9-5 海軍所属巡視船サンクレスト

 私は、アムロ・エメリオス。

 ジェスタ王国の海軍所属巡視船サンクレストの船長だ。

 

 苦節二年、いや、苦節でもないな。

 ジェスタ王国の交易船バンデラルドの船長見習い半年を経て船長になり、船長になってから一年後新設された海軍に配属された。


 サンクレストの任務のメインは、ベルゼルト魔境湾内の警備だが、湾外の巡視警戒も行う。

 たまには海難救助に当たる場合もある。


 海難救助と言ってもジェスタ国の交易船以外で通信手段を持っているのは居ないので、我々がたまたま海難現場に行き合わせた場合に限る、

 先般もベルゼルト魔境湾の外縁部で暗岩に乗り上げたオルデンシュタインの交易船を見つけたので、援助が必要かどうか確認の上で、乗組員30名ほどを救助した。


 勝手にサンクレスト船内をうろつかれても困るので、後部居住区の部屋に押し込めておき、ウィルマリティモ商港地区で下船させた。

 被救助者は、入国審査官、検疫官及び警察隊によって事情を聴かれ、所要の検査を受けたうえでジェスタ国交易船若しくはオルデンシュタインの交易船によって国に戻れるようになるはずだ。


 サンクレストは、全長53.8イード(1イードは一尋相当≒1.654m)、幅6.65イード、深さ3.02イードと、A型の交易船に比べると、長さで長く、幅が狭い、それに吃水が浅いのが特徴だ。

 速力はかなり早いし、船首と船尾に特殊な軸流ポンプがあって横向きの力を与えられるので、ができる船だ。


 従って出入港に際して曳船タグを必要としない。

 乗組員は35名、全員が海洋船操練所出身者であり、そのうち7割近い24名が軍務(騎士団)経験者である。


 残り9名は軍務経験は無いが、この船で日々訓練に明け暮れている。

 ジェスタ国海軍とはいっても、今現在はサンクレストを含めた大型巡視船4隻、長さが18イード程度の十名乗り組みの小型巡視艇8隻しかおらず、実働部隊は220名だから、どちらかと言うと海上警備隊程度の規模にしかならない。


 但し、戦力的には周辺各国ではおそらく対抗できるような軍船が存在しないので、どちらかと言うと過剰戦力ではある。

 強大と目されているオルデンシュタイン帝国の百艘艦隊を、サンクレスト1隻で殲滅できる戦闘能力を秘めているからだ。


 但し、その使いどころはきわめて慎重にしなければならない。

 余りに強大すぎると、場合により周辺国家全てから警戒され、妬みを買って孤立する恐れがある。


 数を頼みに無理押しされると元々が内陸国であるジェスタ王国は海軍力だけでは対応できない場合もあるのだ。

 ファンデンダルク辺境伯は戦争道具としての武器を陸上兵力に転用することには極めて慎重だ。


 サンクレスト搭載の20ミリバルカン魔導銃及び60ミリ魔導砲(電磁砲)を今もって海軍艦艇にしか使用させないのは、ジェスタ国が武により他国を虐げたりしないようにするためらしい。

 従って、海軍軍人は、搭載兵器についてはその一切を外部に話せないことになっている。


 国王陛下や宰相も、わざわざウィルマリティモを訪れて体験乗船されているぐらいだから、搭載兵器については何某かは知っているはずだが、敢えて詳細は聞かないようにしているようだ。

 20ミリバルカン魔導銃1基を装備した長さ18イードの小型巡視艇は、主として暗礁地帯以南のベルゼルト魔境湾の南半分を担当し、大型巡視船であるサンクレスト他三隻は魔境湾の北半分と湾外地区での哨戒任務が主である。


 サンクレストは出航すると10日間洋上で任務を遂行し、別の大型巡視船と交代する。

 5日の休養の後、再度洋上に出るから概ね30日の間に20日間の洋上行動、10日間の基地での休養と整備になる。


 基地では船体整備及び機関整備を基地要員と共に行うことが30日の間に4日ほど、残り六日間の休養はウィルマリティモに繰り出して飲んだり、女の子とデートしたりしている。

 住まいはウィルマリティモ南西部に在るジェスタ海軍基地構内にある独身寮であり、既婚者には別途宿舎が貸し出される。


 寮では上げ膳据え膳の生活が保障されているし、部屋も宿屋並みに専属のメイドさんが寝具の洗濯や片づけ、部屋の清掃などをしてくれるから、隊員は高級な宿屋に止まっているのと同じ感覚である。

 手の早い奴は、メイドさんと仲良くなって結婚まで行き着いたものが居る。


 中々にかわいい子だったから同僚からの嫉妬が結構あったなぁ。

 娘たちにとっても海軍さんや商船乗りたちは有力な婚活対象らしい。


 実入りが良くて、宿舎が完備しているという好条件は中々に無い。

 強いて問題があるとすれば長らく家を空ける可能性があるという事か?


 18イード型の小型巡視艇は何事も無ければ毎日帰宅できるが、大型巡視船は10日間帰宅できず、何かあればその帰宅予定日が伸びることもある。

 緊急事態には休養日であっても、深夜であっても飛び出して行く仕事なのだ。


 その意味では留守を守る妻には苦労を掛ける因果な商売ではあるな。

 但し、これは騎士であっても同じことだ。


 戦や擾乱などが発生すれば現地に急遽派遣されるのは当たり前なのだから、残る家族が居ればその家族が心配するのは当たり前だろう。

 自らの身命を賭して国民の生命財産を守る仕事、それが陸上では騎士であり、海では海軍軍人であるのだ。


 かくいう私も嫁にもらいたいなと言う相手が最近できた。

 休みの度にウィルマリティモでデートを繰り返している。


 相手は、海産物を主として扱う商人の娘さんだ。

 元々親御さんはランドフルト界隈の行商人だったようだが、家族ともどもウィルマリティモにやって来て商売敵の少ない海産物売買を手掛けたようだ。


 ファンデンダルク卿の教えも受けて、魚介類の加工、乾き物の卸売など手広く扱ってウィルマリティモでも大きな商店の仲間入りを果たした経営者だ。

 娘の名前はマチルダ、18歳で、栗毛、青い目のかわいい子だ。


 市内でちょっとチンピラに囲まれて困っているところを助けてやったことから、知り合った間柄だ。

 ウィルマリティモでもシタデレンスタッドでも、結構他所から人が流入している。


 本当に危険な奴は、都市の入り口に設置してある魔道具で弾かれるんだが、ワルとも言い切れない中途半端な奴が入り込むのは避けられないようだ。

 騎士団とは異なる警察隊と言う組織が編成され、市内の治安の維持を図っているのだが、都市の領域が広いだけにどうしても目が届かない場所はなくならないものだ。


 無論、マチルダを悩ませていた当該チンピラの類は、私が制圧した後で警察隊に引き渡しておいたので、おそらくは追放処分になっているだろう。

 追放処分になると少なくともファンデンダルク辺境伯の領地内に留まることはできなくなる。


 単純な話、いずれの町、村であれ、彼らを泊めてくれる宿は無い。

 従って、彼らはファンデンダルク卿の領地以外の場所に行くしか手が無いことになる。

 

 私は、元々がジェスタ王国北部の領地を治めるファング・オル・エメリオス男爵の側室の子であり、三男坊である。

 父と正室との間には、長男坊と次男坊が居るので、ある意味で私は要らない子だった。


 男爵領の騎士として残る手もあったのだが、カラミガランダやランドフルトの隆盛を聞いて、自分の独力で未来を切り開こうと思い、父に許しをもらって男爵領を出てきたのだ。。

 当てなど有ったわけでは無かったが、幸いにしてランドフルトの騎士団として雇用され、幾多の変遷の後で、今ではジェスタ海軍の幹部の一人なのだ。


 報酬は高いはずだ。

 ランドフルトの黒備え騎士団で言えば百人隊長よりも少し高い給料は頂いている。


 従って、結婚しても生活には困らないと思う。

 男爵家を出た時から実家には戻らないと決めていたから、貴族社会とは既に一線を画しているので、商人の娘を嫁にもらうのに私の方に支障はない。


 一番大きな問題はマチルダの親父殿だ。

 彼がウンと言ってくれなければ、それなりに問題が生ずる。


 できれば穏やかに嫁にもらいたいものだと思っていた。

 で、先日、マチルダの事前了解も貰ってから彼女の家を訪れ、親父殿にマチルダさんを嫁に下さいと言った。


 案ずるよりも生むが易しとはよく言ったもので、親父殿は満面に笑みを浮かべて許してくれた。

 その上でお祝いだと言って酒盛りをし、二人でしこたま飲んで新たな絆を結んだのだった。


 私は三月後にマチルダと結婚することになった。

 上手くすれば来年の今頃は俺の子供ができていことだろう。


 そんなことを考えながら独り想いにふけっていると、副長のエンリケから言われた。


「船長、いくら結婚が決まったからと言っても、ニヤニヤして呆けたような顔を部下に見せないでください。

 船内の士気が落ちます。」


 うん、副長にまでそういわれると流石に気を引き締めねばならん。

 最近は特に他国の交易船がウィルマリティモに寄港するようになった。


 それと同時に、ベルゼルト魔境湾の湾口部及び湾内北側に他国の軍船も姿を見せるようになったのだ。

 暗礁地帯を抜けた湾内南部は、ジェスタ王国の主権管轄が及ぶ場所として、予め許可された交易船以外の船の入域を禁じている。


 仮にその禁止に違背するような船が現れた場合、撃沈も止む無しと定められているのである。

 今のところそうした暴挙に出る軍船は居ないのだが、・・・。


 従って、大型巡視船の10日間の航海のうち5日間は湾内北部の哨戒、残り五日間は湾外の哨戒に当てている。

 少なくとも常時一隻の大型巡視船はベルゼルト湾北部に常駐し、不審船の監視に余念が無い。


 おそらく、ベルゼルト湾中央部の暗礁地帯とその中央にある航路の情報については、その詳細が交易船により他国の海軍筋に伝えられていることだろう。

 従って旧来型の帆船である他国海軍の軍船はウィルマリティモへの侵攻が難しいことも承知しているだろう。


 生憎と、商港は都市の北東部にあって、軍港は南西部に位置しているから、軍港は商港からは見えない。

上陸者は、ウィルマリティモ中央に在る繁華街まで行くことはできるが、市内観光は簡単にはできないことから彼らが軍港に近づくことはできない。


 ウィルマリティモが海上に在る難攻不落の城塞都市であることに気づけるのはもう暫く後になるだろう。

 いずれにしろ、仮想敵国の諜報員がウィルマリティモの枢要に触れることは容易にできる訳もない。


 ここしばらくはジェスタ国海軍が優位に立てるだろうけれど、将来的にも同じかどうか分からない。

 そのためにも我らは哨戒を通して、普段から異常を見極める力を付けなければならないのだ。


 今日も、サンクレストによる監視哨戒が続けられる。


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