9ー2 交易船バンデラルド その二

 私はアムロ・エメリオス。

 ジェスタ王国の交易船バンデラルドの船長見習いだ。


 今日は私が船長見習いを務めるジェスタ王国籍交易船バンデラルドの初就航の日だ。

 バンデラルドは、全長45.5イード(1イードは1.654m)、幅7.3イード、深さ4.4イード、ハッチサイズ24.2イード×5.75イード×3.94イードであり、1428.5レボレム(1ボレム≒0.7Kg、1レボレムは千ボレム)程度の重量の貨物の輸送が可能とされている。


 この辺の積み荷の計算は首席航海士のエリクソンが担当している。

 積み荷の際は、重量物を貨物艙に均等配分して、できるだけ移動しないよう搭載することが重要な仕事なのだ。


 万が一にでも荷崩れを起こしたり、均等に積まれていなかったりすれば海洋で大波を受けた時に簡単に転覆してしまう。

 そのために船の重心と浮心がどこにあるかを計算するのは首席航海士の重要な任務の一つなのだ。


 無論、その計算書の最終確認を行う私の責任も重大である。

 もし万が一にでも間違っていれば船が安全に航海できなくなるからだ。


 積み荷はもちろん、乗組員全員の命がこれにかかっていると言っても間違いでは無い。

 バンデラルドの貨物艙の容量から言えば、550立方イードであり、この貨物艙には密閉式のハッチがあるので少々の時化でも貨物が濡れることは無い。


 バンデラルドは商船なので、ウィルマリティモにあるサンロレンゾ海運会社が一応の船主だ。

 しかしながら扱う輸出品の荷主は、ジェスタ王国直轄の商会か若しくはファンデンダルク辺境伯の息のかかった商会に限られている。


 今のところ他の商会が荷主として潜り込める余地はない。

 船舶の建造が進めば、いくつかの貨物艙の空きスペースがそれら輸出希望の商会用として割り当てられることになるだろう。


 顕著な輸出品の一つは、海水から製造された塩であるが、この塩は製造直後に全量が王家に買い取られ、塩の専売が王家直轄事業とされているために、王家が隠れオーナーであるバンジェット商会が輸出用の塩を握っているのだ。

 砂糖はシタデレンスタッドで生産されているサトウダイコンから精製され、その全部がファンデンダルク伯爵領御用達であるフォーレンド商会で扱われている。

 

 この塩と砂糖という白物二つが、ジェスタ王国の輸出二大産品としてデビューを果たしている。

 少なくとも、オルデンシュタイン、フローゼンハイム、サングリッド公国、カトラザル王国そうしてエスメル王国の五カ国には極上品として知られ始めているのである。


 海洋船操練所の練習船二隻での乗船実習を兼ねた交易の実績によるものだが、塩の産地として著名な北方三国でさえジェスタ国の白磁の塩は有名であり、もう一方の砂糖は五カ国全てで垂涎の的になっている。

 店に出せば即日完売になるのだから実質的に輸出が追い付いていないのが実情である。


 但し、練習船に代わって正規の交易船が就航すれば、少なくとも練習船の倍量を運べるので品薄感も多少は改善されるだろう。

 今回のバンデラルド初就航に際して、積み荷1200レボレムのうち200レボレムが塩であり、400レボレムが砂糖である。


 残りの荷としては少々かさばる白磁の陶器、華麗な瓶に入ったワイン、女性ものの下着類、女性用の化粧品、石鹸、魔導便器等々が収められている。

 しっかりと重量配分計算も成されているので、積み荷の時点では問題が無い。


 今回の航海ではカトレザル王国の二港湾とエスメル王国の三港湾で荷卸しを行う予定である。

 復路は、往路の港湾で買い付けた品を順次搭載して戻って来るのである。


 このために、サンロレンゾ海運会社は、カトレザル王国の二港湾とエスメル王国の三港湾に倉庫を建設しており、そこに駐在員を置き、現地の警備員を雇って警護させている。

 一応の知識として、そういった駐在員がいない場合の商談の仕方などは海洋船操練所で習ってはいるが、実際に試すのはもう少し後になりそうだ。


 例えばエスメルで最も東に在る港ザーファは、今回の寄港地にはなっていないのだが、ここは陸路であるにもかかわらず難所が多く途中の治安も悪いので未だ駐在員も置かれていない。

 おそらく、数次の航海の後に販路拡充のためにザーファ以東の港を訪れる際には、我々が単独で現地の商人や役人と直談判をすることになるのだろう。


 まぁ、メインは商業専任の副長に任せるつもりだが要所要所では船長が出張らねばならないだろうとは思っている。

 余計なことではあるが、サンロレンゾ海運会社はファンデンダルク辺境伯が100%出資している会社なのである。


 元騎士である私、アムロ・エメリオスが、船長と言う役職に就けた訳の一つがそこに在ると言えるだろう。

 しかしながら一方で、ファンデンダルク辺境伯の意向次第で船長の首のすげ替えなどいくらでもできると言うことでもある。


 バンデラルドには、船長(見習い)1名、副長(見習い)2名、航海士(見習い)3名、操舵手(見習い)3名、甲板手(見習い)3名、機関士(見習い)3名、コック(見習い)3名、警護士(見習い)6名の計24名が乗り組んでいる。

 乗組員の全員が「見習い」なのはサンロレンゾ海運会社の内規によるものだ。


 乗船して半年間は、試用期間として見習いが取れず、いつでも解雇され得る不安定な身分でもあるらしい。

 会社との通信は、私と副長二人に預けられた魔導通信具により、遠く離れていてもウィルマリティモにある会社と直接連絡が取れるようになっている。


 但し、こうした魔道具があること自体が対外的に秘密とされており、他の乗組員にも知らせないことが望ましいとされている。

 因みに魔導通信具は私及び副長二人が専用のモノを預かっているのだが、他の者が操作しようとしても機能しない優れモノだ。


 だから仮に人手に渡ってもその秘密が即座にバレることは無いのだが、そもそも、その品の存在を外部に知られることが拙いので可能な限り、人目には晒さないことになっている。

 このため魔導通信具を使う場合は、我々三人が自室等で自分一人しか居ない場合を原則(緊急の場合はこの限りに在らず)としているが、一方でバンデラルドがウィルマリティモを離れている場合は、定時に日報を入れなければならない。


 私の場合は、ワブ9の時(概ね22時50分頃)、商業専任副長のフルヴィルト・アパーテはワブ8の時(概ね21時40分頃)、警護専任副長のウーゴ・カルヴィーレはワブ0の時(正午)とワブ10の時(深夜零時頃)にそれぞれ会社と通信をすることになっている。


 バンデラルドの竣工から立会、その試運転を兼ねて三日ほどベルゼルト魔境湾で乗組員が慣らし運転を行った結果、練習船ハルトとは構造上の違いはあっても、操船等には違いが無いのですぐに乗り回せるようになった。

 その後、荷役に二日をかけて、今日第二桟橋からバンデラルドが出航するわけである。


 桟橋上にはウィルマリティモ造船所の関係者、代官所の者、それに加えてファンデンダルク辺境伯とその正室並びに側室三名がわざわざ見送りに来られている。

 練習船ではなく初の交易船としてバンデラルドと姉妹船カルロンドが就航する記念式典のためである。

 

 辺境伯様より乗組員一同へ激励の言葉を頂き、私とカルロンド船長見習いのガスパルの両名には、辺境伯正室であるコレット様より花束を頂いたばかりである。

 バンデラルドが先ず出航し、次いでカルロンドが西のオルテンシュタイン向け出航する予定である。


 大勢の見送りを受けてバンデラルドが離岸した。

 ウィルマリティモでは、曳船が使えるが他の港では沿線設備が無い場合が多く、基本的に自力で動くしかないがそのための様々な航法も会得済みであり心配はない。


 桟橋を離れると、出船に着けていたバンデラルドは私の指示で最微速から微速へ、微速から半速へと徐々に速力を上げていく。

 バンデラルドは、原速航行で1時の間におよそ30ケール(約46キロ)の距離を航行できる推進機関を備えており、強速で36ケール、最大戦速では39ケールが出せる。


 しかしながら、強速以上の速力は効率が悪く魔石の消耗が大きいので緊急時以外は使用しないことになっている。

 ベルゼルト魔境湾内における航路はしっかりと整備されているが、湾の中央部付近の暗礁地帯を抜けるまでは半速(毎時約18ケール)で航行するように内規で定められている。


 暗礁地帯の入り口と出口に設置されている灯標をかわすと、そこからは原速航行に移る。

 ここから最初の寄港地であるカトラザル王国の港アリアドまでは概ね1日の行程である。


 アリアドは古くからの港ではあるが、ウィルマリティモのように大きな桟橋を持っていない。

 これは、それ以降の寄港地でも同じであって、荷役は全て沖がかりで行うことから、時間がかかるのがある意味で問題なのだ。


 練習船での寄港の際は、乗員も多いので警備面に不安は無かったが、今回はその半分の人員である。

 必要な武具は備えてあるし、訓練も十分に行ってはいるのだが、やはり責任者としては少し不安ではある。


 特にカトレザル王国は、先だっての戦役で講和を結んだとはいえ、過大な賠償金を取られた事でジェスタ王国に対する反感はいまだに根強いのだ。

 従って、国民感情をできるだけ逆立てないようにと宰相筋からも特に書簡で指示を頂いているところだ。


 そうは言いながらも、無理な注文に応じる必要はなく、何事にも毅然とした態度で臨み、場合によっては断交しても差し支えないとされている。

 一介の商船にそれほどの権限を与えることは普通はあり得ない。


 しかしながら、国交とは相手に舐められてはやって行けないし、交易の商談も同じなのである。

 それなりの気概を持って当たらねば何事も成就できないのだ。


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 2月12日及び7月29日、一部の字句修正を行いました。

   By @Sakura-shougen


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