10ー21 王都参詣・黒飛蝗対策等

 ベルム歴729年晩秋(月)の15日、王家親族でもあるファンデンダルク家にとっては一年に一度の恒例行事である王都参詣があって、俺の家族全てを引き連れて王都へ詣で、国王陛下に拝謁してきた。

 公式な拝謁が許されるのは、俺とコレットそれにコレットとの間に生まれた三人の子だけなのだが、公式行事が終わった翌日には、王宮の一画で非公式な午餐会が開催され、王都別邸の料理人たちが腕を振るって国王陛下と王妃殿下、それに王太子のご家族と交流をするのだ。


 その際には、俺の側室とその子らの同席も許されている。

 従って、王都参詣はファンデンダルク家で一年に一度の大行事となっている。


 王都へ出立する一月も前から、コレットも側室たちも身を飾る衣装や宝飾品の準備に余念がない。

 車列もこの時ばかりは家紋の付いた小旗を立てた馬車を連ねる。


 警護の騎士団は馬なし馬車で移動するが、俺や嫁s、それに子供たちと従者達の移動は昔ながらの馬車10台での移動なのだ。

 馬車の内装や装置は魔改造しているので乗り心地は良いのだが、とにかく時間がかかる。


 おまけにこの小旅行には結構なお金が出て行くことになる。

 嫁sが9人、その子らが全部で26人だ。


 従者は、嫁sとその子ら一括りにして各三名付いているから全部で27名、プラス俺の従者が3名で小計30名。

 警護騎士は、馬車一台について馬なし馬車2両で6名の小計60名。


 更には土産を運搬するために馬なし馬車の輸送車4両と乗員が8名で〆て125名。

 あ、俺を数に入れていなかったから、全部で126名だ。


 江戸時代の加賀藩の参勤交代は多いときには三千人を超えていたというからとんでもないが、126名の人員が移動するだけでも大変なことなんだ。

 宿泊する宿を確保するだけで家宰と執事連中が三月も前から動き出している。


 どうしても宿が不足する場合は兵員の宿泊用車両を追加する。

 今回は宿の手配が無事についたようだ。


 馬車での移動の場合、人が速足で歩くくらいの速度しか出せないのだから、勢い宿場町ごとに宿泊を繰り返すことになるので、宿場、宿場で大枚のお金を落とすことになる。

 それが貴族のノブレス・オブリージュの一つだと言われればそうするしかない。


 とにもかくにも、一連の公式・非公式行事と連荘(レンチャン)のパーティを何とかやり終えて、カラミガランダの本宅に戻ったのは十日後のことだった。


 ◇◇◇◇


 王都詣での一大イベントも有って予定を延期していたが、側室ケイトの実家であるバーナード子爵領を訪ねることになった。

 中道派リグレス伯爵の寄子であるバーナード男爵の五女からファンデンダルク家の側室として嫁いできたケイトだが、実家は先のデュホールユリ戦役の後で領地替えとなり、子爵に陞爵していた。


 新たな領地は王都北方にあり、古来、その南西部にある荒れ地に発生する黒飛蝗が稀に飛来して来るため、その対応に悩まされる土地でもあった。

 王都北西側の山地につながる荒れ地が蝗魔の発生地であり、数年から十年に一度程度の頻度で黒飛蝗が発生することがある。


 リューマも初めて王都を訪れた際に黒飛蝗の襲来に際して、王都城壁の防衛線に立ち、その殲滅のために大いに活躍したから良く承知している。

 あいつらは風向きによって移動の方向が変わるので、荒れ地から北北東方面に向かった場合には、新たなバーナード子爵領の領都であるオルブラドスを直撃することになるのである。


 幸いにして領地替え以降未だ黒飛蝗は発生していない。

 王都でさえも黒飛蝗の襲来を受けることがあるのだから、蝗魔の生息する荒れ地で蝗魔を根絶やしにすればよいと思うのだが、魔物相手であることと数がとにかく多いので殲滅がなかなか難しいらしい。


 蝗魔の生態として、その生涯に何度か活動期と休眠期を迎えることがわかっており、休眠期には概ね5年から8年もの間、地下に潜って冬眠状態のようになるらしい。

 従って、地上に見える蝗魔は活動期に入っている個体なわけだが、地下で休眠している蝗魔は、推定で地上の数の十倍以上も存在すると言われている。


 また、その蝗魔の活動期や休眠期の期間が個体により微妙にずれているために、多くの蝗魔がたまたま目覚めてしまった場合には異常繁殖を招き、その際にエサが不足する飢えが原因で活動期の蝗魔が黒飛蝗に変化してしまうようだ。

 蝗魔の生息地域は非常に広く、シタデレンスタッドの広さの数十倍の面積があるため、人海戦術でも、活動期に入っている蝗魔全てを殲滅しきれないのだと言う。


 従って、地表だけでも掃討しきれないのだから、地下で休眠している蝗魔等はほとんど手つかずの状態なのだ。

 これまでの歴史の中で何度か人海戦術を実行して、蝗魔の殲滅を図ったこともあるようだが、そうした努力にもかかわらず全く状況が変わらないことから、ついには対策を諦めた経緯があるようだ。


 俺は色々考えて蝗魔にのみ効果のある殺虫剤を製造することにしたよ。

 今回のバーナード子爵家を訪れる際に、荒れ地に隣接する各領主にお願いして、殺虫剤の散布をできるだけお願いすることにしており、その件については、王都参詣の折に宰相や国王陛下にも上伸して了承を貰っている。


 俺の考えた手法は、蝗魔の産卵を抑制するための殺虫剤であって、人及び周辺に棲息する生物には影響を与えないものであることは検証で確認済みである。

 散布自体も無理をすれば、俺一人でできないことも無いが、本件については皆でやることに意義があると思っている。


 俺の上申に基づき、王都でも王宮からの特別予算で冒険者ギルドに依頼をし、千人規模での散布を実施することがわかっている。

 俺が作成したこの特殊な殺虫剤は、地表等に薄く散布することによって土壌に染み込み、その地表の植生に吸収されて最終的には蝗魔の体内に蓄積されることになっている。


 蝗魔体内では、そのDNAに作用して繁殖不全を引き起こすのだ。

 従って、その薬効はすぐには現れないが、恐らくは十年から二十年程度の推移で蝗魔は絶滅すると考えている。

問題は、蝗魔が絶滅した後の魔物等の生息分布の変化である。


 或いは蝗魔が棲息することで他の有害な魔物の繁殖を防いでいた可能性も捨てきれない。

 従って、周辺領主と宰相には、殺虫剤の散布と共に、継続した経過観察をお願いしているところだ。


 俺の領地はどちらかというと黒飛蝗の影響を受けない土地だから、形式上は関係者にお願いするしかないんだ。

 無論だがδ型ゴーレムを適宜配置して生体確認と殺虫剤の効果を確認するようにしているが、こいつは内緒のままだ。


 この散布が直ちに黒飛蝗の発生そのものを抑えてくれるかどうかは不明であり、俺自身は必ずしも即効性を期待していない。

 それでも将来的には黒飛蝗の発生は間違いなく無くなるだろうと思っている。


 今回は、一応ケイトの実家を訪ねる旅ではあるのだが、蝗魔の生息地である荒れ地に隣接する領地を持つ領主へお願いをして歩く関係上、旅行日数はこれまで以上に長くなり、殺虫剤の輸送のために輸送車両も増えることになった。

 最初に王都に行き、王都別邸にケイトと三人の子らを預け、宰相に殺虫剤を委ねるとともに、翌日には王都西側に領地を有するグリッド・フォン・エーレンデル公爵領を訪ねた。


 エーレンデル公爵は、先々代の王弟の子息であり、高齢だが未だ王位継承権を有する人物だ。

 俺もエシュラックの王子が親善で来られた際の晩餐会でお会いしているから知っている人物ではある。


 この人物は、中道派というよりもそもそも派閥に属さない人だと聞いている。

 いずれせよ公爵に直接お目にかかり、蝗魔の殺虫剤を十樽ほどお渡しして、蝗魔の住む荒れ地への散布をお願いした。


 散布の時期はいつでも構わないけれど、できるだけ早い方が良く、隣接する領と示し合わせる必要のないものだという説明をしておいた。

 散布のための霧吹き用具も説明書と共に準備して配分しており、人さえ手配できれば明日からでも散布は可能なのだ。


 一緒に持って行った希少な海産物の土産の所為でもなかろうが、エーレンデル公爵はあっさりと引き受けてくれた。

 その日は王都別邸に戻り、翌日は、ワーナー・ヴィン・デヴィアン伯爵領とセールリンド伯爵領の二か所を訪ね、同様に殺虫剤の散布をお願いした。


 デヴィアン伯爵領は、蝗魔の生息する荒れ地の西方向に位置しており、デヴィアン伯爵自身はかなり以前の王弟を先祖に持っているようだが、家自体は時間の経過とともに公爵から侯爵へ、侯爵から伯爵へと降格して現在に至っている。

 貴族内でもあまり政治手腕の無い人物として知られ、いずれの派閥にも属してはいないというよりは入れてもらえないのか?


 その昔、王家の親族だった時期があることから、それなりに王族とは近しいものの、当然のことながら王位継承権を有していない人物である。

 デヴィアン伯爵領もまた黒飛蝗の被害に遭ったことがあるようで、快く殺虫剤の散布を引き受けてくれた。


 今一つの訪問先であるセールリンド伯爵領は、山地を隔てて荒れ地の略北方に位置しており、間にある山地が障壁代わりになって黒飛蝗の被害には余り遭ってはいない地域ではある。

 それでも30年以上も前に、黒飛蝗の一部が山を越えて領内に侵入し、大きな被害をもたらしたことがあるそうで、今回の試みに対して大いに賛意を示し、殺虫剤の散布に協力してくれることになった。


 予定の仕事が済んでその日の内に王都へ戻り、翌日には王都別邸で待たせていたケイトと三人の子を連れてバーナード子爵領へと向かったのだった。


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