7-12 海上都市ウィルマリティモと塩を巡る不穏な動き

 各国がジェスタ国への対応で色々と戸惑っている間、俺の方は順調に魔境の開発を続けており、ついにはシタデレンスタッドから地下道を通じて海岸部へと到達した。

 地上に道路を作ってもよかったのだが、どうせ魔物対策で道路だけでは済まず延々と壁を作らねばならない。


 むしろ飛行生物などから身を守るためには、地下にトンネルを掘った方が安全なのだ。

 普通ならば誰もやろうとはしないだろうな。


 如何に優秀な土属性の魔法使いといえども、百人が交代で仕事をして、二百メートルのトンネルを作るのに通常ならば一月以上はかかる。

 一年で約3キロ余り。


 シタデレンスタッドから海岸部のある湾奥部まで直線距離にしておよそ270キロ、単純計算でも90年はかかってしまうことになる。

 だが、俺にはインベントリと亜空間工房がある。


 高さ10m、幅20mの楕円形状のトンネル200mを掘るためにすることと言えば、最初に外殻となる部分を錬金術で圧縮・硬化させ、内部の土砂を一気に亜空間工房に放り込んで保管するだけなのだ。

 勿論地下水の流入などの可能性もあるので先端部は結界で保護している。


 次いでその先端部まで進んで、同様に外殻を作ってから土砂を取り除く作業の連続である。

 10km進むのに一日二時間の深夜労働で三日を費やしたが、嫁sの夜のお付き合いがあるので十日間に三日ほどの作業時間を取るのが精一杯なのだ。


 このためトンネルが湾奥部に到達するまでに半年を要した。

 湾奥部周辺にも魔物は結構いたが、湾奥部を起点に半径五キロの海上要塞を築いた。


 無論、俺の描いた設計図に基づいた港湾都市となっているが、湾口に向かって右方向には外航船向けの商港を、左方向には軍港を建設した。

 海上要塞は概ね直径10キロ余りの略円状で、シタデレンスタッドを小さくしたような形状の星型要塞である。


 基礎となる土台の土砂はトンネルを掘ったものと港湾及び水路の水深を保つために浚渫しゅんせつした土砂を利用している。

 湾口部及び湾内要所には白亜の灯台を設け、商港入り口には数基の灯標ブイを設置した。


 港口には監視所を設け、不審船の監視警戒に当たるほか、港外でQIC(検疫、関税、出入国管理)の公務にあたる場合の出先の基地になる。

 海上都市から数キロ隔てたところにある暗礁群は、船の航行に危険を生ずるものではあるが、同時に外界の荒波を防ぐ防波堤の効果もある。


 暗礁地帯の中央に幅一キロの水路を作ってあるので両側に並ぶ灯標に沿って入れば夜間でも入港は可能なのだ。

 但し、この水路も杭状の岩石を無数に敷設して、今のところは船は通行できないようにしている。


 なにせ、海上都市に外航船どころか小型船すらも今のところ存在していない。

 これから造船所を建造して、そこで船を建造しなければそもそも通航できないのだから、今現在は外部からの侵入を防ぐための障害物をおいているのだ。


 船が建造され、外界への航行が可能になれば、障害物は撤去する予定だ。

 そういえば、この世界では船舶の夜間航行は危険なので余りしないらしく、航行する際の灯火などの規制は無いようだ。


 いずれ、国際的に決めてやらねばならないだろうが、当面は海上都市で規則を定めて運用することにする。

 引用したのは日本の海上衝突予防法だ。


 まぁ細かいのは端折はしょるとして、基本的なルールは、右側通行と夜間の航行船はマスト灯、舷灯、船尾灯を掲げなきゃいかんということだな。

 他にもいろいろと制限はあるのだけれど、こちらの世界の慣習も若干調べたよ。


 山脈を超えたお隣のオルテンシュタインはもちろんのこと、ジェスタ国北方のフローゼンハイム国及びサングリッド公国、カトラザルという国境を接した三国、フレーメル、サルフレン、バーレンなどの遠国ではあるが海上交易の盛んな国々へ俺が直接赴いて(もちろん非公式だし、姿を隠しての潜入だ。)見聞きした慣習法のうち良かれと思うものはウチの規則にも取り入れることにする。

 但し、港の方は未だ開港していないぜ。


 前述したように、ジェスタ国そのものが海上航行船舶を持っていないんだ。

 川船は、底が平たく浅い河川を航行するのには便利だが、荒れる外界を航行できる構造にはなっていない。


 せいぜい港の中を走る港内専用船でしか利用できないだろう。

 そのために俺は造船所を海上都市の湾奥方向に建造している。


 但し、造船業も追々進めるとしても、真っ先に取り掛かるべきことは製塩業だな。

 ジェスタは昔から塩が不足していた。


 西側に広がる山岳地帯で岩塩も多少は採掘できるのだが、自国消費分を賄うだけの生産量が無いのだ。

 このため、国内で消費する塩の7割以上は、フローゼンハイム国、サングリッド公国、カトラザル王国の北方三国からの輸入に頼っている現状なのだ。


 自国で製塩ができれば北方三国に対しても頭を下げなければならない理由がなくなるというものだ。

 この話には、宰相が真っ先に飛びついた。


 従来からこの北方三国、就中なかんづくサングリッド公国の様々な無理難題の要求には閉口していたようだ。


 確かに俺と正室であるコレットの縁談話もサングリッド公国からの縁談話を断る口実が発端だったよな。

 いずれにせよ、シタデレンスタッドを含む俺の領内で有意の若者二十名ほどを選抜し、兵士百名と共に海上都市改めウィルマリティモに派遣した。


 港口から2キロ離れた海底に取水口を設け、そこから汲み上げた海水をウィルマリティモの北側製塩場に誘導、製塩方式は原始的な塩田方式も考えたが人手と衛生上の問題、出来上がりの見た目も考慮して、揚げ浜で濃縮後噴霧し、空中で結晶化させる方式を採用した。

 ポンプは魔道具を採用し、噴霧装置は日本にあった噴霧装置をパクった。


 塩の造り方を教えると彼らはすぐに覚え、交代制で真っ白な塩を製造し始めたのだった。

 念のため、魔法師三名を雇って製品にはクリーンをかけているし、機器の整備には錬金術師を二名ほど雇って定期的に巡回整備をさせている。


 彼らを派遣してから1か月後には10トンの塩が生み出され、シタデレンスタッドを経て、王都に運び込まれたのである。

 直ちに宰相は塩の輸送を王家直轄事業とし、ウィルマリティモから王都まで中継しながら運ぶ輸送方式を始めたのである。


 為にこの年から北方三国からの塩の輸入は激減した。

 王国としては必要が無いのだが、商人たちがこれまでの付き合い上、わずかに輸入しているだけで、それもやがて無くなるはずである。


 ウィルマリティモ産の塩と、北方三国の塩では質が異なるのである。

 店先に並べた場合にその違いが明確になる。


 ウィルマリティモ産は真っ白なのに、北方三国産は、やや黄色が混じっていたり、ゴミや砂が混じっていたりするのである。

 それにもかかわらず、ウィルマリティモ産の塩が従来価格の四割にも満たない価格であれば、高い粗悪品を買う者は居ない。


 北方三国産の塩はジェスタ国から駆逐される運命にあった。

 これに脅威を感じたのは、老害でもあるサングリッド公国の公国王とその側近たちであった。


 噂話でアーティファクトの発見の話は聞き及んでいた。

 サングリッド公国にも数多の古代遺跡はあるが、今日に使用できるような遺物の発見はない。


 仮に噂通りジェスタ国で発見されたものが飛空艇の遺物であろうともすぐには使えるはずもなく、塩を抑えている限り南からの脅威はなく、むしろ優位に立った要求のし放題だった筈が、塩の輸入が止まればその利益と優位性が損なわれるのである。

 実際のところ塩の輸出に伴う外貨の収益がわずかに一月で八割も減ったのでサングリッド公国の国家予算に重大な支障をきたしているのである。


 このままでは、この一年を賄う予算に不足をきたすことになる。

 北方三国の内、サングリッド公国が特にジェスタ王国への塩輸出で潤っていたために、他の財源を余り持っていなかったことから、事は重大であった。


 フローゼンハイム国及びカトラザル王国とも共闘を結ぶべく、サングリッド公国の外交員が暗躍を始めていた。


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