9ー3 交易船バンデラルド その三

 ジェスタ国交易船バンデラルドは、カトラザル王国のアリアド港に到着した。

 到着とは言いながらも桟橋に接舷しているわけでは無い。


 ウィルマリティモが例外的に整備されているのであって、アリアド港は他の交易港に比べて特別悪いわけでは無いのだ。

 むしろ港町としては結構栄えているはずなのだ。


 大きな天然の入り江の奥が港の泊地であって、陸から百尋ほども離れた場所にバンデラルドは錨を置いて、沖がかりなのだ。

 ここで最初にやって来るのは。カトラザル王国の官憲である。


 単純に言えば入港税を徴収するためにやって来た役人であって、そのついでに形式的に入港目的を聞いて行くのが彼らの仕事だ。

 ウィルマリティモでも同様に入港の際に徴収する金はあるが、それは港湾使用料と言う名目で取っている。


 ウィルマリティモの場合、更に違う手続きも行っている。

 検疫、入出国の管理、更に関税検査である。


 検疫は伝染性の病気等の蔓延を防止するために、検疫員が乗組員や乗客それに乗船している生き物を検査する。

 特殊な魔法師が検疫員になっており、体調不良の者を見つけたりすることに長けているようだ。


 彼らは植物が罹患するような病気、有害な虫やネズミなどもかなりの確率で見つけることができるらしい。

 仮に、有害な虫やネズミなどが発見された場合若しくはその痕跡が発見された場合は、魔法による毒ガス散布で船内を消毒するようだ。


 小型練習船デヤントで、フローゼンハイムとサングリッド公国に乗船実習に赴いた際、その復路の検疫で毒虫の船内侵入が発見され、乗員は全員が一時的に艀に移乗して、デヤントは魔法による致死性ガスの散布を受けたことがあって、操練所内では大騒ぎになったことがある。

 今のところ、ウィルマリティモに他国籍の交易船は入港していないが、一応、外交上の互恵の原則からジェスタ国の交易船を受け入れる国の交易船は入港できることになっているので、いずれウィルマリティモの商港区域に他国籍の船が係留することもあるだろうが、この検疫制度の敷居はかなり高い。


 おそらくは、入港して来る全船が沖で検疫を受け、間違いなく強制的に毒ガス散布の洗礼を受けることになるだろう。

 操練所の教科書には他国が病気や毒虫の侵入について何の防護策も講じていないと明記されていたからである。


 因みに、ジェスタ国では、ウィルマリティモにおける検疫を開始したことに伴い、陸路の街道筋にも検疫所を設けるべく準備している模様である。

 そんなわけで、逆に検疫の無い外国の港で乗船して来る人間には船内での防疫体制を確実にしなければならない。


 応対する者は全員マスクを着用し、白手袋をつけている。

 乗船してくる彼らが見た目で汚れていなくても、伝染性の病気の源になる魔粒子がとりついているかもしれないからだ。


 魔粒子とは目に見えないほど微細な魔物なのだそうだ。

 魔粒子がヒトの体内に入ると色々な悪さをすると教科書には明記してある。


 因みに目には保護メガネを付けることが定められており、これから港湾作業員などが乗船してくる場合も同様の扱いになる。

 警備担当員は、それらの外部からの乗船者の動き全てを確認して、防護ラインの中には余所者を侵入させないようにしている。

 

 作業が終わったならば、手空き総員で防護措置を施しながら清掃を行うのも定めである。

 因みに、乗員で生活魔法のクリーンを使える者は汚染の恐れがある箇所全てを二度にわたってクリーンをかけなければならないことになっている。

 これほど慎重なのは、ファンデンダルク辺境伯作成の教科書に赤字枠で注意事項が強調されていたからだ。


 万が一にでも、伝染性の病気が船内で発生すると乗員全員が罹患する可能性が高いそうなのだ。

 狭い居住区で、職住接近のまま共同生活を続ける船内での生活は、間違いなく伝染性疾患の温床になるからである。


 航海そのものが危険ではあるけれど、見知らぬ場所で風土病を含めてわけのわからぬ病気をもらいたくはないし、それを持ち帰って家族や親しい者に移すほど馬鹿げた話はない。

 だから乗組員一同が慎重に行動しているのだ。


 清掃が終わったなら、当然に手を洗い、口及び鼻をすすぐことが全員の習慣になっている。

 仮に伝染性疾患が流行している地域に入る場合は更なる厳重な防疫体制をとることが定められており、最悪交易を中止して帰国する権限が船長に与えられている。


 更なる厳重な防疫体制の場合は、手袋だけでなく着衣を含む装備一式までが焼却処分の対象になるので、そのような場合は精々三日までしか対応できないことになっている。

 従って、この厳重な防疫体制は長時間は続けられない。


 因みに船内には隔離室もあって、患者を閉じ込めることもできようになっているが、最大五人までが限度だ。

 まぁ、ベッド数が五人分ということであり、それを考えなければ30名ぐらいは押し込める。


 緊急時にはここが牢屋代わりにもなる。

 入港料の徴収から変な話に跳んでしまったが、金の徴収と若干の聞き取りが終わると官憲は下船していった。


 因みに入港料は結構高めである。

 バンデラルドの場合で、金貨5枚を徴収された。


 船の大体の大きさで徴収額が定められているらしい。

 船体が大きければ大きいほど高額になるが、積み荷の多さから言えば割安になるかもしれない。


 アリアド港での荷卸しは事前に通知されている。

 現地駐在員の、エルグレッソが通船でやって来て、荷卸しの量に変更がないことを知らせてくれた。


 そのすぐ後に艀がやって来て、荷卸しを始める。

 これまでの在来船では、人力を使ったロープワークだけで行われていたが、バンデラルドには、荷役用のデリック・マストとデリック・ウィンチが装備されている。


 これを使えば非常に作業がはかどるのだ。

 尤も、岸辺にある階段状の小さな桟橋に艀がついてからは昔ながらの人力だよりになるようだ。


 往路のバンデラルドの場合は、艀に荷卸しをするまでが仕事で、原則としてこの場での荷積みは無い。

 復路に再度寄港した際に積み荷をすることになっているからだ。


 もう少し大きな船であれば荷卸しと荷積みの両方も可能なのだが、現状のバンデラルドの船倉にはさほどの余裕が無いので、面倒でも往路に荷卸し、復路で荷積みと分けているのだ。

 アリアド港に荷卸しした品物は、塩が十袋、砂糖百袋、ガラス、陶器類等の雑貨が少々である。


 復路で荷積み予定の品目は、現地駐在員が集荷中ではあるが、北海の海産物でエリゾ(ウニ)、ヴィエラ(ホタテ)、サイモン(鮭)、ゲルボ(昆布)、ゲリディアセラエ(テングサ)を輸入することになっている。

 ヴィエラやサイモンは現地でも食品として広く知られていたが、エリゾ、ゲルボ、ゲリディアセラエなんぞは地元の漁師でさえ見向きもしなかった海産物だ。


 エリゾについては、何故か水槽に入れて生きたまま持ち帰らねばならぬらしいし、ゲルボ、ゲリディアセラエなんぞは、相当の日数をかけて日干ししなければならないらしい。

 そのために現地駐在員が漁師の奥方を含む女子衆を雇って、日干しの仕方を一から教え込んで乾燥させているようだ。


 何でも調理をする際のや食品加工に使うと言われてはいるようだが、詳細は駐在員も知らないようだ。

 おそらくはファンデンダルク辺境伯様からの指示なのだろうが、よくはわからないものの入手も頼まれている。


 果樹の種若しくは接ぎ木の枝、珍しい果物、各寄港地の周辺四か所の土壌採取(片手に乗せる程度の量)、コケ等の地衣類で異なる品種、各寄港地の飲用水のサンプル及び周辺の河川湖沼の水、異なる樹木の樹皮及び樹木、河原に在る毛色の変わった小石等々であり、いずれも採取地点等を明記することが求められている。

 基本的には交易船の乗員は上陸することは無いので、現地駐在員が冒険者等を雇って実施しているのだが、何らかの事情で船員が上陸せざるを得ない場合は防疫に注意しながら可能な範囲で採集して欲しいと会社からも言われている。


 無論の事だが、それら採集の目的は知らない。

 また、国によっては持ち出し規制をかけている場合もあるので、そのような場合には採集そのものを試みないように指示されている。


 また、可能であればと言う条件付きで、船又は交易に関わらない事象で何らかの異変を感じ取った場合、若しくは不審に思われる事態があった場合は速やかに会社へ情報として報告するよう求められている。

 これもまた随分と漠然とした指示なのだが、要は見聞きした情報で変わったものがあれば遠慮なく報告してもらいたいと会社の担当者には言われている事柄だ。


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 2月12日及び7月29日、一部の字句修正を行いました。

   By @Sakura-shougen

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