にその中に魔法師もいる。
左程能力の高い魔法師ではないんだが、初歩の魔法の教え方が非常に上手だったので王都に居たのをウチに引っ張って来た若い女性魔法師だ。
うちの子だけでなく、俺の領内に造った学校でも一月に二回ほど巡回しながら魔法を教えてもらっている。
現時点で学校は少なくとも四か所、カラミガランダのヴォアールランド市内に一か所、ランドフルトの中心都市ラドレックに一か所、シタデレンスタッドに一か所、ウィルマリティモに一か所であるが、人口が増えて来たのだここ二~三年で増やす方向になるとみている。
◇◇◇◇
中道派であったバーナード子爵については、ケイトを側室に貰うまでは接点がほとんど無かったんだが、王都にしばらく滞在していたことから、ケイトと婚約時代のバーナード男爵には何度か会っている。
宰相曰く、目立たないが、要所、要所で機敏な動きと判断を示す人だと聞いている。
それゆえに王家からも評価され、子爵に陞爵したのだろう。
中々闊達な話し方をされる人であるが、平民上がりの俺に対しても爵位に見合った対応をしてくれる人物であり、裏表の少ない人物である。
バーナード子爵領の領都オルブラドスは、周囲をなだらかな丘陵地帯に囲まれた盆地状の土地であり、山紫水明の風光明媚な土地柄のようだ。
尤も、ケイトが生まれ育った土地ではないので、子爵領に入ってからは、ケイトも身を乗り出して窓の外の景色を眺めている。
子供たちも従者に見守られながら外を眺めている。
帰省用の馬なし馬車は特殊な造りにしている。
側面の壁とドアの大部分が特殊なガラスで出来ているので、内部からは子供の目線でも外の景色が眺められるのに、外側からは内部が見えない仕様になっている。
普通に馬車の壁やドアと認識される色合いにしているから、地球にあるマジックミラーとは違って、鏡になるわけではない。
こいつは俺の錬金術で生みだした特殊な素材だ。
そうしてスイッチ一つで透明機能を停止することもできる。
余り近くの物を見ていると車酔いをする場合があるので、そんな場合には透明機能を解除して外を見るのは普通の窓ガラス部分だけにすることもできるわけだ。
幸いにして馬なし馬車の乗り心地が良いから、ケイトもその子たちも乗り物酔いにはなっていないし、従者たちも大丈夫なようだ。
そうしてベルム歴729年初冬(月)の18日ワブ三の時(≒午後3時半)頃に領都オルブラドスに到着した。
オルブラドスは、王都と同様に周囲を城壁で囲まれた城塞都市だ。
城壁に囲まれているのは防衛のためではあるが、主たる外敵は人ではなく、黒飛蝗対策なのだ。
そうして市内のいたるところに地下壕があるのが特徴だ。
王都よりも都市の規模が小さいので割合に整備ができているのかもしれないし、王都よりも襲われている頻度が高いのかもしれない。
黒飛蝗は進路にあるものを全て食い尽くすから、進路上にある森、畑などは間違いなく壊滅する。
従ってそこに住む者は用心深くもなるが、同時に土地を離れて行く者も多い。
オルブラドスは子爵領だが住民は1万人をわずかに超える辺りで、人口は少なく実入りも少ない土地柄のようだ。
従って俺が土産に持ち込んだ数々の物資は大いに喜ばれた。
保存の効く食料がメインである。
例によって輸送車二台に積み込んだ大量の物資を領主館の敷地の一部に地下倉庫を造って、保管した。
倉庫の隣には大きな四階層の避難所を作っているので、仮に籠城する場合でもこの避難所で十日は持つだろう。
何かあれば無論俺が救援に来るつもりでいる。
日没までには仕事を済ませ、夕刻からは領主館で歓迎の晩餐会があった。
鮮度が命の魚類料理を出すために、今回は予め調理済みのものを輸送車に運ばせていたので、それを出して出席者に食べてもらった。
これも俺の領地の特産物のPRの一環なんだ。
海産物が美味いと分かればいずれ流通革命で遠方まで鮮魚等が運べるようになった際に、海の魚が売れるだろう。
ケイトはバーナード家の末っ子だったから、両親や祖父母には随分と可愛がられたようだ。
そのケイトの子とあって、両親や祖父母の目じりが下がりっぱなしだ。
バーナード子爵の正式名は、エドムンド・ヴァル・バーナード、その夫人はアビゲイル、どちらも30代で壮健だ。
ケイトの父方の祖父にあたる人物は、エステバン元男爵、祖母はカサンドラ、既に50歳を超えているがどちらも目や足腰は丈夫なようだ。
ルイスは、兄貴分として二人の余りしゃべれない弟妹のために頑張っていた。
その翌日、俺は領主館を発ったのだが、今回のもう一つの役目である蝗魔退治の殺虫剤の散布をお願いして十樽を子爵に預けた。
子爵は、すぐにでも動くと確約してくれたが、それだけこの領地では切実なのだろうと思う。
効果がはっきりと見えるまでには少なくとも7~8年はかかるかもしれないが、十年経てば黒飛蝗の心配はしないで済むはずだ。
それまでは何とか辛抱してほしいものだ。
俺はその足で、リンダース侯爵領へと向かった。
バーナード子爵家の南側、王都の東側に位置するのがリンダース侯爵の本領であり、俺のランドフルト領に接する飛び地も持っている。
そうして黒飛蝗の発生する荒れ地の東部がリンダース侯爵本領と接しているのである。
リンダース侯爵領の領都エーベンシャウトも城塞都市である。
頻度から言えば、風はどちらかというと西方向から吹く確率が高いようだ。
従って、南部および南東部に当たる王都、東部に当たるリンダース侯爵領、北東部に当たるバーナード子爵領の方が他の地域よりも受ける被害が多いようである。
リンダース侯爵に挨拶し、殺虫剤の散布のお願いをして、その日の午餐会だけを甘受してリンダース領を辞去した。
その日の内に王都を経由してカラミガランダに帰着したので、俺の領地不在は都合四日だけで済んだ。
別に俺が居なければ困ることがあるというわけではないが、何かあった場合に本拠地に居ることが大事であり、そのことが王家や宰相の信頼も生むはずだ。
俺も侯爵という立場になったので、他所の領主と公式・非公式に会うということは、傍目にはどう映るかわからない。
疑心暗鬼にかられると人はとんでもない考えでも信じてしまうことがあるから注意しなければならない。
王家や宰相などの傍に配置している
貴族とはそれなりに厄介なものである。
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