9-4 β63

 私は、βベータ63号とマスターから名付けられた自立型特殊ゴーレムだ。

 私の記憶域に存在するデータベースのオリジナルは、古代遺跡として知られている『アゾール飛空艇研究所』の中央魔導コンソールに在ったものらしい。


 『らしい』というのは、私にはそのデータに記述された記録が閲覧できるだけで、それが正確かどうかの判断ができないからなのだ。

 私を造ったマスターの解析能力やデータコピーの能力を信ずるしかないところだ。


 その内部データによれば、中央魔導コンソールに保管されていたデータのリカバリー率は68.713%である。

 すなわち、蓄えられていた30%強のデータが失われていることを示す。


 元々が一万年以上も前の記録だからデータ消失もやむを得ない部分があるし、データーの重要度に応じて保管域やそのメンテナンス度も異なっていたようだ。

 従って、重要度の低いデータはある意味でいずれ失われる運命にあったという事だ。


 データが消失したことを嘆くより、むしろそのデータをリカバリーした主の能力こそ称賛されるべきだろう。

 私の演算領域と記憶領域には二つの技術が使われている。


 一つは、マスターがAタイプと称しているところの、ヴィアーラ帝国全盛時代に主流であった魔導素子を使った改良型記憶素子であり、これは、今から1万四千年ほど前にマスターと同じく異世界からやって来たタカユキなる人物が既存の技術をより改良して造り上げたもので、極めて秀逸な複合魔法陣を備えた記録装置であり、演算装置なのだ。

 動力源は魔力であって、特殊加工を施された魔石に蓄えられた魔力を使って作動する。


 今一つは、マスターがBタイプと称するところの、マスターが異世界より直接持ち込んだ演算装置と記憶素子からなるLMPUと呼ばれる代物の改良版であり、動作原理は私にはよくわからない。

 魔素とは明らかに異なるモノであって、電子なる素粒子がLMPU内部を動き回って演算と記憶を管理しているらしいが、私にはその動きが全く把握できない。

 

 この動力源は、「電気」なる代物で、面倒なことに私が「発電」してやらねば作動しないのだ。

 発電方法は簡単で、一日に一回ぜんまい仕掛けの螺子ネジを巻いてやるだけなのだが・・・。



 魔石に蓄えられる魔力に比べると、電気なるものは随分とエネルギー量が少ないようだが、微弱な電気信号を継続的に流してやれば、それで稼働できるしろものであるらしい。

 確かに何かを物理的に動かすわけでは無いのでそれで差し支えないのだろう。


 外見上は、魔素も動かず、光も音もないままに稼働しているので、果たしてきちんと作動しているのかどうか疑ってしまうほど私には動きが見えないのだ。

 それでもきちんと演算結果は出ているので間違いなく稼働はしているようだ。


 一方で、魔力を使用する魔導素子は変換効率の問題で結構大きめの魔力を使用するのである。

 緊急の場合などには、データ保持だけの魔法陣が作動し、魔力の消費は極小化することもできる。


 一万年以上もの間、全部ではないにせよ魔導コンソールにデータが残されたのは、この緊急魔方陣が作動したためだろう。

 Aタイプはデータ保存には適しているが、演算時には魔方陣の記載ミスや経年変化による効率転換ロスが多く、稀にロジック回路が作動不良に陥る場合がある。


 Bタイプは記憶域が若干不安定で特定の魔力発動の際に影響を受けやすいことが欠点だが、その一方でBタイプは倫理演算時のファジー判断が容易であり、疑似思考回路を産み出すことができる。

 そのために、演算部分を主にBタイプが、記憶部分を主にAタイプが行うようにし、二次的にそれぞれが補完的に作動するようにとマスターが分業させた装置を作成したのだ。


 異世界の技術をホブランドの古代技術と融合させるのが一番難しかったようだ。

 いずれにせよ、マスターのそうした努力の甲斐あって、アゾール飛空艇研究所で使用されていた自立型ゴーレムがかなりグレードアップされたのだった。


 マスターが試行的に製造したのがαアルファー版で、12体まで試作されたようだ。

 次いで、順次、種々の改良を加えながら私のタイプであるβ版を製造、20体までは試作品、β21から実戦投入の完成品になった。


 試作段階のα版12体と、β版20体はアゾール飛空艇研究所の保管庫で眠っている。

 現在は最新β版の200体ほどが稼働中の筈で、それに加えてアゾール飛空艇研究所の製造工場で毎月2体が新たに製造されている。


 実戦部隊として初期投入されたゴーレムは、専ら主の身内の護衛用に投入され、現在もその任に就いている。

 因みにβ60番からは、護衛任務ではなく諜報任務に充てられている。


 私、β63号も、一時はカルデナ神聖王国に潜入していた一体であり、私が監視していたアリベルデ枢機卿を含め、主要な枢機卿がマスターの命により同時に粛清した後は、カルデナ神聖王国で諜報任務に就いているのは6体にまで減少した。

 その代わりに、任務があけた十数体には新たな任務が加わったのだ。


 マスターが事前に確認した上で、これはと思われる別大陸に存在する人物又は生き物(?)を監視し、周辺情報をできるだけ収集する任務だ。

 任務自体は、非常にわずかな時間の遅れを有する特殊な亜空間に我々が潜んでいて、観察対象の周辺で起きた事柄を注意深く観察するだけである。


 かなり漠然とした指示ながら、マスターの指定する留意事項に触れる事柄が合った場合に自分の記憶域に様々なデータを残すという仕事であり、原則として7日から10日に一度、マスターが我らの機能確認のために来訪した際に蓄えた情報を渡すのが私の役目だ。

 私が現在居るのは、ヴェザーレ大陸であって、『花の都』と謳われているアデルバラード王国の王都アデルハイデンであり、宰相のグスタフ・ベルン・ドーハイム卿とその周辺を監視しているところである。


 これまで数か月の監視任務で、一級若しくは二級に該当するような特別情報はない。

 現地の固有情報と思われる三級若しくは四級情報をマスターに伝達している


 因みに一級情報とは、邪神の欠片に関する情報及び治安変動に関する情報である。

 二級情報とは政情に関する情報であり、治安に関わる方針変更なども含まれる。


 三級情報は確証のある市民情報、四級情報は市民の間で広がっている確証の無い噂程度の情報である

 前回と同様、ヒューマンになら極めて退屈な仕事なのだろうが、我ら自立型ゴーレムには感情と言うものが無い。


 従って退屈と言う状態がいかなるものかを正確に知ることは難しい。

 こんな無駄な説明をしている間にも、忙しく立ち回る宰相の元へ複数の来訪者が現れた。


 顔ぶれからすると商業ギルドの幹部連中であり、おそらくは四季折々の定期的ご挨拶を兼ねた陳情なのだろう。

 これら陳情の話は大いに世相が絡んでおり、三級若しくは四級の話であっても情報としての価値は高い。


 さてさて、では、じっくりと観察することとしよう。


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  2月17日及び7月29日、一部の字句修正を行いました。

   

   By @Sakura-shougen

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