7-13 戦の兆し
北方三国の不穏な動きは、ジェスタ王国の間諜がそれなりに察知していたが、サングリット公国を中心に三国間で密談を交わしていることは知れてもその詳細な内容までは知りえなかった。
三国共に密談の際は異例の厳重な警備を成していたからである。
但し、そんな中でもリューマが造った
ウィルマリティモで塩の生産を開始するにあたって、サングリッド公国を含む北方三国に何等かの動きがあるかもしれないと予測していたリューマは、事前に相当数の蟲型ゴーレムを三カ国の要所要所にに潜入配置させていたのだった。
サングリッド公国王バンス・ヴァイデルンドは、フローゼンハイム王国とカトレザル王国を焚き付け、三国連合軍によりジェスタの
大方の軍事家の見るところ、ジェスタ国の軍事力を10とすると、フローゼンハイムが6、サングリッド公国が8、カトレザル王国が7ほどであり、三カ国が連合を組めばジェスタ王国の二倍以上にもなるのだが、生憎と北方三国はその軍事力の4割ほどを海軍力につぎ込んでいる。
従って内陸部であるジェスタ王国との戦役ともなれば、三カ国が連合しても陸軍力では実質1.26倍ほどにしかならない。
まして、三か国とも全軍を振り向けることはできないので、実際に侵攻できるのはそのうちのせいぜい6割から7割程度である。
仮にジェスタ王国が全力を挙げて抵抗したなら兵力差で敗れる可能性もある。
そのために公国王は、エシュラックに潜ませた間諜を使いジェスタ国南部とエシュラック国西部の国境域で紛争を起こさせることを企んだ。
ジェスタ国南部の町であるエヴォリックとそれに隣接するエシュラック西部の町ワレザルを各二百名規模の野盗集団に襲撃させることにしたのである。
襲撃するのはアレシボ皇国やデラコア王国に存在する傭兵で構成される偽装の野盗集団ではあるが、身元がばれないように巧みに隠ぺいすることになっていた。
この二カ所での襲撃が発生すれば、エシュラック国境との領域を治めるジェスタ国辺境伯軍五千の軍勢を国境付近に釘付けにすることができ、また、エシュラック軍もその地域に軍勢を差し向けなければならないはずである。
ジェスタ王国とエシュラック王国は一応友好国ではあるが、対オルデンシュタイン帝国向けの緩い同盟を締結しているだけで、国境を接している地域での小さな紛争対立は昔から絶えない場所でもあった。
為に、両国の軍隊が国境近くの町へ野盗対策のために進駐するとなれば、当該国境域全体が緊張することになる。
ジェスタ国は、必要に応じて援軍を派遣するよう準備をするしかない。
公国王とその側近は、その隙を突く戦略を立てたのであった。
フローゼンハイムもカトレザルも、当初公国から謀議を持ち込まれた際には余り乗り気ではなかったのだが、品質の良い塩がジェスタ国で産出され、それが近隣諸国にも輸出されるようになると自国の不利益になると言われ、なおかつ、飛空艇に関わる古代遺跡が三か国の共同所有になると唆されて欲をかいた。
三か国は、ジェスタ国征服のための秘密同盟を締結したのである。
この侵攻に講和は想定されていない。
ジェスタ国を占領し、全ての領域を占領するまで侵攻は止まらないのである。
そのための補給準備を三か国が内密に始めた。
その兆候はジェスタ国の間諜も情報として押さえていたが、三か国の軍勢の移動は直前まで抑えられていたので、間諜からジェスタ侵攻の兆しありとの情報は寄せられなかったのである。
そんな中で、リューマが久方ぶりに王都を訪れ、王宮に参内し、宰相に面談して北方三か国の侵略謀議についての詳細な情報を提供した。
計画によれば作戦発動は二週間後のベルム歴727年中秋前(月)の21日、三か国以外の他国に所在する傭兵団によるジェスタ国南部および隣接するエシュラックの町を襲撃することから始まり、その十日後に、三か国の軍勢が国境線を超えてジェスタに侵攻するというものであった。
北方三国との国境線は結構長いのだが、交易路は限られてくる。
フローゼンハイムへは山岳地帯の唯一の峠道であるグナウゼア街道、サングリッド公国へはアブレ山地を横断するアブレ西街道と同東街道、カトレザルへはブリッド沼沢地帯を抜けるサーカス街道である。
当然に軍隊を進軍させるにしても街道を使うことになるので、当該街道を封鎖できれば軍勢の進行を抑えることは可能である。
三か国の動員数は、フローゼンハイム王国で一万二千、サングリッド公国で一万五千、カトレザル王国で一万四千、合計で四万一千名となる。
このうち約二割は補給部隊であった。
リューマが王宮に重要情報をもたらしてすぐに王宮では対策会議が開かれた。
ジェスタ国の動員可能数はおよそで三万四千、三か国の軍勢に比べるとやや劣勢である。
更に仮に南方の辺境伯軍が動けないとなれば、三万を割ることになる。
侯爵を筆頭に色々と戦略を検討したが、いずれもジェスタ国が不利に陥ることは避けられなかった。
そんな中で、ファンデンダルク伯爵が意見を述べた。
「フローゼンハイム王国軍の進路に当たるグナウゼア街道については、国境を越えた峠道で我が手の者が道路を破壊して塞ぎその進軍を妨害しますので、その破壊された街道を乗り越えてくる者にはクロード伯爵軍二千で対応してもらい、サングリッド公国についてもアブレ西街道を同様に破壊して封鎖できますので、そちらにはベルン侯爵の手勢三千で対応しては如何か?
カトラザル王国軍については、我がファンデンダルク軍千名にて対応し、ブリッド沼沢地帯を封鎖します。
ジェスタ軍主力は、アブレ東街道でサングリッド公国軍を殲滅すべくたいおうしては如何かと存じます。」
すぐにも、国王が反応した。
「待て、待てぃ。
四か所の街道の内三つを塞ぐだと?
如何様にすればそのようなことができるのだ?
峠道は狭隘であればこそ大軍は対峙できぬ。
仮に敵の進軍を防ぐとすれば山地の街道を、抜け出たところで待ち伏せするのが常道じゃ。
それであるのに、なぜに、寡兵で大兵を防げるのじゃ?」
「はい、例えば、グナウゼア街道のパラディス峠は両側が切り立った崖になっています。
その崖を数か所崩壊させれば、軍馬は通れませぬ。
崩落現場を乗り越えることのできる歩兵のみであれば、進軍は可能でしょうが、それでは補給が続きません。
なれば、クロード伯爵の手勢にても十分対応できるかと・・・。
不安があれば更に応援の軍勢を差し向けてもよろしいかもしれませぬが、対応人数は伯爵軍を含めて多くても五千まで。
それ以上は無駄になります。
アブレ西街道も同じく峡谷を経る道筋が有りますので、同様に数か所を崩壊させれば大群の侵攻は止められます。」
「その峡谷数か所を崩壊させる手立てとは如何なるものじゃ?」
「魔法により作った固形の薬品にございます。
事前に設置しておけば、必要に応じて、何時なりとも思う時に爆発させ、周囲の断崖を崩壊させることができます。
これらの仕掛けは我手の者により三か国が進発する前に設置する予定です。
場所は、国境線を超えた我が国領内です。
相手が我が国領域内に無断で入ればその時点で我が方からの迎撃は正当な手段となります。
敵の先鋒が通過する時を狙って崩壊させるのが良いと考えています。
それが二度三度と続けば、敵は甚大な被害を受け、進軍をあきらめることになりましょう。」
「ブリッド沼沢地帯のサーカス街道へ向かうはおそらく一万四千の大軍、それをファンデンダルク伯爵軍の手勢千名だけで本当に抑えられるのか?」
「はい、これは極秘事項ながら、ベルゼルト魔境の水辺に棲む魔物に少々手伝ってもらうつもりでおります。
これを街道沿いに放しておけば、街道を大軍が通過するのは無理でしょう。
もし、それを突っ切るものが出たならば我が手勢で打ち取ります。」
「そのようなことをすれば、旅人や商人が通行できぬのでは?」
「国が危うい折にも旅人や商人を心配されますか?
それに、もしも、それらの者が人質に取られたなら、敵の侵入を黙って見過ごされますか?」
「いや、・・・。
そうではないが・・・。」
「商人たちはおのずと周囲の気配を察知します。
危険と見做せば旅は自らの意思で中止します。
無理をするのは上から命令を受けた軍人だけになるでしょう。
因みに、大きな斑ワニの全長は15尋、体高も二尋近くになります。
それが街道筋に複数現れれば、一般人は絶対に無理には通りません。」
「余は、ファンデンダルク卿の出す空手形を信用せねばならぬのか?
もっと伯爵を信じられるような、何かほかに拠り所はないのか?」
「では、王宮の中央広場に斑ワニを召喚いたしましょうか?
それを見て信用していただければと思いますが。」
それを機に、会議参加者一同が揃って王宮の中央広場へと出張った。
近衛兵が広場から人を追い出して周囲の警戒に当たる中で、リューマは亜空間倉庫に容れておいた斑ワニを取り出した。
一斉に「うわっ!」という叫びが上がり居並ぶものが後ずさりする。
目の前に小山のような黒と灰色の斑模様の巨大ワニがいきなり出現すれば誰でも驚く。
このまま放置すると絶対に暴れだすので、出現させて二秒後には亜空間倉庫に収容し、冷蔵している。
適度な冷蔵状態だと活動も停止し、ほとんど冬眠状態に入るのだ。
巨大ワニを見てからは、リューマの言葉に疑問を挟む者は誰も居なかった。
こうしてリューマが述べた基本路線をもとにジェスタ国の作戦が立てられたのである。
因みに全体計画では、国内各領地から7割の将兵が駆り出され、野盗襲撃の開始日の正午にはそれぞれアブレ東街道の始点であるエルマデレ城塞に向けて進発することになっていた。
また、南方方面対策として近衛騎士団三千名が王都に残されたほか、野盗集団の襲撃には辺境伯の騎士団が秘密裏に動くことになっていた。
しかしながら、一方で、情報漏れを警戒して、友好国であるエシュラックにはこの事前情報は伝えられなかったのである。
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